第9話
らせん【
その次の日のこと。
リテル君は、学校がひけるとお友だちと遊ぶのもことわって、近くの待合所から市営バスにのりました。お母さんとお出かけしたことがあるので、バスにはなれたものです。
リテル君がおりたのは、らせん市のまん中のG**町でした。
リテル君はどうしてG**町にやってきたのでしょう。それは昨日の冒険、失敗した冒険のせいでした。
ニセモノがどうやって消えたのか。ゆうべはそのことを、ああでもない、こうでもない、と考えていて、眠れなくなってしまいました。おかげで、朝寝坊をして、お母さんにしかられるしまつです。
授業中も、あのことが頭からはなれずに、先生にちゅういされてしまいました。どうしてもなぞがとけないとなって、頭が爆発しそうです。
さて、皆さんがリテル君と同じ立場になったらどうしますか? なんとも説明のできない、怪談のようなできごとにそうぐうしてしまったら、どうすればよいのでしょう?
安心してください。そんなときには、たよりになる味方がいるのです。そう、リテル君が思いついたのは、その人の名まえでした。
皆さんも、かの名探偵トヱ・セコウ嬢の名声を、耳にしたことがあるのではないでしょうか。「幽霊博士事件」や「地底の魔術王事件」をお読みになった読者諸君には、説明はいりませんね。
その名探偵が事務所をかまえているのが、G**町のセコウ・ビルヂングです。ご存じのように、トヱ嬢は、らせん市市長のジュウハチロウ・セコウ男爵閣下のご令嬢です。ですから実業家でもある市長閣下ご自慢の、五階建ての、コンクリート造りのりっぱなビルヂングの最上階に、事務所があるのです。
さて、建物の前まで来てはみたものの、リテル君は、なかに入る勇気がどうしても出ませんでした。というのも、一階の、重そうな両開きの木の扉の横に、警備員さんが立っていたからです。警備員さんの、ものものしく、いかめしい顔つきに、気おくれしてしまうのです。
それに、大事なことにリテル君は気がつきました。いったい、探偵というお仕事は、依頼人がお金をはらってしてもらう仕事ではありますまいか。リテル君は外国の探偵小説を読んでいたので、そんなじじょうをよくしっていました。しかし、リテル君はそんなお金をもってはいません。ここへやってくるバスちんで、おこづかいの半分をつかい、帰るのにもう半分いるのです。
そんなわけで、すっかりおじけずいてしまったリテル君は、それでもあきらめきれずに、ビルヂングの前をいったり来たりしていました。そのたびに警備員さんが、ジロリとにらみつけてくるのですが、ついに、
「ちょっとそこのキミ! いったいなんだってこの前をウロウロしているんだね? お母さんはどこにいるんだね?」
と、おこられてしまいました。
そこで、じじょうをキチンと話せればよかったのですが、警備員さんの声があまりに大きかったものですから、リテル君はびっくりしてしまって、口がきけなくなってしまいました。こうなると、もういけません。
「なんだ、なんでだまっているのかね?」
警備員さんは、ますます大きな声でふしんそうにきいてきます。するとリテル君もますますしゃべれなくなって、しまいには泣きたい気持ちになってきました。そのときです。
「ねえ、警備員さん、そんなに言ったら子どもはびっくりしてしまいますわ」
そんなふうに、声をかけてくれた人がいました。リテル君はふりむいて、その人を見ました。
「そうでしょう? ねえ? キミ、なにかわけがありそうね」
そこには、やさしい目でこちらを見ている女の人が立っていました。やさしいけどよく光る、キラキラした目の持ち主で、鼻が高く、ほおはバラ色で、外国のお人形のようにととのった顔だちです。
すらりとした姿勢のよい女の人で、紳士がたのような男の人の背広を着ているのですが、それがまたふしぎなほど、よくにあっているのでした。
「よかったら、相談にのりましょう」
そういって、その女の人は、まるで大人にするようにていねいに、リテル君に名刺をさしだしました。その名刺をみてリテル君はビックリぎょうてんして、そしてなんだか安心のあまり、泣き出してしまいた。
だってこの人こそ、有名な名探偵トヱ嬢、その人だったのですから!!
*
リテル君は、まるで夢のなかにいるような気分でした。いままでのったことなどないような、フカフカの革ばりの座席に座っているのです。
そこは、トヱ嬢専用の自動車の後部座席でした。黒塗りの、ピカピカに光った快速自動車で、町の景色がビュンビュンと、とぶように流れていきます。隣に座っているのは、名探偵トヱ嬢その人でした。
トヱ嬢は、ホンの少しリテル君の話を聞いただけで、すぐに車を用意させました。そしてこまかい内容を、車のなかでリテル君から聞きだしました。
「まあ、キミは勇敢な男の子ですね!」
有名な名探偵に、それもこんなキレイな女の人にほめられて、リテル君はくすぐったいような、気恥ずかしいような気持ちになりました。
やがて車は、速度をおとして、ゆっくりと走るようになりました。
「ここら辺りかしら?」
きかれたのでリテル君は、けんめいに外の景色、道や家や鉄塔や空き地をみくらべました。そして、ようやく、きのうニセモノを見うしなった路地に行きついたのです。
「ここです! ここで止めてください!」
そこは、まちがいなく、きのうニセモノのアイリス姉さんが消えた場所でした。凹んで行き止まりになった路地に、供養塔がポツンとたっています。
トヱ嬢とリテル君は、自動車をおりて路地に入りました。トヱ嬢は、興味深そうに回りをみまわしていましたが、そのよく光るかしこそうな目を、供養塔にむけました。顔を近づけてよくよく観察したり、しゃがんで両手で表面をなでたり、たたいたりしています。
リテル君にとって供養塔は、不気味で、あまりさわりたくないものでしたから、このトヱ嬢の、徹底的に科学的な態度、探偵法を見て、感嘆しました。
やがてトヱ嬢は、調べつくして満足したのか、ひとつうなずくと、リテル君に、いたずらっ子みたいに、ゆかいでしかたない、という笑顔をむけました。
「ちょっと、ここへ来てごらんなさい」
そういって、供養塔をコンコンとたたくのです。
「みてのとおり、これは石でできているね。これくらいの大きさだと重さは、そうだな、いまキミがのってきた自動車くらいはありそうだ。ねえ、キミ、この供養塔を、動かすことができると思いますか?」
リテル君は首をふりました。おとなが数人がかりで、やっとこさ動かせるくらいでしょう。もちろん、トヱ嬢にも動かせるとは思えません。あんなにほっそりとした腕なのですから!
ところが。
トヱ嬢は、両手をバンザイのようにあげて、なにやら呪文をとなえました。そしてその両手を供養塔にあてて、エイッとばかりに押しました。すると……。
「アッ!!」
リテル君は、思わず大きな声をだしてしまいました。なんということでしょう、さして力をいれているふうではないのに、あの石でできた重い供養塔が、音もなくスルスルと、横に動いたではありませんか!
ボウゼンとしてリテル君は、とくいそうなトヱ嬢の顔を見つめました。ニヤニヤとしていたトヱ嬢は、ついに大笑いしだしました。
「アッハッハッハ! いや、しっけいしっけい! キミを、バカにしているわけじゃあないんだ。これはおとなでもみやぶれない、とってもこうみょうなしかけなんだよ」
トヱ嬢はさもゆかいそうに、まるでリテル君と同級生のいたずらっ子みたいに、笑うのでした。
「とってもよくできているけど、これは、石じゃない。ハリボテだよ。木の板で形をつくって、その上に、かわくと石のようにみえる、とくしゅな塗料をぬっているんだ」
そして、小さなかわいらしいこぶしで、供養塔をコンコンとたたきました。
「本当によくできているねぇ! このニセの供養塔の下には、車輪がついている。それがふだんは、秘密のロックで動かないように固定されているのさ。うまくかくしていたけど、名探偵の目はだませない。ロックをはずすとーーこの通りさ」
トヱ嬢のうつくしい顔はイキイキとかがやいて、まぶしく思えるほどです。その顔を、供養塔を動かした場所に向けました。
「さて、こんな大胆なしかけをしてまでかくすなんて、この下にはなにがあるのかな? オヤッ、これは……」
トヱ嬢の声に、きびしい調子がまざりました。リテル君は、おっかなびっくり、供養塔に近づいてみました。するとどうでしょう、供養塔があった場所の地面には、たて穴が、ポッカリと、口を空けているではありませんか。
ソウッとのぞいてみると、穴は人がひとり通れるくらいの、はばがありました。少しせまい井戸みたいといったら、みなさんにもお分かりになるでしょう。底が見えているので、穴はどうやらすぐにいきどまっているようですが、そこから今度は横にむかって、続いているみたいです。でも夕方なこともあって、中は暗くて、よくわからなくなってきていました。
この穴は、どこまで続いているのでしょう。悪者の秘密のかくれ家にでしょうか。そのぶきみな穴からは、ヒンヤリとした、なんとも気色のわるい風が流れてきて、リテル君は、ゾーッとしてしまいました。
「なるほど……そういうことか……だとすると?」
トヱ嬢は考えこんで、ひとりごとをつぶやいています。真剣なトヱ嬢のお顔は、不思議なことに、いっそう、うつくしく、かれんになったように、リテル君には思われるのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます