18:デートは定時退社の後で
『今日、会えますか?』
休憩時間に不意に飛び込んできたメッセージアプリの受信。
即座に通知をタップし、メッセージアプリを開く。相手は『悠人』――年下の彼氏からだ。表情が緩みそうになるのを抑える。
デスクの周りにはまだ作業中の同僚もいる。隣のデスクの同僚に悟られないように、何気ない仕草でちら、とデスクのパソコンに目をやった。
今日のタスクはあと一時間もあれば終わりそうだ。私の会社はきちんと働けば文句は言われない。今日は定時より早めに退社できるのは間違いない。
よし、と内心で一つ頷き、スマホに素早く指を走らせる。
『一時間後でどう?』
送った直後に既読がつく。もう一度パソコンを見る。それからスマホを確認。
パソコンとスマホの間を視線が二往復した頃、ぱっと次のメッセージが受信した。
『ありがとうございます。会社の近くの駅まで行きますね』
『了解。じゃあ、車で迎えに行く』
既読の後、すぐにぽこんとスタンプが返ってくる。子犬が尻尾を振っているスタンプ。彼の嬉しそうな笑顔が思わず脳裏に浮かぶ。
「――よし」
休憩は終わり、とスマホを収納して気合を入れる。先ほどまでは面倒くさいとか思っていたが、今は思考がはっきりと切り替わっていた。
悠人に会える。それだけで目の前の仕事がすぐ終わる気がしてきた。
そして三十分後。
最速で仕事を終わらせた私はすでに車に乗り込んでいた。
車を動かす前にミラーで身だしなみをチェックする。軽く香水をつけ直してから頬を叩き、表情を引き締める。仕事では少しミスをしてしまうが、彼の前ではデキる女性でいたい。
彼からお薦めされたアーティストの曲を流して一つ頷くと、車のエンジンをかける。
ハンドルを握り直し、車を発進。目指すは会社からすぐの駅だ。
「――お」
駅まで近づいたところで、ふと一点で目が留まる。
駅前は人が多くてよく分からない。だけど、車が進んでいくと、その姿が遠くからでもはっきり見えて、間違いない、と確信する。悠人だ。
まだ待ち合わせには十分あるのに、もうついたらしい。駅前で立ってそわそわしている。二十代だが、まだ高校生っぽく見える童顔の彼氏だ。着ているジャケットは二人でこの前、デートに行ったときに買ったもの。早速使ってくれているようだ。
急いできたのか少し髪が乱れていて、ぴょこん、と頭が跳ねているのが愛らしい。
車は少し進むが、赤信号で停止。ハンドルに顎を載せて、じーっと観察する。
悠人はそわそわと辺りを見たと思うと、スマホを見る。その後、また車道に視線を移す。その様子に少し思いついて、私はスマホを取り出す。
信号が赤のままなのを確認してから、素早くメッセージを送る。
『会社出た。五分くらいで着く』
少し嘘を交えた情報。だけど、悠人はそれを見るなりぱっと表情を明るくさせた。
それからスマホを持ち上げて傾ける――カメラで自分の髪形をチェックしているのだろうか。瞬間、表情が強張り、慌ててその頭を抑える。
跳ねた髪の毛に気づいたらしい。撫でつけてみるが直らない
少しだけ困り顔になり、きょろきょろ辺りを見渡す。かわいい。
そこで丁度、信号が青になった。ゆっくりとアクセルを踏み、駅前に入る。悠人は髪の毛を必死に撫でつけ――ふと、目がこちらに向いた。
運転席の私と目が合う。かああ、と急速に顔が赤くなった。
そのかわいらしい反応に思わず表情が緩んでしまう。
これだから悠人を弄るのは止められない。
どんな風にからかってあげようか。そんなことを考えながら笑みをかみ殺し、私は彼の傍に車を近づけていった。
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