17:無回転シュート

 私は選ばれた。

 容姿、才能、家族、友人。

 全てにおいて他人がうらやむようなものを持っている。だから、好意を向けられるのは当たり前だった。そして、その裏に嫉妬が孕むのも。


 退屈だった。

 大した苦労も障害もなく、自分の思い通りにあらゆる物事が運ぶ。他人からの賞賛も、怨嗟の声も全部類似品で何も刺さらなかった。リアリティの無い物語の主人公みたいな人生だった。


 今日までは。


 暇つぶしで寄った運動公園。一人でサッカーゴールに向かってシュートを打ち続ける男の子がいた。何故か制服姿のまま。私と同じ高校だ。

 正直、他人にあまり興味はない。別に私が覚えていなくても勝手に相手が気を遣う。だから、同じ高校であっても特に思うことは無い。


 ただ、私の高校にはサッカー部があったはず。何故、こんなところで一人で練習をしているのだろうか。少しだけ興味が湧いた。

 ボールをゴールへ蹴っては取りに行き、元の位置に戻してまた蹴る。

 とても滑稽に思える。スポーツも私にとって退屈さの象徴だった。その技術を一度見ればほぼ再現してしまう。練習の意味が分からず、達成感は皆無だった。


 退屈を拗らせすぎだと自分でも思う。変わり映えしない反復運動をかれこれ15分ほどぼーっと見てしまった。だって、男の子がずっと笑っているから。何が楽しいのだろう。


「何をしているの?」


 ありえない。思わず私から声をかけてしまった。もしかしたら、物心ついてから初めてかもしれない。私はいつも中心だったから。

 男の子は背後から声を掛けられてビクッと肩を震わせた。振り返ったら多分もっとビックリする。


「……えっと、誰だっけ?」


 私の方がビックリしてしまった。

 同じ高校で私を知らない人がいるとは思わなかった。しかも男子で。誇張でも自慢でもなく実感として、全員に好かれていると思っていたから。

 入学以来の自己紹介をする。佐藤と名乗った男の子は、私の名前を聞いてもピンと来ていないようだった。ますます興味が湧いた。


「無回転シュートの練習」


 佐藤君はぶっきらぼうに私の質問に答えると、もう何本目か分からないシュートを打った。

 その後ボールを拾う合間にだけ私の質問に面倒臭そうに答えてくれた。

 彼はサッカー部ではなく、帰宅部でサッカーは素人らしい。

 友人が動画で見て「こりゃ真似できないや」と言っていたから練習しているとのこと。


「意味が分からない」

 

 私は珍しく素直な気持ちを口に出す。


「ははは、皆よくそう言うぜ。他人ができるはずないって言っている事をできるようになるのが気持ち良いんだよ。分かんないかなぁ、この気持ち」


 彼は満面の笑みで答えた。

 私の中で生まれて初めての感情が沸き上がる。この男の子を困らせてみたい。理由は分からないけど。


「その動画見せて」

「別にいいけどサッカー好きなの?」


 動画を見た私は、すぐにボール蹴り、無回転シュートとやらを成功させてみせた。

 さぁどんな顔を見せてくれるの、佐藤君。


「もう1回! もう1回見せてくれ。生で見るとやっぱ全然違うな!」


 そんな顔は期待していない。なんでそんな嬉しそうなの。


「悔しくないの? 自分ができないことを軽々やられて。しかも女の子に」

「……なんで? 関係なくない? 俺ができるようになりたいだけだから。それより参考にもう1回見せてくれよ」


 全然強がっているように見えない。

 だめだ、こんなんじゃ足りない。もっと困らせないと。


「……もう1回だけよ。その前に、確認だけど佐藤君って人ができっこないって思うこと、できるようになるのが好きなんだよね?」

「ん? そうだけど」


「じゃあよく聞いてね。私、今まで一度も人を好きになったことないの。だから、私に恋なんてできっこないと思うんだ」

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