第12話
らせん【
部屋のかべかけ時計がよるの九時をさすと、リテル君はパジャマにきがえて眠る準備にはいりました。明日の学校の用意はできていますし、歯みがきは、さっきすませています。
お父さんもお母さんも寝室にさがっていて、お家の隣の原っぱで風がささやく音や、虫の音だけがきこえます。
でもリテル君は、ほんとうに眠っているのではありませんでした。こっそりおきあがると、ベッドの横のテーブルの引き出しから、懐中電灯をとりだしました。そして部屋のカーテンを少しだけあけて、懐中電灯をたてつづけに三回、点灯させました。
灯りは、ホタルの光みたく、よく見えたでしょう。しばらくすると、窓をそっと三回、たたく音がしました。
リテル君は、窓を細くひらくと、外にむかって「こうたい、ねがいます」といいました。するとどうでしょう、「りょうかいしました」と夜の暗いとばりの中から返事が返ってくるではありませんか。
いつもならそれでおわりなのですが、リテル君は今夜は、おもいきってもう少し話しかけてみました。
「ねえ、タッシェ……さん。まだそこにいる?」
すぐ近くから声がしました。
「タッシェだけでいいよ。〈さん〉なんてつけれるとムズムズすらあ。オイラはただのタッシェ(ぽけっと)さ」
ひょいっ、とカーテンごしに顔をのぞかせたのは、リテル君と同い年くらいの男の子でした。
はしっこそうな目をした、やせぎすのその子は、鼻のあたまと片方のほっぺにまっくろなクツ墨をつけていました。おまけに、髪の毛はボサボサで、その上にのっかった鳥打ち帽からボワンとはみ出しています。
この子はタッシェといって、らせん市の浮浪児童です。タッシェ(ぽけっと)なんてヘンテコな名前だとおもわれるでしょう。もちろん、ほんとうの名前ではありません。というかタッシェは、じぶんのほんとうの名前というのをしらないのです。
リテル君はそれまで、浮浪児童というもののことをしりませんでしたが、かれらはどうやら、お父さんお母さんがいなかったりして、お家のない、気の毒な子どもたちということらしいのです。
そして、この子たちをトヱ嬢がよびあつめ、G**別動隊というりっぱな名前をあたえて、探偵しごとをおこなうときに、手足のようにつかっているのです。
なにしろかれらは、町のどこにいてもかまわれずにいますし、大人の入れないようなところへも入っていって、こっそり見聞きすることができるのです。
「この子たちは、そこいらの警官よりもよっぽどゆうしゅうだよ」
トヱ嬢は、そんなふうにいうのでした。
さて、このG**別動隊とリテル君が協力して、お隣をみはりはじめて、一週間がたちました。
リテル君がトヱ嬢と、供養塔のしたのあのふしぎな穴を見つけたあと、トヱ嬢は、なんとしても穴のなかでなにがおこなわれているのか、たしかめずにはおれない、と決心したようでした。
しかし、そこはさすがの名探偵です。いきなりとびこむようなマネはせずに、しんちょうに計画をたてました。つまり、ニセモノのアイリス姉さんをみはって、テキが穴に入っていないときに、しのびこむことにしたのです。そこで、カムストック屋敷をみはるのにあつめられたのが、G**別動隊というわけです。
では、どうしてその計画にリテル君がくわわっているのかというと、リテル君じしんが熱心に、トヱ嬢にじかだんぱんしたからなのです。
「トヱお嬢様! ぼくを名探偵の弟子にしてください!」
はじめトヱ嬢は、リテル君のおねがいにいい顔はしませんでした。あまりにきけんだからです。G**別動隊のような子どもならともかく、リテル君のような、ふつうのお家の子どもをきけんにまきこめば、お父さんお母さんにもうしわけないからです。それに昼間のうち、リテル君は学校にいかなければならないので、ずっとお屋敷をみはることなどできません。
しかし、リテル君はがんばりました。いつもならば大人のいうことは素直にきくいい子なのですが、こればかりは、ガンとしてゆずりませんでした。どうしても、あこがれの探偵になりたかったからです。
ついにはトヱ嬢がおれて、リテル君が、学校から帰ってきてからねむるまでのあいだだけ、手伝ってもらうことになったのでした。
「ねえ、タ、タッシェ。今夜こそ、あの穴に突入するんだよね」
「ああ、カッペロ(ぼうし)も、ブリレ(めがね)も一緒にね」
カッペロとブリレは、G**別動隊のメンバーで、やっぱり別々の方角からカムストック邸をみはっているのです。
「その……ぼくも、いっしょにつれていってくれないかい」
リテル君は、今夜の冒険にさんかしたくって、タッシェに何度目かのお願いをしました。
「いいかい、ぼっちゃん」タッシェは、大人びた調子の声でいいました。
「オイラたち、戦災孤児なんだ。お嬢様にたすけられたんだよ。だから、どんな任務でもお嬢様のためなら命がけでやる。でもぼっちゃんには、こんな立派なおうちと、やさしいお父さんお母さんがいらっしゃるじゃないか。お父さんお母さんを、かなしませるようなことになったら、お嬢様はご両親にどうやっておわびすればいいんだい。死んでも死にきれないよ」
わかっています。これは、とてもとても危険な冒険になるでしょう。でもリテル君は、どうしてもやりたいと思うのです。
そして、じつはリテル君には、つれていってもらうための切り札がありました。
「あのね、タッシェ。こんなものをひろったんだ」
そういってリテル君は、一枚の紙片をさしだしました。
それは、古いノートのページをちぎったような紙でした。はしっこが茶色くなっていて、四つに折ったあとがついていました。
「これは……?」
「昨日、学校から帰ってきてから、空き地を見て回ったんだ。そしたら、小さな守り袋が落ちていて、そのなかにこれが入っていたんだよ」
タッシェは、しさいに紙をじっとながめました。
紙には、だいぶ色あせていましたが、万年筆で、おかしな図がえがかれていました。
みなさんも、公園などで葉っぱをひろったことがおありでしょう。もしなければ、こんどひろってみて、その葉っぱの表面を、じっとよくかんさつしてみてください。そこにいくつものスジがあるのがわかります(葉脈(ようみゃく)といいます。図鑑でしらべてもいいですね)。
話をもどすと、その紙には、ちょうど葉っぱの葉脈みたいにみえるスジが、えがかれていました。矢印が左はしに書かれているので、どうやらそこからはじまって、右はしにむかってすすんでいるようです。そして線は、ところどころ枝わかれして、わかれた線がさらに枝わかれしています。
どうもこれは、どこかの道をえがいた地図らしいのです。
「その守り袋というのは、アイリスさ……あのニセモノがもっていたものなんだ」
タッシェは、ハッとして、さらに地図を真剣にながめました。
「ということは……」
ウン、とリテル君は、得意になっていいました。
「たぶん、あの洞くつの地図じゃないかと思う」
タッシェは、みるみるこうふんしてきました。そこでリテル君は、あわててその紙をタッシェからひったくりました。
「ね、これをもっていけば、今夜の冒険も安心だよ。ねえ、これでぼくもいっしょに行けるでしょ。でないと、この紙をあげないよ!」
タッシェは、じっとリテル君をみていましたが、ふいに、ニヤリと笑っていいました。
「そうか、なら、いっしょにいらっしゃい」
リテル君は、この小紳士の気が変わらないうちにと、急いでじゅんびをして外にでました。
暗い夜道は、まるではじめてやってきた町のようでした。
タッシェがなにもしゃべらないので、また、さっきはちょっと強引にタッシェにせまったので、リテル君は、すこしきんちょうしてきました。そこで、気をまぎらわそうと、まえから気になっていたことをたずねてみることにしました。
「タッシェたちは、その、戦災孤児? っていうんでしょ。でも戦争ってどこでやっていたの? キミは外国に住んでいたの? どこでから来たの?」
前をいそいでいたタッシェが、ふいにたちどまりました。そして、リテル君のほうをむいて、顔をまじまじとながめました。
不思議なことにタッシェは、少しおびえたような目で、リテル君をみています。
「どこでって、この国だよ?」
え、とリテル君は目を丸くしました。お国が戦争をしているなんて、お父さんもお母さんも、学校の先生も、お友だちも、いっていませんでしたから。
タッシェは、すこしふるえる声で、きいてきました。
「いま聞こえているこの音、これはなんの音だと思う?」
「音?」
それは、あまりに聞きなれた音だったので考えたこともなかったのですけど、お空のうえにはごうごうとした音があっちからこっちへ動いて、ひびいているのでした。
「あれはね、爆撃機が空を飛び立っている音なんだよ。お国は海のむこうの国と、いくさをしているんだ。聖なる戦いをね!」
*
タッシェといっしょにやってきたリテル君をみて、トヱ嬢はキレイなまゆをひそめましたが、タッシェがれいの紙のことを耳うちすると、小さくうなずいて、それ以上は、なにもいいませんでした。
そこはれいの供養塔のある路地で、リテル君とタッシェのほかに、数人のG**別動隊が集まっていました。ダブダブの服を着た子が多く、年齢も背格好もまちまちです。
その中で、ヨレヨレの紳士用の夜会帽をかぶったカッペロ(ぼうし)と、セルロイド製の黒縁めがね(でもレンズは入っていないのです)をかけたブリレ(めがね)が、今夜の冒険のメンバーでした。そのほかのG**別動隊は、外で待機するようです。
リテル君は、いさましいときのこえをあげて突入するのかと思っていましたが、そうではなく、供養塔の入り口を開けると、みんなおしだまってシズかにソロソロとおりていきました。
考えてみれば、いつ悪漢に気づかれてしまうかもしれないので、当然です。
みじかいタテ穴を、懐中電灯をもったトヱ嬢がおりて、なかの様子をたしかめたあと、タッシェ、カッペロ、とつづいておりていきます。その後ろがリテル君で、しんがりをブリレがつとめました。
よくよくみるとタテ穴には、木のハシゴがかけられていました。それをつたっておりると、すぐにヨコ穴がのびていました。子どもたちの背丈くらいの高さで、トヱ嬢は細いからだを、かがめてすすまねばなりません。
「空気は問題なさそうだね。きっと先の方で外ににつながっているんだ」
前のほうで、トヱ嬢のささやき声がきこえます。
空気はすこししめっていて、ひんやりとしていましたが、なるほど、ほほにつめたい流れを感じます。壁は土をけずったあとが、ハッキリとついていて、足もとはすこしやわらかい感じがしました。
しばらくそのまま進むと、だんだん天井が高くなっていきました。トヱ嬢が、かがまなくてすむくらいです。道の幅も広くなって、リテル君が両手をひろげても、とどかないほどになりました。また、表面のゴツゴツした感じは、ツルツル、スベスベしたようすにかわっています。
「鍾乳石だ。
トヱ嬢の声が、またきこえました。
つまりここまでの穴は、天然の鍾乳洞と地上をつなげるために、人がほった穴で、ここからが、本物の大洞くつなのです。リテル君はおうちに帰ったら、「せきじゅん」についてしらべてみようと、心にちかいました。
そこからは、しばらくダンマリの行軍がつづきました。テキに気づかれないよう、無言で進まなければならないのです。
地図で簡単な線でえがかれていた道は、じっさいはウネウネと曲がりくねっていて、のぼりくだりもありました。
また、枝わかれした横道も、じっさいはずっとわかりずらく、二またや三またにわかれた迷路みたいなようすで、一行は、分かれ道のたびに、たちどまって、しんちょうに、進む穴をえらばねばなりません。
どれくらい歩いたか、暗やみのなかでリテル君は、だんだん時間のかんかくがわからなくなってきました。誰ともしゃべることができないので、本当にうしろにブリレがいるのかさえ、わかりません。いえ、それどころか、前を歩いているカッペロも、本当にカッペロ本人なのでしょうか? ふりむいたらまったく別の、おそろしい悪漢と入れ替わっているのではないでしょうか? そんなイヤな想像さえしてくるのです。
そのカッペロが、カッペロの声でつぶやきました。
「水だ。水の音がする」
カッペロの言うとおりでした。前方のまっ暗やみの奥のほうから、川のそばできこえるような、水が流れるドウドウという音がきこえています。しかもそれは前進するにしたがって、しだいに大きくなっていくようでした。
「アッ!!」
前のほうから、トヱ嬢やタッシェの驚いた声がきこえてきました。なんだろう、と不思議がるまもなく、リテル君にも、その原因がわかりました。
それは急なことでした。そこまでふたをされたように、息苦しくかぶさっていた天井が、ふいになくなって、また、左右の壁もなくなったのです。
そこは大きな石の広間でした。
リテル君はぼうぜんとなって、その広間を見回しました。トヱ嬢が懐中電灯をあちらこちらにむけて照らし出してくれましたが、光の輪があたっても、上のほうや、端のほうまではとどかず、とてもとても、みわたせないくらい広いのです。
まるで、地下の王さまの大宮殿にまぎれこんでしまったみたいです。
しかし宮殿とちがうのは、左のほうに、りっぱな滝があることです。トヱ嬢の事務所があるビルヂングほどの高さから、ドウドウというとどろきとともに、大量の水が落ちていました。まさに地底の
「やっぱりそうか!」
トヱ嬢が、ひどく得心したようにうなずきます。
「お嬢様、どうしたわけです? なにがやっぱりなんで?」
タッシェが、トヱ嬢に大きな声でたずねました。滝の音がうるさくて、しかもそれが洞くつにワンワンとひびいているので、大声をださないとおしゃべりすることができないのです。
「ここは帝都の地下水脈さ。この大滝をさらにたどっていけば、地下発電所に行きつく」
すると別動隊メンバーはにわかにこうふんしだしました。
「するってえと、これはやつらのシワザなんですね!」
カッペロが、クシャクシャの夜会ぼうしを両手でさらにクシャクシャにしています。ブリレも、大事なめがねをしきりに上げ下げしています。きっとこうふんしたときのクセなのでしょう。リテル君は、自分だけ話の外におかれて取り残されてしまい、おもしろくありません。ぼくの地図のおかげでここまでこられたのに!
すると、トヱ嬢が、ニコニコとした顔をリテル君にむけて、手まねきしました。
「どうやら、君のおかげで、大発見がうまれたようだよ!」
リテル君は、トヱ嬢によっていきました。そのキラキラした美しい瞳でみられると、なんだかひどくドキドキします。
トヱ嬢は、上着のかくしから一枚の葉書を取り出すとリテル君に見せました。
「どうしてボクたちがこんなにこうふんしているか、不思議がっているね。じつはね、先日、ボクあてに、こんな予告状が来ているのだよ」
リテル君は、その葉書の文面を読んで、アッとさけんでしまいました。それは、いま世間をさわがせている怪盗〈ばんだあ・すなっち〉からのものだったのです!
そう、みなさんも〈ばんだあ・すなっち〉のことはごぞんじですね。お国のためにはたらいているエライ人たちを、馬鹿にするように、つぎつぎと盗みをはたらいている、不逞の輩です。
リテル君がきいたところでは、〈ばんだあ・すなっち〉は、二人組の泥棒だということです。
ひとりは雲をつくような大男で、一度、警官隊と大立ち回りをえんじたときは、素手で何人ものお巡りさんをなげとばした怪力の持ち主だそうです。いつもビニルびきの前かけをしていて〈
いまひとりは、おどろくことに女賊でした。お父さんが近所のおじさんと話しているところをこっそりきいたところ、タブロイド紙の記者が見かけた女賊は、「たいへんな
こんな凶悪なやからが、こんどはこともあろうに、名うての名探偵トヱ嬢に、予告状を送りつけてきたのです。なんという大胆不敵な賊でしょう。
その予告状には、地下発電所の所長室においてある、なんのへんてつもない、古びた花びんをいただく、と書かれてありました。
どうして発電所ではなく、トヱ嬢に? とお思いの子もいるでしょう。それは発電所を運営しているのが、トヱ嬢のお父上であるジュウハチロウ・セコウ男爵だからなのです。
男爵は、とうぜん愛娘のトヱ嬢に事件解決を依頼しました。それからというものトヱ嬢は、〈ばんだあ・すなっち〉をつかまえるために、別動隊をつかって目を皿のようにして盗人の足あとをおっていたのです。
「一番の疑問はね、警備の厳重な地下発電所に、いったいどうやってしのびこむつもりなのかということだったんだ。逆に、それさえわかれば、ただテキがやってくるのを待つだけでなく、ワナをしかけることもできる。でもやつらは、簡単にはしっぽをつかませなかったんだよ。君のおかげで、やつらがどうやってしのびこむつもりなのか、見当がついた。やつらは、こうやって地下水脈に入り込んで、そこから発電所に侵入する気だったんだね。本当にありがとう!」
トヱ嬢はリテル君の手をとって、ぎゅっとにぎって感謝をあらわしました。リテル君はここが洞くつのなかでよかった、と思いました。だって明るいところだったら、真っ赤になった顔が丸わかりだったでしょうから!
「お嬢様!」
そのとき、タッシェが、悲鳴のような声をあげました。そして、自分の懐中電灯で滝の上を照らし出しました。
一行は、その光の輪に浮かび上がったものをみて、アッとさけびました。
ごうごうと流れる滝のかたわらに、いくつもの影がうずくまっていました。それはまるで、地底の怪物が、突然ニュッとあらわれたみたいでした。
その影のなかで、ひときわ大きな影が、立ち上がって姿をさらしました。その正体は、ビニルびきの前かけをした、ぶきみな大男でした。しかも大男は、その手に、これまた大きなピストルをもって、それをこちらにむけているではありませんか!
ピストルが、ごう音をたてて火を吹きました。みな大混乱におちいりました。リテル君は、あわてて身をかわそうとして、足もとの石につまづいてしまいました。倒れたとき、地面にゴチン、と頭をぶつけて、リテル君は気がとおくなってしまいました。ぼんやりとなっていくさなかリテル君は、かの大男の正体に気がつきました。それはカムストック屋敷の執事のルキーンだったのです。
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