第15話
「いえ、そうじゃなくて、実は、その、なんというか、あたし、角田に、すごく干渉されてて……」
「平たく言うと、ストーカーやな」
鷹岡は佐々木の気遣いを一蹴した。
「はっ!?」
佐々木は、今まで角田にされたつきまとい行為についてポツポツ話し出した。元々、半年前くらいから佐々木にストーカーがおり、角田に相談したところ、送り迎えから始まり、電話での安否確認、自宅周辺の見回りなどをしだし、ついにはどこから調べてきたかわからないがプライベートな人間関係にまで口出し始めたそうだ。それがここひと月の間にさらに過干渉となり、佐々木は参ってしまい、鷹岡に相談したのだという。ちなみに盗聴されている恐れがあるらしく、佐々木は財布と会社の連絡用のガラケーだけを持ち、自前のスマートフォンや他の荷物は駅のコインロッカーに預けて来たのだという。しかし、角田の行動は逐一日付と時間入りで全てメモをしてとってあるという。
「――で、何で私まで巻き込まれると?」
「あたしが鷹岡くんと食事に行ったから、角田はあたしの後をつけて貴女と彼を見かけたんだと思う。鷹岡くんと貴女が仲がいいのも知ってるし……」
「仲が、いい?」
茉莉と鷹岡の声が重なる。佐々木は二人を交互に見て、小首を傾げ、「うん」と言った。
「別に仲良くないよね?」
と茉莉が鷹岡に問い、続ける。
「特別悪い訳でもないってくらいやろ?」
「うん」
と鷹岡が頷く。
「それこそ付き合ってるのかなって思ってたけど、誰に聞いてもそれはないって……」
「それはない」
「ない」
佐々木の後に鷹岡が答え、茉莉も続ける。
「じゃあなに? 角田がたまたまこの密会現場に遭遇して、鷹岡くんと佐々木さんの邪魔をするために利用したってワケ?」
「まあ、そういうワケやな」
と鷹岡が頷く。
「はぁぁあぁあ!? 角田ぶち殺す!!」
「え。でも、待って。高橋さん、この人誰だかわかってるの?」
佐々木が鷹岡のスマートフォンを指しながら訊いてきた。
「そりゃ初恋の君だもん」
「え!?!?」
「やけん、こいつ頭おかしいとって」
と鷹岡が割って入ってくる。
「ものはついでなんやけど、佐々木さん。女子力の鍛え方教えてください。突然ですが色気編。色気ってなんなん?」
「は? もしかしてさっきの逃げられたってマジなん?」
「あんたの呼び出しのせいで中断したったい!」
「高橋さん、この人、ヤクザだよ?」
「知っとうよ。わかっとう。やけん、上には秘密にしといて」
「でも……」
「私も佐々木さんに協力するけん!! あと、なんかあっても私一人の責任!! 罰なら受ける!! でもどうせ受けるならやる事やって受けたい!!」
言いながら、さっきの上瀧の口上と変わらないなと頭の隅で思ったが、あの男とやれるならやってみたい。が本音なのだ。茉莉の勢いに圧された佐々木は唖然とした、少し後、ふふっと笑った。
「高橋さんって面白い」
「面白いとかで片付く話なん? ロリコンが小学校教師になったくらいの不安を市民の皆さんに与えると思わんとや?」
鷹岡が頬を引き攣らせて言う。
「鷹岡くんバリ真面目やね」
と、茉莉はさっきも口にした台詞を繰り返した。
「
と佐々木まで茉莉の援護に回る。なんだこれ、と鷹岡は動揺を禁じ得ない。
「わかった。高橋さん。想いを遂げるのは止めないけど、もし、間違いを犯しそうなときは絶対止めるね!」
佐々木も結構アホやな……と鷹岡は絶句した。
「佐々木さん。ありがとう!! で、色気ってなんなん? 何食ったら出るん? 男??」
「えー? 短絡的すぎない?」
女同士の華やいだ声に頭痛がしてきた。甘い物を食べすぎた時のようだ。その時、鷹岡の手の中でブブッとスマートフォンが震えた。
「……とりあえず、高橋と佐々木さん家まで送るけん」
鷹岡はそういうと懐にスマートフォンをしまい、エンジンをスタートさせてハンドルを握る。茉莉は運転席と助手席の隙間から後部座席に移動し、佐々木の隣に移動した。佐々木からは嫌味のない甘い匂いがして、さすがやな、と感心した。
佐々木を送った後、いらないと云ったが鷹岡は茉莉のアパートも回った。道中少し遠回りの道を行ったので話があるのだと合点がいった。
「佐々木にバラしてよかったんか?」
「みうさんにバレとう時点で終わっとるやん」
「まあ、そうやけどさ」
「鷹岡くんは? 佐々木さんとどこまでの段階で邪魔が入ったん?」
「角田の相談でそれどこやなかった」
「邪魔が入らんやったら?」
「明け方に俺ら鉢合わせとったかもな」
「うっひょー! 自信家!」
「気のない奴誘って相談せんやろ」
「ふわー! そんなもん!?」
「お前やったらどうする? その気のない奴飲みに誘って相談……お前ならするな!?」
「鷹岡くんにならするね!?」
「そうやったな。説得力ないな」
と言うので声を出して笑った。他愛もない会話をしているうちに到着したので、車を降りる。
「高橋、気をつけろよ?」
「もう家やけど」
「そうやねえよ」
「気をつけないかんことがありすぎてどれかわからん」
「わかっとうみたいやけん、とりあえず全部気をつけとけ」
「ふぁい。刺青の男前と上司と美人刑事に気をつけます」
と敬礼の仕草をしてドアを閉めた。角を曲がるまで見送り、茉莉は一人古びたアパートの二階へ上がる。モルタルの木造で、住人は茉莉以外、年金あるいは生活保護を受給している高齢者だ。同じ階に岡田と前田という老婆が住んでいるが、隣同士の二人はいつも何かしら口喧嘩をしている。聞き耳を立ててみると、岡田が前田に男を連れ込んで物音や変な声が聞こえてうるさいと言っていた。確かにここの壁は薄い。しかし、前田が男を連れ込んでいる気配はないし、ガタガタうるさいのは外に置いてある二層式の洗濯機だと思う。
あの日のアパートに似ている。それだけの理由でここを借りた。家賃は一万五千円。畳とトイレは新しい。家賃が安いのは前の住人が孤独死したからだ。風呂は湯と水それぞれの蛇口があり、半々に捻らないとちょうどいい温度が出ない。追焚き機能はないので、最初は不便だったがそのうち慣れた。歩いて五分のところに安売りのスーパーがあり、小さな商店街にはちらほら個人の商店やごく小さな飲み屋もあるし、博多駅まで歩いても行ける。もうかれこれ九年近くのここに住んでいる。あれこれ尋ねてくる岡田と前田に職業を聞かれても、公務員としか話していない。警察官だと話したら、実録ゴシップを求められて根掘り葉掘り事件について訊かれかねないからだ。二人の話はいつも意味がわからないので聞いている分には構わないが、ネタになるのはごめんだった。
シャワーを浴びる為に服を脱ぎ、腐食しかけた鏡を見た。
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