15:秘めた想いの行先を
木漏れ日の差し込むうららかな昼下がり、物置として使われている部屋のバルコニーから双眼鏡を覗いている少女がいた。
「はぁ……エドガー様、今日も素敵だわ……」
うっとりとした声色でそうひとりごちた少女は、この国の第三王女、エリュミーヌその人だった。
双眼鏡の先、修練場では多数の兵士たちが模擬戦を行なっている。相手を変え、何度も行われる模擬戦で、エリュミーヌの想い人であるエドガーだけが、まだ一度も膝を付いていなかった。
始まりは、一目惚れ。
兄たちが兵士に混じって剣の稽古をすると聞き、こっそり覗き見たのがキッカケだ。
侍女から見学を禁じられ、なんとかして見られないかと城内を歩き回って見付けたこの部屋。持ち込んだ双眼鏡で兄の姿を探す最中、偶然目に飛び込んできたのがエドガーで。
射抜かれそうなくらいに鋭い目元、それでいて整った顔に、それを支える太い首。服の上からでも分かる筋骨隆々とした肉体は、城の中で大切に育てられたエリュミーヌにとって衝撃的だった。
一瞬にして心を奪われ、結局兄の姿など一度も見ないままに稽古の時間を終えた。
彼が気に入ったのだと言えば、きっと父王はすぐにエドガーを呼び寄せ、エリュミーヌ付きの近衛兵にしてくれただろう。第三王女であるために、降嫁すらも問題なく認めてくれたはずだ。
だが、それでは嫌だった。エドガーが自分のものになること自体は嬉しいが、そこに彼の気持ちがなくては納得ができなかった。
第三王女に名指しで呼ばれれば、それだけで彼の意志はほとんど封じられたも同然。だからエリュミーヌは想いを秘めたまま、毎日こっそりと、彼を見つめるのだった。
§
「エリュミーヌ」
「カイルお兄様、どうかしましたの?」
その日、エリュミーヌは第二王子に呼び止められた。いつものように物置へ向かおうとしていた足を止め、ソワソワとした気持ちを気取られないよう努めて冷静に返事をする。
「これから剣の稽古に行くんだが、一緒に来るか?」
「えっ?」
「前に、行きたそうな顔をしていたろう? 侍女に怒られたら、僕が無理やり連れて行ったことにしたらいい」
「ぜ、ぜひ見学させていただきたいです!」
喜びを隠せもせず、エリュミーヌは兄と共に修練場へ向かった。
双眼鏡ごしでなく、自分の目で、近くで、彼を見られる。
「それじゃあ僕は稽古をしてくるよ。途中で戻りたくなったら呼んでおくれ」
「はい、ありがとうございますお兄様」
兄は修練場の中へ、エリュミーヌは女騎士に少し離れたところに用意された椅子へ案内された。乗馬しながらの剣捌きを訓練している兵士もおり、普段エドガーだけを見ていたエリュミーヌは物珍しげに修練場を見回す。
ヒヒーン!
馬のいななきが響き渡ったのと、馬から振り落とされた兵士が手綱から手を離したのはほとんど同時だった。自由になってしまった馬は興奮のまま、エリュミーヌの方へと駆け出す。
「エリュミーヌ!」
兄の声が、遠くに聞こえる。大きな馬が土埃を上げながら向かってくるのがやけにゆっくり見えて、しかし身体は少しも動かなかった。逃げなくてはならないのに、動けなかった。
目を瞑ってしばらくしても、想像していた衝撃も痛みも訪れなかった。硬くて温かなものに包まれていて、それがエドガーの身体だと気付いた瞬間、完全に時が止まった。
「姫、ご無事ですか」
真っ直ぐに見つめられ、返事ばかりか息もできない。近くで見たいと願いはしたが、ここまで近いのは想定外だ。破裂してしまうのではないかと思うくらいに心臓が煩い。
なんとか大丈夫ですと返事をし、離れていく温もりに安堵しながらも残念に思って。
顔を伏せたエリュミーヌは、エドガーの瞳に宿った熱には、気付かなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます