第32話

「うるせぇな。おめェが可愛げ云々言うな」

「はあ? 私は可愛かろうもん!」

「そーやったな」

 と、ゆるゆると腰を動かしていく。茉莉が苦しげな声を漏らす。徐々に早くなり、浅いところを行き来していたのが、少しずつ深く突いてくる。

「……痛いか?」

「うう……、でも、止められるのはヤダ……」

 グイッと引き寄せられ、抱きしめられる。中を抉られるように差し込まれた。苦しかったが息を逃がして耐えた。乳首とクリトリスを弄られ、痛いのに、さっき知った絶頂感の手前の疼きが走り、感覚が迷走する。

「やだ、無理、立ってるの、むり……。でも、やめんでよ……」

 と、崩れる茉莉に覆いかぶさったまま、責め立てる。

「……ちゃんと私の中でいってね」

「後悔しても知らんぞ」

「せんもん」

 互いの荒い呼吸が重なる。激しくなるにつれ汗ばんでいく肌が愛しい。中の痛みもまだ残るが、クリトリスへの刺激で頭が痺れてしまった。上瀧が奥を突く。そして、さらに差し込むと、律動をとめた。張りつめていた陰茎が波打つ。ずるりと抜けていき、終わったのだと思っていたら、マットレスに連れていかれた。強引な口づけで多い被さられて、大きく広げた両足の奥へ再び挿入された。

「こう、たき、さん、まだ、いけるん?」

「やめんなって言ったのお前やろうが」

 低く唸る獣のような息遣いと鋭い眼光が茉莉を捕らえる。口を噤んで、吐息だけ逃がして、男の首に抱きつき、嵐のような律動に身を任せた。



****



 うつ伏せになった上瀧の汗に濡れた腕と、仰向けの自分の肩が吸いつくようにくっついている。腹の奥に差し込むような鈍い痛みも達成感に満ちていた。静かに短い呼吸を繰り返すのを聞いていたら、愛おしいという気持ちが込み上げてきた。

 静かに上下する鳳凰を視界の中に、少し前に佐々木に教えてもらった伝承を思い出す。

「ねえ、上瀧さん」

「んぁ?」

「女はね、三途の川を渡る時、初めての男(ひと)におんぶしてもらって渡るんって。やけん、上瀧さんが死んでも背中の皮剥ぐのやめとくね」

「お前の頭ん中ほんとヤバいな」

「えー。ロマンチックやろ?」

「どこがや。それにお前見た目の割に重いけん腰いわすやろうが」

「川の中やけん浮力浮力! もー! しっかりしてよ! 霊体やけん軽いって! 多分」

 上瀧は鼻で笑うと起き上がり、枕元に置いた煙草を取り、くわえて火をつけた。

「でもさ、私が先に死んだらどうするっちゃろ。上瀧さんが来るまで川っぺりで待っとかなやろうか?」

 茉莉も起き上がり、上瀧の後ろから抱きつく。しっとりと濡れた肌が密着して隙間を埋める。

「その心配はいらん。お前の方が若かろうが」

 肩にめり込む茉莉の頭に手を置く。

「えー。わからんやん。交通事故で死ぬかもしれんし」

「まァそん時はそん時やな」

「上瀧さん他に処女奪ってない?」

「お前が初めてやって言(ゆ)うたろうが」

「そっか。どうやった? 処女は」

「クッソめんどい」

「最低すぎるやろ! なんなんその感想!」

「お前がどうやったか訊くけん」

「もっと他にないん!?」

「お前はどうやったん」

「痛い。痛すぎるし、おかしいやろ。しな〜っとしとったくせに何なん? あれ。ミドリガメからゾウガメって感じ」

「なんやそれ。俺のこといえるとや?」

「全然違うやん。てかまだ中、変な感じ」

「これでもう懲りたか」

「んーん。クセになるって感じ。またしよ。私が慣れるまでいっぱい」

「くたびれた」

「別にすぐじゃなくていいもん」

「腹も減った」

「なんかあったかな……」

「外行くか」

「やだ。閉じこもっときたい」

 茉莉は上瀧の首に回した腕に少し力を入れてぎゅっとすると、立ち上がって台所にいき、冷蔵のドアを開けて、しゃがみこむ。腹部が圧迫され、どろりと体液が落ちてきた。

「うえっ!」

「何や」

「上瀧さんの精液出てきた」

「風呂入れや」

「もうちょっとじっとしとけば良かった。うわー。えぐ」

 と、股の間を手のひらですくい、洗面所に走って、手を洗う。

「ねー、また中出ししてくれん?」

「後でな」

「いえーい。やったー。雌犬のお巡りさん生ハメ中出しセックス。わークソAVみたいやね!?」

「吐き気がするな」

「えっそこまで!? ロストバージン直後でテンション上がっとるんやけど!」

「他に上げ方ないんか」

「考えとくー」

 と、いいながら浴室へいった。阿呆かと呟いて、テレビをつけると、デイゲームの中継がやっていた。灰皿になりそうな容器が見当たらないのでシンクに行き、磨りガラスの窓を少し開けて、煙を吐いた。水を流して火を消し、マットレスに横たわって実況を聞いた。蝉の声や車や飛行機の音も流れ込んでくる。浴室からは水音がする。長閑な騒音が眠気を誘う。いつぶりかわからないくらい穏やかに気持ちが凪いでいる。

 今自分をとりまいているしがらみが全てどうでもいい気分だった。


 気がづくと、室内には蛍光灯の明かりが点っていた。

「焼き飯できとーよ」

 起き上がった上瀧のほうを見て、茉莉がニカッと笑う。

「ほう」

 と返すと、缶ビールを二本手に取って戻ってきた。差し出された一本を受け取りプルタブを開けて、缶を軽くぶつけ合う。

「初体験に乾杯」

 と茉莉がいう。上瀧は一瞬視線だけで天を仰ぐ。茉莉は、ノリの悪いオッサンめと毒づいたが、そういうところも好きだと思った。のらない振りして応えてくれるのだから優しいのだと。

「また呼び出しきたらどうするとや」

「無視する」

「はァ?」

「時間差で行くー」

 茉莉の中のまだ慣れていないよそよそしさと、内側に迎え入れた実感がせめぎ合っていて、正直なところ、どう振舞っていいかわからないでいた。お腹がすいているかもしれないから、何か食べさせてあげたいと思い、ありあわせの材料で適当な焼き飯を作った。美味いものを食べてきたであろう舌に合うか不安だったが、空腹では可哀想だという気持ちが勝った。

「……おいしい?」

 大きめのスプーンで一口、かぶりついたのを見つめて、訊いた。

 もごもごと咀嚼する薄そうな頬の中に、自分が作ったものが入っているのは少し感動した。

「……あんま美味くねえ」

「はァ? 嘘でも美味いっていうとこやろ!?」

「ベチャッとしとる」

 茉莉も自分の分を一口、口に運ぶ。確かにしっとりしていたが、味は悪くないはずだ。上瀧は黙々とたいらげた。そして、流し込むようにビールを飲んだ。

「じゃあ、次はもっと違うもん作る!」

「いや、焼きコレでよか」

「なんで! 美味くなかったっちゃろうもん」

「好かんとは言っとらん」

 と言って煙草に火をつけた。灰皿代わりになりそうな小皿を取りに行き、上瀧に背を向けたまま、自らの頬に手を当てた。素っ気ない声のくせに、効果は抜群で、胸の中で爆竹が爆ぜたようにときめいた。茉莉の中で好きが増殖する。

「じゃあ、好きなんやん……」

 胸がいっぱいになってしまい、ニヤついてしまう。小皿を持っていき、灰皿にするように言った。

「もう食わんとや?」

「上瀧さん食べる?」

 断られるのを前提に訊いたのだが、上瀧は煙草を小皿で押し消して、ビールを飲むと、手を出した。

「え。食べるん?」

「食う」

「かわいいやん」

「あァ?」

「なんもない」

 茉莉は口に手を当てて、緩む頬の内側を軽く噛んだ。

「上瀧さん。愛しとーよ」

 返事はないが別に気にならない。上瀧が茉莉(じぶん)を愛していないことなど最初からわかっている。それでいい。上瀧がこの体を抱き、作ったものを口にし、ただ傍にいる。それでもう充分だった。

 少し休んだあと、後ろから挿入され、奥行きが広がるまで上瀧のもので突かれ、深いところで精を放たれた。空が白む頃まで二回、中に出されたが、最後のほうは夢か現かわからなかった。

 湿った温もりが遠ざかり、軋んだ足音を聞いて、僅かに覚醒した。うつらうつらしながら茉莉は薄目を開ける。カラスの鳴き声が聞こえ、辺りはすでに明るいが、まだ早朝なのだとわかった。

「上瀧さん……。また来てよ。鍵、ドアの前の郵便受けに入れとくけん。いつでも来て」

 少し間が空いてドアの閉まる音がした。足音が遠ざかる。残った温みと質感を頭の中で反復しながら、再び目を閉じた。

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