第3話 夜の校舎に満ちる光
放課後の校舎裏。告白で何度か使われることのある場所だが、さすがに新年度始まって早々には利用者はいない。
今この場所にいるのは、勇輝と真希の二人だけだった。
ノクティアでの話をして盛り上がろうと足取り軽くここまで来た勇輝に対し、コートを翻しながら真希は全く違う話をし始めた。
「知っているか、カスレクよ。この学校にはゴーストが蠢いているらしい」
「は?」
ノクティアでいつの時代を生きていたのか話をしようと意気込んでいた勇輝は、予想外の話題を振られたことに対し間の抜けた声を出してしまった。
「急に何の話だ?」
「私たちに関係のある話だ。これから三年間通う学校にゴーストがいるのだから、無視するわけにはいかないだろう?」
「それはそうだけど……」
勇輝は首を傾げながら、わずかな要素から彼女が何を言いたいか導きだそうと脳をフル回転させる。
「……その幽霊を、除霊しに行こうって言いたいのか?」
「ご名答、さすがはノクティアのものだな」
ノクティアの人間は別に推理を得意としていないが……と勇輝はさらに困惑をするが、勇輝が思考の整理を始める前に、真希は彼に近づいて一気に話を始めた。
「選ばれし私たちにとって、除霊は使命のようなものだ。きっと第五世界の神の導きだ。ならば一刻も早く運命を守る行動をするのが戦士というもの!」
「第五世界ってなに?」
「そ、そんなことはどうでもいい! とにかく、私と一緒に幽霊騒ぎに乗る……いや、除霊に挑む勇気が貴様にはあるか?」
「…………」
その問いに、勇輝は即答しなかった。
腕を組み、壁に体を預けて深く考える。さすがに流れが不自然すぎると、勇輝は真希を怪しんでいた。
互いの詳しい素性も明かさないまま、なぜ除霊なんて話になるのか。真希が一体何をしたいのか。あと第五世界の神とは一体なんなのか。
勇輝には分からないことが多すぎる。ただ、真希から悪意は感じない。感じるのは興奮と、すぐに返事をしない勇輝に対する焦りだけだ。
「分かった。確かに幽霊がいると分かっているなら、見過ごせない」
考えに考えて、勇輝は真希からの誘いに乗った。誘い方がふわっとしていて具体的に何をするのか何も知らされていないが、あえて乗ることで真希の考えを探ろうと思ったのだ。
「ふっ、さすがはカースドレクイエムだな。そう言ってくれると信じていたぞ」
「……そのわりには不安げな顔をしてた気がするけど」
「き、気のせいだ。……それよりも、誘いに乗ったのなら後は行動するだけ。除霊作戦を始めるぞ」
「具体的に、なにをするんだ?」
怪しまれているとバレないよう、勇輝はできるだけ堂々と問いかける。真希は片手で顔を隠しながら、ニヤリと笑って答える。
「善は急げ、さっそく今宵学校に忍び込むぞ!」
***
「それで、夜の学校に来たけどどうやって入るのさ」
夜の十時。真白高校の裏門前で待ち合わせた勇輝と真希は、夜になり冷えてきた風に身を縮こまらせながら、これからの作戦の打ち合わせを始めた。
「安心せよ。私の暗黒龍の力をもってすれば。学校への侵入など赤子の手をへし折るよりも簡単よ」
「折るな折るな、ひねるだけで終わらせとけ。で、暗黒龍の力はどうやって使うんだよ、吹き飛ばすのか?」
「答えを急ぐでない。まず、学校にはこの裏門の壁を飛び越えて入る」
「……その格好で?」
二人の格好は対称的だった。
勇輝は動きやすさを重視して中学校時代のジャージ。
高校のジャージもすでに買っているが、初めての高校ジャージはせっかくなら体育で着たいと思い、わざわざしまってあった中学時代のジャージを引っ張り出してきた。
それに対して真希は動きやすさなどかけらも考えていないような服装だった。
龍の刺繍が入った黒いワイシャツを着て、さらにその上から昼間も着ていた黒いコート。下は少し大きめの黒デニム。ただ、やはりこちらも昼間と同じようにチェーンが付けられており、さらには右の太ももの部分に赤黒いベルトが巻かれている。
「その服で裏門登れるの?」
「ククク、まあ見ていろ」
そういって彼女は堂々たる足取りで裏門のすぐ近くまで歩いていく。
真希は背伸びをして門の上に手を伸ばすが、ギリギリ届く程度だ。
なんとか指を引っ掛け、そこから跳ねて体を持ち上げようとして失敗。
また持ち上げようとして失敗を五回ほど繰り返し、結局成功の兆しが見えないまま真希は勇輝のもとに帰ってきた。
「今日は月の力が強すぎるな」
戻ってきて早々訳のわからない言い訳を始める真希。月の力が強いと一体どうなるのか分からない勇輝は、眉根にシワを寄せてその意味を考える。
だが、どれだけ考えても答えが出ることはない。
「身体強化魔法を使えばいいだろう。それとも魔法が使えないのか?」
「いや、だからあれだ。月の力が私の魔力の流れを乱しているんだ」
「そういうのもあるのか。……あるのか……?」
(星の影響を受けた事例なんて聞いたことないけど……人によってはあるのかもしれないな)
「なら仕方ない。俺が先に行くから、向こうで引き上げるよ」
勇輝はこちらの世界でもある程度鍛えているので、裏門をよじ登る程度であれば、身体強化魔法や浮遊魔法を使うまでもない。
郷に入っては郷に従えの精神で、日本ではできるだけ魔法を使わないようにしている勇輝は、筋力だけで裏門の壁に登り、これまた筋力だけで真希を引き上げた。
「さ、さすが、邪神が封印されているだけはあるな。これだけの障壁をいとも容易く登るとは」
「邪神関係ないけどな」
「なるほど、邪神ではなく魔法の力か……」
筋肉の力である。
「魔法は使ってない。魔法は俺が使うべきと思った時にしか使いたくないんだ」
「ん? なぜだ? 使えるのなら使うべきだろう」
慎重に裏門から降りた後、真希は純粋な疑問をぶつけた。勇輝は学校へと侵入しながら、声量を落として答える。
「俺の魔法は一ノ瀬勇輝としての力じゃなく、前世の力だからな。正しいことをするために魔法が必要なら使うけど、そうじゃない時は使わないようにしてるんだ」
「なるほど、私には理解できないことが理解できた」
率直すぎる回答に勇輝は思わず笑ってしまう。潔すぎて文句の一つも出てこない。
加えて、彼自身がこの考えをうまく説明できている自信がないので、勇輝は理解してもらう努力を早々に放棄し、問題の幽霊へと話題を移した。
「ここにいる幽霊っていうのは、どういうやつなんだ?」
「三階の理科室だ。かつて授業中の事故で死んだ男子生徒が、今も実験を繰り返しているらしい」
へえ、と適当な相槌をしながら勇輝はさっそく三階へと向かう。
意識を三階に集中させると、弱々しくはあるが確かに霊の気配を感じる。
勇輝は歩く速度を少し上げ、真希はその後ろを足音を立てないように注意しつつ追いかけていく。
「お、おい貴様、もっと静かに歩くべきだろう。警備員に気づかれたらどうする」
「大丈夫だよ」
実は勇輝は、校舎に足を踏み入れる前から、さまざまな魔法を自分と真希にかけていた。
除霊は学校に通う人間全てのためになるし、幽霊本人のためにもなる。だから、ここでの使用は彼の言う『正しいこと』にカテゴリ化されたのだ。
そしてその魔法のおかげでたとえ警備員が目の前に現れても認識が阻害され気づかれない。
また、真希の言い方だと警備員にさえ気づかなければ問題ないと受け取れるが、実際の夜の学校はそんなに甘くない。
あらゆるところにセンサーが設けられており、そのセンサーを素人がくぐるのは不可能。そのために勇輝は発動が非常に面倒な魔法をいくつか使って、センサーに引っかからないようにしている。
その苦労を勇輝は一々真希に説明したりはしない。
……が、ノクティアの人間のはずなのに、どうして魔法の使用に気づかないのかという疑問だけは残り続けた。
勇輝は真希についてもっと考えるべきだった。しかし彼が熟考を始める前に、二人は幽霊が出ると言われる理科室前に辿り着いてしまう。
「感じる……この中に間違いなくいるな」
「そうだな」
理科室の中から三人の霊の気配を勇輝は感じていた。そして真希も同じことを感じていたことから、先ほどの疑念は消えてしまっている。
「よし、入るか」
鍵を魔法で解錠し、扉を開ける。
魔法を偶然にも真希の死角で発動したので、当たり前のように扉を開けたことに真希は驚きの声を出していたが、それを取り繕うように小さな声で『カスレクの力の前には鍵など塵芥同然だな……』と呟いていた。
扉を開けた先、誰もいないはずの理科室の中には、勇輝が扉越しに感じたように三人の幽霊がいた。三人とも勇輝と同じ制服を着ていることから、ここの生徒だったのだろう。
「ふっ、いるな」
「じゃあさっさと除霊しちゃおうか」
「え、もう?」
格好つけて呟いたセリフをさらっと流された真希が、物寂しそうな表情で勇輝を見つめる。
「聖職者なら話を聞いて幽霊の意思で成仏させるんだろうけど、俺はそういうの苦手だし……第一、三人とも死んでから時間が経ち過ぎてる。もう自分の未練なんて何か分かってないだろうし、そもそも意識自体なさそうでしょ」
「そ、そうだな。なら吸収の儀式をしようじゃないか」
「儀式が必要な除霊方法もあるんだっけ? 吸収の儀式なんて初めて聞くけど……。まあでも、儀式もやらなくて大丈夫だ、除霊は俺がやるから」
そういって勇輝は右手を前に突き出す。それから、少しだけ緊張した面持ちでこう呟いた。
「──来い、エクスカリバー」
それは、厨二病の極みのセリフ。
単純で、分かりやすく、ゆえにかっこいいと感じる者が多い。
厨二病初心者から上級者までにこよなく愛される言葉である。
だが、一ノ瀬勇輝がその言葉を口にするのは、ただ厨二病がかっこつけることとは意味合いが変わってくる。
彼が突き出した右手の前に魔法陣が浮かび上がる。
その中に勇輝は手を突っ込み、そしてゆっくりと抜いていく。
引き抜いた手の先、その手の中には黄金の剣が握られていた。
──聖剣エクスカリバー。
それは、聖なる光の力が込められた、勇者にしか使えない黄金の剣。
「神聖なる光よ、かのものたちに安らぎと別離を与えたまえ」
呪文を唱え、聖剣の力を引き出す。
眩く、しかし見ているものに安らぎを与える光が聖剣から溢れ出していく。
その光を浴びただけで、幽霊三人はその姿を消してしまった。
「除霊完了。ありがとうエクスカリバー」
およそ10秒にも満たない時間で役目を終えた聖剣。その聖剣は勇輝の言葉を聞き終えると魔法陣に飲み込まれて、元あったノクティアの台座に戻っていった。
ちなみに表面上は何事もないようにしている勇輝だが、実は聖剣を呼ぶたびにノクティアで聖剣が消えたと問題になってるんじゃないかと、毎回心中穏やかではなかったりする。
「え、あ、あ……?」
勇輝の横に、心中穏やかではないものがもう一人。
真希は目の前で起こったことが信じられないように、勇輝の顔と聖剣が握られていた右手を何度も見ていた。
「心配しなくても、あの三人は消滅しわけじゃないよ。聖剣の光を浴びて強制的に成仏させたんだ。本来は儀式で成仏させるんだろうけど、聖剣を使える勇者特権として考えてもらった方がいいかな」
勇輝は彼女が幽霊の消滅を心配して言葉を失っているものだと考え、聖剣の説明をする。
そこで自分がノクティアで勇者だったことをまだ言っていなかったと思い出し、その説明も追加しようと口を開こうとした。だが、それよりも早く、抑えきれないという形で真希の方が先に口を開いた。
「ほ、本物……?」
「……え?」
***
「なるほど。お前にはノクティアでの記憶もないし魔力もない。邪神の力も感じられないし、なんならさっきの幽霊も見えていなかった、と」
「くっくっく……いや今日は月の力が私の魔力を乱していただけで、いつもは記憶もあるし幽霊もバンバン見えてるし」
「魔力の乱れで記憶が消えてたまるか」
除霊が終わった後、二人は学校を抜け出し近くの公園にいた。ベンチに座り足を組みながら早口で言い訳をまくしたてる真希を、ベンチの前に腕を組んで仁王立ちしている勇輝が睨みつける。
「じゃあちょっと記憶消すからじっとしてて」
「私のアルカナレコードは何者にも絶対不可侵、貴様の魔法ごときで……待って待って嫌だ嫌だ……嫌だああああああ! 消さないでええええ!」
記憶操作魔法の呪文を唱え始めた勇輝に対し、真希は見ている側が引くような勢いで抵抗を始めた。
表情は必死そのもので、両目から涙を流している。なんならひたすら叫んでいるせいでよだれも垂れていた。
もしも人に見られたら通報待ったなしである。
「暴れるな! 記憶操作はめちゃくちゃデリケートな魔法なんだよ! あんまり暴れると違う記憶が消えるぞ!」
「違う記憶消していいから今日の記憶は残せ!」
「何の意味もないだろ!」
「誰にもいわない! 絶対に誰にも言わないし私が言っても誰も信じてくれないから! だから記憶は消さないで!」
悲しいことを言い始めた真希をさすがに可哀想に思えてきた勇輝は、小さくため息をつきながら魔法の発動を止めた。
だが魔法の停止に気づかない真希はいまだにみっともなく駄々をこね続けており、勇輝は今度は深いため息をついた。
「分かった、分かったよ。分かったからもう泣くな。そこまで言うなら俺も無理に記憶を消したりしないから」
「……ほんとか?」
「本当だよ」
もともと勇輝が記憶を消そうとしていたのは、魔法を使えることが周囲に知られることが嫌だったというのもあるが、それ以上にそのことが大きな騒動になることを危惧していたからだ。
だが、真希の言う通り彼女が何かを言っても、彼女のキャラ的に妄言を吐いているとしか思われないだろう。それなら、わざわざ泣き喚く少女に記憶操作をして後味の悪い思いをしなくてもいい。
「っていうか、除霊もできないのになんで学校に誘ったりしたんだ?」
「そ、それは……」
先ほどの取り乱しから少し落ち着いたらしい真希は、右目の眼帯を触りながら説明を考える。だが、どう言っても取り繕えないと思ったらしく、勇輝に一切目を合わせないまま続きを言った。
「仲間ができたと思ったから……」
「……俺の噂を聞いて、厨二病仲間だと思ったってことか?」
「そうだ、だから早く話したくて……あと、仲間と夜の学校に忍び込んでみたくて……」
その言葉を聞いて、勇輝はある程度を理解することができた。
なぜ話しかけてきたのか。
なぜ急に夜の学校に忍び込んだのか。
除霊できないのに幽霊を探して何をしたかったのか。
何を考えてそんなことをしたのかを知りたくてこの誘いに乗ったのだが、結論としては『何も考えていなかった』ということだ。
テンションが上がりすぎてとにかく動いてしまった。それだけのことだ。
頭を抱える勇輝に対し、白状を終えたばかりの真希がぐいっと顔を近づける。
その瞳にはすでに罪悪感はなく、羨望と期待のキラキラが詰まっている。
目を背けたくなるような輝きに気圧されながらも、勇輝は「な、なんだよ」という数文字をかろうじて吐き出した。
「お前は勇者、なんだよな?」
「元、だけどな。今は普通の高校生だよ」
「だったら! 魔法を教えることもできるのか?」
「まあできなくは──」
そこまで言って、勇輝は自分の発言を後悔した。適当な理由をつけて魔法は教えられないと言うべきだったと深く……とても深く反省した。
つい先ほど、記憶を消されることに真希がなぜあれだけ強く抵抗したのかを正しく考えていれば、こんな後悔をせずに済んだはずだ。
だがもう何を考えても後の祭り。
勇輝には彼女の次のセリフを待つことしかできない。
「私に魔法を教えてくれ!」
嫌な予感は見事に的中し、勇輝は厨二病少女に付きまとわれることになってしまった。
陽だまりの勇者 リュート @ryuto000
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