23:その熱を映して
「目が覚めたか、佐野雫」
「あれ」
うっすらと目を開けると、見慣れない天井に驚きを隠せなかった。
ついでに声をかけてきた人物、早川悠一にも。
「何やってたんだ。お前、南校舎の裏で倒れてたんだぞ」
そう言いながらも、手際よく氷嚢を変えてくれる。
「とくに何も? ゆーいち先生こそ、なんでここに」
彼は担任だ。爽やかイケメンの28歳で、本人曰く「全然モテてない」そうだ。
何もやってなくて倒れるわけないだろ。そう言いながら、手を額に翳してきた。ひんやりとしたその手が気持ちいい。
「江川だよ。アイツが忘れ物を取りにきたときに、お前が倒れるのを見かけたらしい。で、自分じゃ運べないから、呼びにいこうと職員室に向かう途中で会った俺に声をかけたんだ」
江川、というのは、この学校の養護教諭である江川由香里。小動物のような体格の彼女じゃ、雫を運べなかったようだ。それで、同い年のゆーいち先生に頼んだのだろう。
「で、由香里ちゃんは?」
「会議でしばらく保健室を空けるんだと」
氷が溶けてしまった氷嚢を冷凍庫に戻したあと、そばに置いてあった椅子に座り、机に置いてあった書類を読みだす。
ときどき無意識に眼鏡をクイっと上げる姿が、まさにオトナの男性っていう感じで、かっこいい。
生徒と教師が結ばれるなんて絶対にないのに、どうしてもその姿を目で追ってしまう。
「しばらくの間、寝てろ」
視線に気づいただけで、視線も合わさずに言われてしまった。
それでもこのまま寝てしまったら、もったいない。寝返りを打つふりをして、机に置いてあった書類をわざと落とした。
「おい」
すぐに私の仕業だとわかったのだろう。
持っていた書類で頭を叩かれてしまったが、怒られたこと自体が嬉しく、フフフと笑みが溢れてしまった。
「先生って、なんで彼女を作らないんですか?」
「やかましい」
プイとそっぽを向くのは、なにか理由があるんだろう。
「先生の彼女に立候補してもいいですか?」
「おまっ……!?」
ちょっとだけイタズラをしてみようと思ったのに、想像以上に動揺されてしまった。けれども、その頬は真っ赤になっている。
自分から仕掛けておいたのに、どうやって続ければいいのかわからなく、動けなかったけど、ちょうどチャイムが鳴ってくれた。
「次、授業だよね……?」
たしかこの次の時間は私たちのクラスの授業だ。
いまだに固まっている先生にそう声をかけると、ああ、そうだな、と立ちあがる。
いつもとは違ってふらふらとした足取りで保健室から出ようとした先生だけれど、急に私のほうに戻ってきた。
「なにか忘れも」
なにか忘れ物でもしたの?と尋ねようとしたけど、続きを言えなかった。
「さっきの言葉、取り消しできないが、いいか?」
なぜなら、ゆーいち先生の顔が目の前にあったから。それもちょっとずれただけで、触れ合いそうになる距離。
さっきは先生が真っ赤になるのを見て、揶揄えたと思ったけど、今は私の頬が熱を帯びているのがわかった。
「返事は後で聞きにくるから」
そう言って、先生は今度こそ颯爽と保健室を出ていった。
もちろん返事は決まっている。
けれども、それを言うのは恥ずかしい。そう思うと、本当に熱が上がるような気がした。
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