13:“ふたくちめ”を食べさせて

 シオリは、目の前に差し出された匙を凝視していた。

 茶色の瞳に映る、絶妙に掬われたパフェの具。角切りスポンジに、ソースの掛かったアイスクリーム。そのてっぺんにはカットフルーツも付いている。

 今までいちもなく食いついていたその匙は、今やにらめっこの相手。

「どうしたのシオリ、食べないの?」

 その様子に心底不思議そうに尋ねたテノの、怪訝な表情に。

(食べたいにきまってるが!)

 心の中で叫びながら、シオリは口を噤んだ。それもこれも、目の前でに食いつくのを待っている――仲の良いお隣さんのせいである。


 人族ヒューマニのみならず、獣人族アニムス魚人族ウィーデン妖精族フェニシアと多様な種族が済む大陸。その中でも様々な獣人で構成された国・アルテニマへと、人族ヒューマニであるマークス家が引っ越してきたのが約十年前のこと。新天地に彼女が馴染めるかと両親が気を揉んだのも束の間。能天気さと物怖じしない性格、そして。

『わ、初めまして! ぼくテノディテス、テノと呼んで!』

 歳の近いお隣の家の男の子、テノのお蔭で馴染んでいった。

 灰髪と黒色の瞳がミステリアスに見えるものの、快活なテノ。角も尻尾も翼も持たない彼は、シオリにとって見慣れた人族ヒューマニであった。そして誘われるまま遊びに出かけ、お互いの家を行き来し。友人に恵まれた彼女は今や十六歳、立派なアルテニマの民である。


 しかし、誤算がひとつ。


『ミズリー、最近気が付いたんだけど』

『なあに? 面白い話をしてくれるのよね』

『テノとのご飯だとさ、毎回ふたくちめを匙ごと取られて。代わりにひとくちくれるんだよね』

 それは部屋でごろにゃんと寛ぐ猫獣人のミズリーとの会話に端を発する。自身の茶髪を櫛で梳きながら待つ返答。長い沈黙の後、シオリの方へと向き直った彼女は真剣な顔をして告げた。

『まさかあなた。あいつを人族ヒューマニだと思ってるんじゃないでしょうね?』

『えっ違うの?』

『このアホシオリ! あいつは無翼種の鳥獣人よ!!』

 発覚したのは、テノが獣人族アニムスという事実。

『つまりは――』

「おーい、シオリ? 意識飛ばさないで」

「……飛んでない」

「いや飛ばしてたじゃん。アイスクリーム溶けちゃうんだけど」

 むうと口を尖らせれば、精悍さのある顔が幼さを帯びる。じいと眺めていれば、急にあ、と口を半開きにする。それに思わず釣られて。

「あ? っむぐ」

「どう、美味し? シオリの好きな味だと思うけど」

 開いた口へ突っ込まれたパフェは、どうしようもなく美味しい。満足そうに表情を綻ばせた彼にしぶしぶ頷けば、ぱあっと笑みを溢れさせる。

「よかったー。ね、シオリのもひとくち頂戴」

「やだ」

「えー、なんで? 今日は僕が先にあげたのに」

「だって。……テノは鳥獣人でしょ」

 ――鳥獣人の習性、求愛給餌。それはシオリがアルテニマで学んだ、獣人特有の求愛行動であった。

「あ、バレた?」

「おい確信犯かよ~」

「ま、ミズリーあたりに言われたんでしょ」

 動じることなく続けるテノに、思わずシオリが尻込みをしたところで。

「ね。俺はシオリからひとくち、貰いたいんだけど」

 じっと見つめる黒い瞳に、惹きつけられたように目が離せなくなる。


「それとも。君からひとくちをもらうには――ふたくちめじゃ足りない?」

「〜〜っ」


 告げられた言葉に思わず視線を逸らせば、匙に映る歪んだ自分は頬を染めていた。

 目を背けるように手を動かす。ひとくち分だけ欠けたアイスクリームが溶け始める中、それをシオリは目一杯めいっぱい掬い上げて。

「あ」

「あ? うぐっ」

 オウム返しに開いた口へ、意趣返しに突っ込む。


「ふたくちめでいいなら、あげるけど」


 初めて自らの意思で差し出した匙。それにテノは目を見開いてから。

「じゃ、一番ひとくちめを貰えるよう頑張るか」

 あまい甘い熱を持った微笑を、シオリに向けたのだった。

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