第23話

図書館8、

 

 〈市電〉の車窓を流れる景色が、ひどく虚ろに映った。ぼくは、コシロ母と会話をする気力もなく、黙り込んでしまっていた。うちひしがれ、意気阻喪していた。

 もしスウが、自らの意思で誰かと(恋人と?)一緒に暮らすために、この町から、ぼくの前から消えたのだとすれば、果たして彼女の行方を捜すことに、どれほどの意味があるだろう? むしろ迷惑千万ではないだろうか?

 一度だけぼくは、スウに過去のこと、どこで生まれて育ち、誰とどんな暮らしをしてきたのかを訊ねかけたことがあった。彼女のことをもっと知りたいという欲求を、押さえることが出来なかったのだ。

 結局、正面から訊くことはなかったのだけどそれは、そんな話をすればすべてが台なしになってしまうおそれがあったからだ。誰かの本当の姿を知りたいというのは素晴らしいことのように思えるが、幼稚な独占欲のあらわれにすぎないとも言える。

 とまれ、スウからおざなりな答えが返ってきたとき、ぼくには自分を抑える自信がなかった。その意味では訊かなかったのは正解だったのかもしれない。だがスウが、いずれはぼくがそうして彼女を問い詰めるかもしれない、そんな気配を感じ取って自ら姿をくらましたのだとしたらーー。

「……ぼくは君を見つけていいのか、スウ?」

「あきらめるかい?」

 ぼくと同じく車窓に目を向けていた母君は、独り言を耳ざとく拾ったようだった。考えをまとめるように、しばらくぼくを見つめると、彼女は静かに述べ始めた。

「ローレル夫人の話が真実だとして……依然として誰かに連れ去られた可能性は排除できないんじゃないのかい? それに、自分で出ていったのなら普通に町を出ればいいだけだろう? どうしてわざわざ不可解な蒸発をしたのさね? 第一どうやって図書館から煙のように消え失せたのか? その謎は残されたままさね」

 母君の言うとおりだった。彼女の失踪のwhyはともかく、howはいまだにはっきりしないままだ。

「ま、オウジなら、まだ調査は続行するだろうね。あとで、あの子にブーブー言われるのは、あたしはイヤだね。だから、あんたさえ構わなけりゃ、少なくとも、今日予定していた人間には会うつもりだよ」

「でも……その人たちに会ってなにが分かるんです?」

 やれやれ、と母君は呆れ顔になる。

「ゆうべの話を聞いてただろう? 図書館の外にスウさんが出たなら手も足も出ないさ。だが内部の〈非公共領域〉にいるとするなら話は別だろ。隠れているにせよ、軟禁されているにせよね」

「そこに、スウがいると?」

「だからそれを、確かめに行くのさね。ああ、注意しておくよ。余計なことをしゃべるくらいなら黙っていたほうがいい。〈占い師フォーチュン・テラー〉は手強いよ」

 手強い、とはどういう意味だろう。にわかに、不安がきざす。

「図書館内にあるなら、コシロさんも行けるんですよね? 一緒のほうがいいんじゃないですか?」

「あの子は、彼女らが苦手でね。会いたがらないのさ」

 あの男が苦手な相手なんて、いるのか?

 不安はいやますばかりだった。

 

***

 図書館に舞い戻ったぼくたちは、お馴染みのエレベーターに乗り込んだ。〈占い師フォーチュン・テラー〉の居室は、エントランス階から降った、かつての地上階の一角にあるという。

 相変わらず、眠気をもよおすくらい静かなエレベーターだ。いつの間にか、というようにケージが止まって、なめらかに扉が開いた。

 扉の向こうには、真っ暗な空間が広がっていた。ケージから洩れた光が、歪な方形に暗闇を切り取った。ビロードの暗幕のような闇に、思わずたじろいだ。

「節電でね」

 母君は意に介さず、スタスタとフロアに進み出る。と、センサが反応して、照明が点った。かつての玄関口とおぼしきスペースが、ぼんやりと浮かび上がる。

 母君は、スペースの一隅へと、どんどん歩いて行く。奥に向かって伸びる、リノリウムの廊下が見えた。慌ててぼくも、あとに続いた。

 母君の歩く先で次々と照明が点いていき、ぼくの背後でまた消えていった。ぼくは、暗闇に追われているような奇妙な焦燥感に駆られ、足早に母君との距離を詰めた。母君のペタペタという足音が、やけに高く響いた。

 くだんの居室は、図書館のビルヂングの西端に位置する部屋だった。扉は、コシロ宅のように古めかしい木製ではなく、消火扉みたいな味も素っ気もないスチール製のやつだ。

 そこの前に立つと、ドアの右上にあるポーチライトが自動で灯った。瓦斯灯に似せた形状のライトで、その明かりのお陰で、部屋が廊下の行き止まり付近にあることがわかった。突き当たりに、塞がれて今はもう使用されることのない非常口ーードアの上に緑色のピクトグラムがあるやつーーが見えた。

 扉の表面を母君は、容赦なくゴンゴンとたたいた。それから左斜め上に顔を向ける。視線をたどるとそこには、かなり旧式の防犯カメラが取りつけてあった。覗き窓替わりにあれで、中から訪問者を確認するのだろう。

 ガチャリッ、という重たげな音がして、扉が少しだけ開いた。

 中から顔を見せたのは、ドレスを着た、ひどくやせて尖った印象の老婆であった。まるで枯れ木のような体つきで、顔つきも枯れ木のようだ。髪の毛は見事な銀髪で、深いシワが刻まれた肌の色が、病的に青ざめている。弱々しくも見える風貌の中で、しかし両の眼だけが、ギラギラと強い光を放っている。

「ああ、やっぱりあんたか」

 老婆がぞんざいに、ぼくたちを室内へと通した。母君がそのまま中に入ったので、コシロ宅とは違って靴を脱がずに室内に上がれることがわかった。

 内部もまた、コシロ宅とは別の意味で、図書館内とは思えない空間である。ひと言でいえばガラクタ置き場、あるいは、せいぜいがところ古道具屋といった風情か。

 壁も床もゴブラン織り風のタペストリーやラグで覆われていて、建物の本来の地肌は、まったく見えない。そこに、おびたたしい調度や品物が置かれているのだった。古いチェストやドレッサー、長机、ソファ、小卓、アップライトピアノ、奥には模造のマントルピースまでしつらえてある。

 それらの上にさらに、はく製のクロテン、何かの動物の骨格標本、蓄音機、複葉機の模型、マネキン、数えきれないほどの写真たて、陶製の白鳥の置物、絵付け皿、額に入った風景画に肖像画に抽象画、無造作に投げ出されたかつらに入れ歯に義眼に松葉づえ、夜会服を着たトルソー、立派な革表紙の書籍、ビスクドール、毛皮、ハイヒール、バイオリンなどなど、雑多なモノがあふれている。

 足の踏み場もない品々のなかに、かろうじて人の居場所を確保して揺り椅子が三つならんでいて、それぞれに三人が腰かけていた。

 ひとりは玄関で応対した老婆で、いましも、ちょこなんと、右端の椅子に座ったところだった。その隣にいるのは、年齢から仕草から彼女とまったく瓜二つの老婆だった。身につけている古めかしいデコラティブなドレスのデザインも同じで、違うのは色だけだ。玄関で応対したのが緑色のドレスで、もう一人が深紅のドレス。その二人が、交互にキイキイと椅子を揺らしている様は、絵本の中の〈悪い魔女〉そのものといった感じである。

 いちばん左にいる最後の一人には、ちょっと意表をつかれた。

 彼女は老婆二人よりもだいぶ年齢が下ーーというより、ぼくやスウよりもさらに若い女性で、老婆たちの孫くらいの年齢だろう。ここに若い女性がいるとは思わなかったぼくは、まさかスウではないのかと思ったのだが、よく見るまでもなく、まったくの別人だ。女性は白人で、薄暗い室内でも分かる金髪をお下げ髪にして、前に垂らしていた。少し赤みがかった彼女の髪は、大仰なシャンデリアの黄色い明かりに、鈍く照り映えていた。

「……その子はどなた? 丹桂タンカ

 彼女たちが、〈占い師フォーチュン・テラー〉こと黄姉妹で、姉が黄丹桂コウ・タンカ、妹が黄銀桂コウ・ギンカというのだと、ここに来るまでに教わっていた。

「この子は金桂キンカさ。知っているだろう?」

 丹桂タンカと呼びかけられた真ん中の老婆が、さも心外だというように答える。

「そうだよ、わたしたちの妹じゃないか。老眼で見えないのかい」

 右端の老婆が加勢した。

「あいにくと、視力はまだ大丈夫だよ、銀桂ギンカ

 と、これは母君。

「なら、どうしてそんなこと言うんだい」

「ひどいじゃないか、金桂キンカのことを他人みたいに」

「そうよ、久しぶりだのに随分じゃない、マヲリさん」

 若い女も同調した。憤慨した様子で。

「あなたたち……」

 母君が絶句する。明かに、会話がかみ合っていなかった。

 黄姉妹は双子の姉妹で、三人目などいないはずだ。少なくとも、そう聞いていた。仮にいたとしても、年齢が違いすぎるだろう。あるいは、義理の妹だとか?

 いやいやいや、と自分で考えて自分で打ち消す。二人の様子を見れば、そういう事情があるとは思えない。第一、そうなら説明すればいいだけだ。

 ぼくは、自分の記憶の隅をつついた。見知らぬ他人を、よく知っている人間と取り違える妄想があったはずだ。たしか「フレゴリの錯覚」というやつだ。だけど、そもそも三人目の妹なんて存在しないのに、〈見間違う〉なんてことが、あるのだろうか?

 母君が、冷静そのものの声で返す。

「どうしてもその若いひとーー金桂キンカさんが、あなたたちの末妹すえのいもうとだって言い張るのかい?」

 これには猛然と、抗議がわきあがった。いっせいに、椅子を前後に揺する。

「何さ! 突然やって来て、失礼なことばかり言うじゃないの!」

「そうさ、あたしたちが来てくれって頼んだわけじゃないよ!」

「一体何の用だい!」

「「「とっとと、出てお行き!!」」」

 ロッキングチェアの甲高い軋み音を伴奏に、てんでが勝手に口を開いて、しかもところどころユニゾンするのだ。頭が痛くなってくる。コシロが会いたがらない理由が、理解できるような気がした。

 らちが明かないと感じたのか、母君が折れた。

「わかった。わかった。失礼があったのは謝る。実は教えてほしいことがあってきたんだ」

 降参のポーズで、両手をあげる。

「この人の……」とぼくを指して「恋人のスウさんという女性の行方が知りたいのさ」

「しらないね!」

「みたこともない!」

「きいたこともない!」

 三人の答えは、にべもなかった。その言い草にムカムカしてきたぼくは、この住居のガラクタをすべてひっくり返してやりたくなった。

「おやおや、あなたたちは〈占い師フォーチュン・テラー〉でしょう? だったらやることは一つさ」

 え、とぼくは、思わず母君を見やった。本当に、占いをはじめようってのか? ぼくはスウを探しに来たのであって、そんな馬鹿馬鹿しいものにつき合うつもりなどないぞ。

 そんなぼくの心のうちを見透かしたように、姉妹ががなり立てる。

「それが人に頼む態度かね!」

「あつかましいったらありゃしない!」

「さっさとお帰りよ!!」

「もちろん」と母君は声を張りあげて、三人を制した。「タダでなんて言わないよ。きちんと話は最後まで聞くもんさ」

 母君が、人の悪そうな微笑みを浮かべた。

「「「はんっ!!」」」

 三姉妹が鼻を鳴らして、目を細めた。その視線が、ぼくにもおよんだ。値踏みされているように感じられた。彼女らの表情も仕草もーー若い女性も含めーー見事にそっくりで、何だか悪夢を見ているようだ。

「それとも、できない事情でもあるのかい?」

 母君の物言いは、〈三人め〉を揶揄しているように思えた。

 ムッとなった三人は、低く意地の悪そうな声で口を開いた。

「一人じゃだめだね。もっと確実にしなくちゃ」

「二人でもいいけど、もっと確実にしなくちゃ」

「三人集まればなんとやら、さ」

 なんだか雲行きが怪しい。本当に占い始めそうな雰囲気だ。占いそのものに、拒否反応があるわけじゃない。ぼくも、おみくじを引くことくらいはあるし、将来、人生の選択を頼ることだったあり得る。

 しかし、〈スウの今いる場所〉のような、具体的な質問に答えられるとは、やはり思えなかった。失せ物探しを得意とする占い師はいるだろう。霊能者が捜査に協力した事例も(どこまで役に立ったかはともかく)知っている。だがそれとて、〈水の近く〉や〈想い出の場所〉といった抽象的な文言がせいぜいではないだろうか。

 抗議しかけたぼくを、母君が押し止める。表情は真剣そのもので、ふざけているようには見えない。

 こちらがもめているうちに、三姉妹はすっかりやる気になっている。

「あたしは水晶」

 丹桂タンカが言った。

「手相を見るよ」

 銀桂ギンカが言った。

「易占でいいかい」

 金桂キンカが言った。

「じゃあ、それでお願いしようか。見料けんりょうは弾むよ」

 母君は勝手に話をまとめると、ぼくの方を向いて、ここの払いは実費で頼む、といった。コシロに、これといった調査費用を請求されていないぼくは、うなずくしかない。しかし、これが本当に〈調査〉なのだろうか?

 ぶつぶつ言うぼくから見料を引ったくると、母君は紙幣を丹桂タンカに手渡してしまった。

 奇妙な時間が始まった。

 すぐに始めるかと思いきや、銀桂ギンカがまずやったのは、お湯を沸かしにいくことだった。そして、ぼくたちに中国式の茶器でお茶をふるまった。どうやら、正式な〈顧客〉に昇格したようだ。

 部屋の隅で丹桂タンカが、電気蓄音機フォノグラフをかけた。むせぶような胡弓の音が流れだした。

 ガラスの茶碗に口をつけると、仄かに甘酸っぱい香りがした。桂花茶というらしい。お茶うけに、杏のドライフルーツまで添えられている。ぼくは内心イライラしながらも、ドライフルーツの自然な甘味と薫り高いお茶のマリアージュを堪能する羽目になった。

 そのあいだ若い金桂キンカは、どこかから簡素な小卓を三つ持ち出してきた。彼女は足でお行儀悪く床の置物をどかすと、姉妹それぞれの椅子の前に、強引に小卓を据えおいた。

 次に、腰高サイズのチェストに近寄り、前をふさいでいる大きな磁器の壺を動かさずに、強引に抽斗を開ける。中から取り出したのは、占いの道具類らしかった。

 ぼくとコシロ母が、お茶を飲み終わるころには、各人の前に準備が整っていた。金桂キンカは、卵形の小ぶりな金属製の香炉で練香を焚いた。甘い中にも少しピリリとしたニュアンスの混じった薫りが、部屋に満ちていった。「では始めます」ともったいぶった口ぶりで、金桂キンカが告げた。

 彼女が丹桂タンカに渡したのは、直径十センチほどの水晶球だった。丹桂タンカは、その球を透かし見て、ぼくの顔をじっくり眺めはじめる。

 一方、銀桂ギンカに促されてぼくは、いやいやながら両の手のひらを、小卓の上に差し出す。彼女が、八百屋で林檎を品定めするみたな目つきでぼくの手を、ためつすがめつする。彼女の指はかさついていて、まるで温かみが感じられない。人形に掴まれているみたいだ。その横では金桂キンカが、古びた三枚のコインを何回か卓上にトスしている。

 不思議なのは、彼女たちはぼくに、何一つ質問をしないことだ。こうした占いの場では、こちらの希望や来し方なんかを聞き出すものじゃなかろうか。

 らちもないことを考えているうち、三人の占いの結果が出た。それぞれが、思い思いの手法で占いをしていたのに、答えが出たのは同時だった。

 三者の出した〈占い結果〉は、予想していたような抽象的な文言ではなかったが、かなり独特だった。しかし、意味がさっぱりわからないシロモノであることに、変わりはない。

郵便秘密検閲室シイクレット・デスパッチ

 丹桂タンカが、厳かに告げた。

秘密機関室ブラック・キャビネット

 銀桂ギンカが、きっぱりと言い放った。

宛先不明郵便物保管所デッド・レター・オフィス

 金桂キンカの言葉には、託宣めいた響きがあった。

 しん、とした間が生まれた。

 天使がーーぼくの意識では何人もーー頭上を通り過ぎた。

 それから、

「はああああ?」

 と、素の感想が出てしまった。

 まったく意味不明の回答だった。それぞれが、どこかの場所を指してはいるのだろうが、どこのことだか、さっぱりわからない。母君を見ると、難しい顔をして考えこんでいる。

「それっていったい……」

 意味を訊ねようとするぼくにかぶせるみたく、母君がつぶやく。

「〈隠された秘密の場所〉だよ」

「え?」

「どうやらオウジの予想どおりみたいだね」

「……どういうことですか?」

 ぼくたちの会話を尻目に、金桂キンカが小卓を片付け始めた。

「占い結果をあなたさまの悩みの解決に、ぜひお役立てくださいーー」

 金桂キンカが後口上めいた言を述べて、頭を下げる。あからさまにぼくたちを追い出そうとする仕草だった。まるで、用済みといわんばかりである。

 ぼくは抗議の声をあげた。

「冗談だろ? あんだけふんだくっておいて、たわ言を聞かされただけかよ?」

 金桂キンカが目をむいて、反論する。

「聞き捨てならないね! 侮辱するつもりかい!」

 丹桂タンカが、ぼくに人差し指を突きつけて、威嚇する。

「鑑定結果を活かすのは、そっちの領分さ!」

 銀桂ギンカが、盛大に憫笑する。

「逃げられたのは、アンタのせいじゃないのかい?」

 それで、完全に頭にきた。今度こそ、椅子から跳び上がって、彼女らにつめよる。姉妹は逃げるそぶりも見せずに、こちらをにらみつけた。丹桂タンカにいたっては、水晶球を、ピッチャーのようにふりかぶっていた。

「ちょっと待った!」

 母君が機敏な動きで、姉妹とぼくのあいだに割って入った。

「今のは言い過ぎだよ、銀桂ギンカ丹桂タンカ、そいつを下ろしな。アンタも座って」

 ぼくに釘を差すと母君は、姉妹の前に立ちはだかった。目力でその場をコントロールしつつ、話を続けた。

「それに、まだ話は終いじゃない。あたしからも、占って欲しい案件があるのさ。聞いてくれるよね、もちろん。ちゃんと別料金を払うよ」

 何だって?

 聞き間違えかと思った。これ以上、まだ茶番劇に付き合わせるのか? だが、母君は真剣な眼差しで、ぼくにうむを言わせなかった。

 姉妹が、無言でずるそうな視線を交わし合う。

「今日はくたびれたんだけどね」

「もう店じまいさ」

「まあ、話だけなら聞いてあげてもいいけどね」

 そのときコシロ母の浮かべた笑みは、どこかメフィストフェレスめいた雰囲気をまとっていた。

「占って欲しいのは、いつもの〈あの質問〉さ」

 これにはたちまち、拒絶が沸き起こった。

「またそれかい!」

 丹桂タンカが叫ぶ。

「もう飽きたよ!」

 銀桂ギンカが喚く。

「何度やっても同じさ」

 金桂キンカが怒る。

「おや!」

 言葉じりをとらえて母君は、金桂キンカをジロリ、と見やる。

「アンタに占ってもらったことは、なかったはずだよ」

 娘は、少しだけひるんだようだった。再び異議を唱える姉妹を、母君はさえぎった。

「それでも!!」

 ぼくの耳がキーン、となった。あの、ラウドスピーカーみたいな大声だ。ぼくをふくめ一同は、凍りついたように静まり返った。一転して、落ち着いた声音で母君が言う。

わたしは聞きたいのさ。三人で占って教えておくれ。さあ、答えて。【招かれた精霊の去る日に、新しい精霊が何故去ったか?】」

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