第15話
らせん【
前回、われらがリテル君はたいへんなピンチにおちいってしまいました。あのゆうかんな小国民のゆくえを、きっとみなさんも知りたいとお思いでしょう。でもその前に、すこしだけよりみちをさせてください。これが、のちのちのお話にかかわってくるのですから。
まずは、発電所の水ももらさぬげんじゅうな警備体制を説明します(火力発電所なのに、〈水ももらさぬ〉なんて変なの、なんて馬鹿馬鹿しいことは言わないでくださいね!)。
ごぞんじのように、らせん市発電所は、帝都の地下水脈を利用した施設です。みなさんも、学校の授業で習いましたね。
〈お化け鉄塔〉をはじめとする発電所の建屋は、町外れの原っぱの中に建っていて、まわりをいかめしいコンクリートの塀に囲まれています。塀の上には、おそろしいトゲトゲのついた鉄線がはりめぐらされています。
また塀の外側もさらに、木でできた柵で囲まれています。いわゆる鉄条網というやつです。さらにさらに、この鉄条網とコンクリートの塀のあいだの帯のようなところには、どう猛な犬が、何匹も放されているのです。
これだけでもじゅうぶんな警備体制なのですが、建屋には寺院の尖塔のようにニョッキリと頭をつきだした監視塔がふたつあって、そこにいる監視員が、二十四時間体制でみはりをしているのです。夜は、塔のうえの強力なサーチライトがあたりを照らして回っています。
発電所につながる一本道には、検問所があって、出入りする車や人はすべて記録されています。
この、
では、もうしばらく、リテル君からはなれて、その会話をのぞいてみましょう。
ちょっと大人びたおはなしになりますから、とばしていただいても、もかまいませんよ。
*
「ご安心ください、閣下。警備は万全です」
余裕たっぷり、というふうに笑みを浮かべてはみたものの、着任したばかりの発電所所長の口角が引きつっているのは、見間違いようがなかった。
臣民百万を擁する帝都のエネルギヰを預かる発電所の長といえども、この市政長官殿の威光を無視することはできないのだった。市長など本来は、いち都市の行政長官であるにもかかわらず。
発電所の所長室は、素っ気ない造りの部屋だった。まるで、と直立不動の姿勢で所長は、胸のうちでひとりごちた。軍司令部の指揮所のようだ。そして自分は、命令を待つ伝令兵のようだ、とも。
いま部屋の奥の執務机に着いているのは、部屋の主である所長本人ではなく、螺旋市の市政官であるジュウハチロウ・セコウ男爵閣下その人であった。
市政長官殿は、机に広げられた書類に、目を落としていた。あまりに悠然としているので、こちらの発言が耳に届いていないのかと心配になる。再び口を開きかけたところで、ご苦労、という短いいらえがあった。
「わかっているだろうが、失敗は決して許されないぞ」
すい、と上げた眼差しの底光りする迫力に、所長は我知らず、ごくり、と喉を鳴らした。
「も、もちろんです、閣下。必ずや賊をひっ捕らえます!」
ほとんど叫ぶように宣言したのち、最敬礼をして所長は、部屋をあとにした。彼自身の執務室から。扉を閉じた途端、彼の全身に冷や汗が噴きだしたのは言うまでもない。彼は、警備責任者のもとへ、いっさんに駆け出した。
部屋には、二人の人物だけが残った。
「あーあ、なんだか頼りないなあ」
所長室の中央に据えられた、簡素な応接椅子に腰かけていた人物が、
いかにも上流階級然とした、金のかかった紳士服姿で、下ろした髪はよく手入れされ、艶やかに波打っていた。端整な人形めいた
「ねえ、お父様、あのひと必要かしら」
トヱ嬢が、熟れた柘榴のように朱い唇に手をあて、
「奴には、まだ働いてもらわねばならん」
市政長官殿の声には、聞く者をゾッとさせるような、冷酷な響きがあった。
「それに……お前に下げ渡すと、みんな壊されてしまうからな。うっかり要らないなどとは言えん。このあいだくれてやった前任所長はどうした?」
「あれは……その、ちょっとやり過ぎちゃって、ね……」
娘は、バツが悪そうに言葉を濁したが、その口調にある甘ったれた色は、隠しようもなかった。同時にそこには、見た目のいとけなさとは裏腹の、恐ろしく年ふりたような老獪さが混在していた。娘も父親も、外見どおりの存在ではないことを、うっかりと露呈しているのだった。
彼女が、自分の行いを反省するなどということは、ついぞなかった。むろん、父親である市政長官殿の溺愛をみこしての所業である。
彼女の
麗しき愛娘に、愛情深いような、愛玩動物を愛でるような眼差しをそそいでいた市政長官殿は、まあお前のおもちゃにしてやっても問題はないのだがな、とつづけた。
「どのみち発電所の警備には、私の
親衛隊とは、螺旋市のどの組織図にもない実力組織である。外国製の銃火器で武装しており、その実体は、市政長官殿の私兵であった。親衛隊を指揮しているのは、忠実なる家令エキスケ・カワナベである。
「だと思ったわ」
娘が、すまし顔で言った。
「それにしても、どんな泥棒猫ちゃんがやってくるのかしら。ーー本当にたのしみ」
〈ばんだあ・すなっち〉の犯行予告状を眺めながら、トヱ嬢は心底愉快そうに、うっとりとした顔で
二人の身体を、微細な震動が撫でたのは、そのときであった。同時に、遠雷のような轟きが押し寄せた。市政長官の目が、油断なく細められた。
ほどなく、卓上の受話器が、けたたましい音を立てた。内線を取り上げた男爵閣下の耳に、悲鳴のような所長の金切り声が響いた。
「閣下! 緊急事態です! 地下で爆発が! 破損箇所から、所属不明の合成生物が侵入してきました! 一個小隊程度です。これは……ギャーッ!!」
*
ちょうどそのころ、リテル君は、ぼんやりと目をさましました(じつは爆発の衝撃を感じたため目がさめたのですが、本人はそんなことはしりません)。
めざまし時計がならないうちに目をさますことができたので、今朝は、はやくおきなさい、と、お母さんにお小言をいわれないですみそうだな、などと寝ぼけて考えていました。
でもなんだかおかしいのです。部屋は真っ暗で、夜が明けていないみたいです。だいいち、部屋の壁に、みおぼえがありません。寝床も、お家の自分のものとは別で、ただの固いコンクリートです。
そこから、リテル君はハッキリといろいろなことが、頭のなかにわきだしてきました。
そうだ! ぼくは家で寝ていたんじゃない。名探偵トヱ嬢やG**別動隊のなかまと、地下の大洞くつに探険にでかけたんだ。そして大きな滝を発見して、そこでぶきみな人影をみつけて……。
あわてて、からだをおこしました。
ようやくリテル君に、記憶がもどってきました。すると、ここはどこなのでしょう。リテル君は、あらためて、まわりをみまわしました。
そこはひどくそっけない、コンクリートでかこまれた、箱のような部屋でした。窓はなく、鉄製の重そうな扉が、ひとつあるきりです。学校にある物置小屋に、にていました。
リテル君はおきあがって、扉に近づこうとしましたが、できませんでした。
そこではじめて、自分につけられたいましめに気づいて、びっくりしました。なんということでしょう、リテル君の首に、ちょうど犬がつけるような首輪が、つけられているのです。しかもその首輪からは、鉄のくさりがのびていて、部屋の奥の壁にとめられています。そして、扉に近づこうにも、くさりが短くて、扉にとどかないのです!
リテル君は、自分がとらわれの身になっていることをしって、ゾーッとなりました。このコンクリートの部屋は、物置小屋ではなく、牢屋、いや家畜の飼育小屋なのです!
リテル君はしばらく、なんとか首輪をはずせないかと、もがいてみましたがムダでした。こんなときこそ役に立つはずの探偵道具、たとえばナイフとかが、肩かけカバンに入っているはずですが、あいにくと、カバンごと見あたらないのです。
どうにもできないとわかって、リテル君は、その場にしゃがみこんで、とうとう、シクシクと泣き出してしまいました。
お父さんやお母さんやお友だちの顔が浮かんできて、いっそうかなしい気持ちになりました。そのうち、トヱ嬢や別動隊メンバーの顔も思い出されました。
そういえば、いっしょにやって来たみんなは、いったいどうなってしまったのでしょう。リテル君とおんなじようにつかまって、とらえられているのでしょうか。それとも、しゅびよく逃げおおせて、どこかにかくれていたり、応援をよびにもどったりしているのでしょうか。
そう考えてくると、リテル君はすこしだけ気持ちがおちついてきました。きっと誰かが、たぶんトヱ嬢が、助けに来てくれるにちがいない、と思いました。なんといっても、名探偵ですもの!
そのとき、扉の外が、にわかにさわがしくなったのがわかりました。
急に、ドタドタと走り回る音や、人のざわめきや、ギャーッという叫び声も混じっています。
リテル君は、胸がドキドキしてきました。これは、考えていたとおりの、救助隊や警官隊の突入なのではありますまいか?
ガンっという、激しい音がして、リテル君は身をすくめました。外でなにかが、激しく鉄扉にぶつかったのです。一度ではありませんでした。何度もなんども、衝突するそのたびに、がんじょうな扉がビリビリとふるえ、たわみ、リテル君はおそろしさのあまり、部屋の一番奥で、壁にピッタリと体をつけて、ちぢこまっていました。
ついに、ガタガタになっていた扉のちょうつがいが、ボキボキっとはずれ、最後のひと押しで、内側に倒れました。
壊れた扉のすき間からのぞいたのは……。
ギャーッと、リテル君は悲鳴をあげました。
扉をやぶったのは、警官隊でもトヱ嬢でもありませんでした。
それは、世にも奇っ怪な、毛むくじゃらの怪生物だったのです!
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