第6話
らせん【
夕日が、だいだい色からあかね色にかわって、地面にながい影法師がのびていました。リテル君は得意の尾行をつづけていました。
前回のお話をお読みのみなさんは、リテル君が誰を尾行しているのか、もうお分かりでしょう。前方にいるのは、アイリス姉さん、いや、アイリス姉さんになりすましているニセモノです。
あの決心の日からリテル君は、注意して部屋の窓をみはるようにしていました。するとニセモノのアイリス姉さんが、二三日にいちど、かならず空き地をとおって出かけることがわかってきました。
ニセモノがどんな目的で、アイリス姉さんになりすましているのかわかりませんが、なにかよくないことをたくらんでいるのはまちがいありません。そこで、どこへいくかつきとめれば、なにかわかるかもしれないと、リテル君は考えました。
リテル君は知恵をしぼって、まず、子ども部屋のベッドの下に、古くなったズックをおきました。少しきゅうくつですが、じゅうぶんはくことができます。ついでに小さなカバンを用意して、そこに懐中電灯や、メモ帳と鉛筆や、折りたたみナイフや、マッチを入れておきました。お話の探偵の七つ道具にはとても足りませんが(本当は縄ばしごや伝書鳩もほしかったのです)、いざというとき、これで冒険に出るつもりでした。
そしてついに今日が、決行の日になったのでした。ニセモノがいつものように空き地を横切っていくのを見つけると、リテル君は、ベッドの下からカバンをとりだして肩からかけ、ズックをもって、窓から外にとびだしました。
ニセモノは、あとをつけているリテル君に気づいたようすもなく、ズンズンと歩いていきます。
空き地のはしには、雑木林があります。リテル君も夏に昆虫採集にくる、クヌギやナラノキが生えている小さな林です。ニセモノは、草がぼうぼうにしげっているのもかまわずに、林に入っていきました。
(ハテ、林は奥の方で、木の塀で行き止まりのはずだけど)
そう思ったリテル君は、すぐにはついていかずに、一本のナラノキにかくれて、ソウッとのぞいてみました。
すると、どうしたことでしょう、ニセモノの姿がありません。あわてて林に入るとリテル君は、木の塀までたどりつきました。そこで右左をよくよく見ますと、右のほうで、板が少し、ういているところがあります。リテル君はすぐによっていって板を両手でつかみました。すると、板はほんのちょっとの力ではずれて、人がひとりとおれるすき間があきました。どうやらテキはここをとおったようです。
リテル君が塀の向こうに出ると、そこは路地がへこんで、行き止まりになっているところでした。なにもない場所にポツンと石づくりの供養塔だけがたっています。ちょうどリテル君と同じくらいの背丈の石が、台座にのっかっているやつです。らせん市にはこんな供養塔がそこここにありましたが、最近は区画整理などでだんだん見かけなくなってきています。リテル君は、供養塔をまわりこんで進みました。亡くなった人をとむらっている塔なので、なんだか怖くて気味が悪い気がするのです。
しかしもうそこには、ニセモノの姿は見えませんでした。あわてて、かけ足でとおりまで出て左右を見ると、左のほうに、ニセモノのうしろ姿がありました。どうやらまにあったみたいです。
ホッとして、今度はぜったい見失わないゾ、と決意もあらたに、また尾行をつづけました。
ニセモノは町から町、路地から路地を、ドンドンすすんでいきます。リテル君はときどき電信柱や郵便ポストの影にかくれながら、あとをついていきました。リテル君は、すぐに気がつきました。何気なく歩いているようですが、とちゅうの道でであう人が、とても少ないのです。
どうもこのニセモノは、できるだけ人に見られないような道をえらんで、歩いているみたいです。たぶん、隣のお屋敷からも裏口をつかって、リテル君の家の裏をとおって空き地に出ているのでしょう。とっても用心深いことです。リテル君は、これはますますあやしい、とにらみました。人に知られてはまずい、悪いことをしているにちがいないのです。
*
こうして、みなさんは、ようやくこの冒険物語のさいしょにもどってきたのでした。
そこは、もうすぐ町がとぎれてしまいそうな場所でした。まわりには、野菜畑や柵に囲まれた空き地や空き家がふえてきていました。
リテル君は、なんだか胸が重たいような、苦しいような気持ちになっていました。というのも、ゆくてに例の〈お化け鉄塔〉がせまってきているからなのでした。
鉄塔は、黒い鉄の骨でできていました。脚の部分は、鉄の骨がタテヨコナナメにフクザツに組みあわさって、上のほうにいくにしたがって細くなりながらのびていました。てっぺんには、キノコの笠のような平べったい、円い帽子がのっかっています。そして、じっと見ていると遠近感がくるって、なんだかこちらへ向かってのしかかり、なだれおちてきそうな、逆にこちらがすいこまれていきそうな、なんともいえない不安な心持ちになるのでした。
あたりはどんどん薄暗くなってきました。左右では木の塀がみなくなり、頑丈なブロック塀になっています。塀はとても高く、リテル君の身長の倍はありそうですし、忍び返しもついています。塀のむこうはたぶん発電所の敷地なのでしょう。
そのとき、前を歩いていたニセモノが、いっそう不審な行動をとりました。とある角を曲がるさいに、いままでとはちがって、立ち止まり、慎重にあたりをうかがっている様子です。もちろん、リテル君はすばやくものかげにかくれて、見つからないように、よくよくみはっています。
ニセモノは満足したのか、その曲がり角に入っていきました。リテル君は、心の中で十を数えてからあとをおいました。
しかしーー。
曲がり角を曲がるなりリテル君は、思わずアッと声をあげてしまいました。
そこは、先ほどと同じように、道がひっこんで行き止まりになっているところでした。やはり同じように供養塔がたっています。しかし三方がブロック塀に囲まれていて、どこにも行けないはずです。つまりそこに、ニセモノがいなければおかしいのです。
ところがどうしたことでしょう! そのどん詰まりには、人っ子ひとりいないのです。ニセモノはまるで煙のようにかききえてしまったのでした!
リテル君は、しばらく呆然となって、そこにたちつくしてしまいました。
ニセモノはたしかにこの路地に入っていきました。両方の目で、しっかり見ていたのだから、まちがいありません。だのに、そこには誰もいないのです。リテル君は、三方を囲むブロック塀に近づいて、ようく調べてみました。しかし、先ほどの木の塀のように、ういているところなど、まったく見あたりません。念のため、ゲンコツでたたいて回りましたが、どこも丈夫なつくりでした。
では、ニセモノは塀を乗りこえたのでしょうか。しかし塀はとても高く、しかもその上にはトゲトゲのついた鉄線がげんじゅうにはりめぐらされていて、どうしてどうして、可能とは考えにくいのです。
リテル君はとほうにくれて、何度もあたりをウロウロしました。東の空には、星がまたたいていました。たてながの、四角い供養塔の黒い表面が、冷たく光っているように感じます。
とつぜん、カアーッという大きななき声がして、リテル君はその場で、とびあがってしまいました。どこかで、大ガラスがないているのです。
ふいに、背中に水をあびせられたみたく、ゾーッと怖くなったリテル君は、あわててまわれ右をして、お家に向かって走り出しました。
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