10:断頭台で逢いましょう

 父が死んだ。


 およそ国王には相応しくない死に方だった。しかし、外遊中に市民に背中を射られて絶命するというのは、悪虐の限りを尽くし、飽くなき国民からの搾取を続けた男にはおあつらえ向きな最期だろう。――三女の私まで巻き添えを食らわなかったなら。


「早く上がれ。お前の死を待ちわび、生首を弄びたい民が山ほどいるのだ」

「……ッ」


 権力を持つ者が非業の死を遂げると、その親族まで根絶やしにされるというのは世の常。私は側室の子でありながら、かの国王を父に持つという理由だけで断頭台に上がることが決まった。父の訃報が耳に入った時点で覚悟は決めていたつもりだったが、よもやここまで衆目に晒され、辱めを受けることになろうとは。頂上にギロチンが用意された塔の階段を一段一段上りながら、私は一つずつ俗世への未練を捨ててゆく。


「待て」


 彼はいつの間にか、頂上まであと数段のところにいた私の耳元でささやいていた。突然の出来事に歩みを止めた私に処刑人は不思議がるだけで、彼に気づいた様子はなかった。何が起こっているのか。


「このまま、死ぬつもりか?」

「今さら、何を?」

「わたしと一緒に、辺境の地で国を作りつつましく暮らさないか」


 まるで矛盾した誘い。そもそも私には、彼が誰かも分かっていないというのに。


「随分、不躾ね」

「わたしは父君の生前、仕えていた者だ。しかし地位は高くなく、貴殿に名乗るほどの者ではない」

「今から逃げ出して、貴方につけと?」

「かの残忍な刃を避ける算段はある。わたしを信用するかどうか、それが問題だ」

「……忌み子、悪魔の子として父にすら見捨てられていた私に、いったいどんな価値が?」

「しかし貴殿は今、父君の三女として刑を受けんとしている。それこそが、貴殿の地位の高さを証明している」


 なるほど、的を射てはいる。しかし実質的に国王に軟禁されていた実の娘として、そう簡単に他人を信用できない。それに、


「……けれど、地位の高さだけではどうにもならないことも、また証明されてしまったわ」

「ではこう申し上げよう。……貴殿に惚れた。たった一度、貴殿が外出を許され外の世界に見惚れていた時、わたしは貴殿の立ち居振る舞いから目が離せなくなった」


 ここまで明確に、私をそう扱った者がいただろうか。必要とされることに飢えてはいなかった。私の価値は最初からなく、必要とされることの必要性が分からなかったからだ。しかし必要とされることが、ここまで心地良いとは思わなかった。


「……王女なのだから、民の手本となる振る舞いであって当然でしょう」

「では、わたしの気持ちをもっと率直に伝えるとしよう」


 随分と押しが強い。こちらの都合をまるで考えていない――そう思った瞬間、彼が私の手の甲にそっと口づけをした。人間の形をした右手ではない。悪魔そのものと形容される異形の左手に。国王が魔族との禁断の愛を育んだ末に生まれた、合いの子である私を私として認めた上での行為。ただの人間ではない私にそれをするということが、何を意味するのか。全てを理解しているとしか思えなかった。


「これでも、わたしを信用する気はないか」

「……なるほど。いいでしょう」


 彼に従えば、王女という地位を捨てることになる。しかし、もとより私はここで命を落とす予定だった。名も無き半人間の女として、辺境の地で彼と暮らしてみるのも悪くない。この短い間で、そう思えるだけのことが起こった。


 ゆえに、私は階段を上る。死ぬためではなく、生きるために。

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