第14話

「俺。いいや? 俺はなんも知らん。お前から何も聞いとらん。お前のプライベートなんか一切知らん。わかったや」

 鷹岡は言い含めるように云うと、こっちの返答も聞かず通話を切った。嫌な予感がする。小さな十字路の信号で停まっていたタクシーに乗り込み、本部へ急いだ。三浦に折り返し電話をすると、本部に戻るように言われた。

 入口で待っていた鷹岡と共に捜査二課のオフィスに急いだ。最低限の照明しかついておらず、茉莉と鷹岡の上司である三浦と暴力団係の伊川が難しい顔をして待ち構えていた。絶対ヤバいやつ。と内心肝を潰しながら茉莉は二人の前に立つ。

「お呼びですか?」

「お前、今までなんしよったんか? 誰と一緒におった?」

「……言わないかんですか」

「……言われん相手か?」

 厳しい顔の伊川と三浦を交互に見る。経緯はわからないが、さっきまでのプライベートタイムの出来事が流出しているようだ。

「いえ。ただ……、薬院駅のとこでめっちゃタイプの男前を見つけて、逆ナンして、焼き鳥屋行って、ホテルに連れ込んだんですけど、風呂も入らず始まる前に逃げられた話、聞きます?」

「…………は?」

「あ?」

 三浦と伊川が顔を顰めて素っ頓狂な声を出した。

「みうさんやったらご存知でしょ!? 私が彼氏いない歴年齢って! そりゃ酒の力も借りましたけど! 覚悟を決めて誘ったんですよ! もちろん自分の職業は言ってませんよ? キスはしました! でも、色気がないって、急用ができたって逃げられたんですよ!! こんなことってあります!?」

 どうにでもなれ、と茉莉はまくし立てる。

 三浦と伊川は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔で茉莉を見る。そして、互いに顔を見合せた。

「で。何なんですか?」

「……いや、その、お前、その相手のことなんも知らんとや? 名前とか……」

「名前ですか? クロダヨシタカって言ってました」

 もちろん嘘だ。上瀧はそんなこと一言も言っていない。しかし二人はなんとも言えない顔をして、三浦は額に手を当て、伊川は腰に手を当て、茉莉の近くをうろついた。

「高橋」

「はい」

「その男の顔は覚えとうよな?」

「そりゃもちろん!」

「うむ」

 伊川がうろつくのをやめて、デスクの上にあった分厚いファイルをめくり、一人の男の顔写真の頁で止めると、茉莉に見せた。茉莉が見つけた上瀧の調査資料だった。

「あ!! あ? この、人?」

 写真を指さし、伊川を見ると、同情を含んだ表情で頷いた。

「まあ、高橋はこっちやないから知らんやったんかもやけどな、こいつはな赤川組の組長ばい。これが他に知られたら、わかるやろ?」

「え。えーーーー。やけん、脱がんで逃げたっちゃろうか? もしかして私の鞄見られたとか? 伊川さん、この人と繋がりあります?」

「そらあるに決まっとろうもん。ワシゃ二十七年マル暴におるとぞ」

「うえぇー! 生き恥ー!」

「まあ、未遂でよかったやないか。しかし逆ナンてお前、最近の若い女子(おなご)はすごかな」

「崖っぷちなんで、なりふり構ってらんないんです」

「いや、そうは言ってもなぁ、お前、女ん子なんやけん、そんな、なぁ?」

 と困り果てた伊川が、三浦と鷹岡に同意を求めるように視線を投げた。

「はい。気をつけます」

「鷹岡とか、お前も独り身やろ?」

 と三浦が取ってつけたように言い出す。

「いや、やけんって適当にくっつけようとせんで下さい」

 と今まで黙っていた鷹岡が素早く拒否した。

「お前らいつも一緒やん」

 と話がズレていく。

「まぁ、知らんのやったら話は別やが、匿名で高橋がヤクザと一緒におるってタレコミがあっての。どういうことか訊いとかないかんと思うてな」

「はぁ」

「場合によっちゃワシんとこ手伝うてもらおうとも思ったんやけど……」

「すみませんね。色気がなくて。逃げられたもんでお役に立てず」

「……いや、そうは言っとらんけど」

「もし、できることがあれば協力します。雪辱を晴らしたいと思います」

「そら私怨やろ」

 と伊川が苦笑した。三浦もつられて笑い、鷹岡も口先だけで笑っている。どうにかこの場を切り抜けられたか? と茉莉はひとまず胸をなでおろした。匿名と言っていたが、ピンポイントで呼ばれたあたり内部からの密告だろうと思う。だとすると鷹岡しかいないのだが、わざわざ電話をしてきた理由が謎だ。試されているのだろうか。鷹岡を見るが、無表情で何もわからない。

 上司二人に同情され、飲みに行くかと言われたが丁重に断り、鷹岡にラーメンでも食べに行かないかと誘ってみた。鷹岡はいつも通り、誘いに乗ってきた。


 鷹岡は本部の駐車場に自分の車を置いていたので、茉莉は鷹岡のメタリックなワインレッドのSUVの助手席に乗り込んだ。

 車に乗るまで鷹岡は無言で足早に先を歩いていたが、車に乗り込みドアを閉めるなり長く息を吐いた。

「高橋」

「なーん?」

「なーんやなかろうが。お前いつの間に上瀧とできとったん」

「できてないし。これからって時に鷹岡くんが電話してきたんやろ。意味わからんっちゃけど。ホント何これ?」

「ばあ」

「ウヒィャアッ!!」

 突然背後から両肩に手が乗ってきて、茉莉は腰を抜かすかと思ったくらい驚いた。声と手の主は佐々木だった。

「なんっなんなんなん!?」

「ご、ごめんね。そんなに驚くとは思わなくて……」

 目を真ん丸くして二の句を継げない茉莉と、その様子に狼狽えている佐々木の様子に、鷹岡が笑いだした。

「笑いすぎ」

 鷹岡を睨みながら茉莉は口を尖らせる。

「思ったより早く終わったんだね」

「いや、もうコイツ信じられん。ばりクソ嘘つき」

 鷹岡が呆れた口調で茉莉を指さしながら佐々木に云う。

「しゃあないやん。勝手に動いたのバレたら移動させられるかもしれんし」

「下手な嘘がバレた時の方がヤベぇやろ」

「まあそうやけど、もうどうせバレるならゴリ押ししとこって思ってさ。ってか、何なん? 鷹岡くん佐々木さんと付き合い始めた? 私いらんくない?」

「いや、それが……」

 佐々木は気まずそうに鷹岡に目配せた。鷹岡はバトンを受け取ったように茉莉を見る。そしてスマートフォンを出して連絡用アプリを開いてみせた。そこには薬院駅前のファストフード店の前で話している自分と上瀧の姿があった。

「ハァ? なんこれ。私と上瀧さんのツーショット? え? なんで? 芸能人の熱愛報道みたいやん? 誰? 鷹岡くん副業でパパラッチ始めたん?」

「俺じゃねーよ。バーカ」

 と、その画像の下にはホテル前でタクシーを降りる自分と上瀧の姿があった。

「ヤダー! プライバシーの侵害ー!!」

「お前他に言うことないとや?」

「邪魔しやがってこのクソ野郎」

「マジでくらすぞ貴様」

 と、鷹岡が指さした画面の上部をよく見ると、送信者は角田だった。

「うげぇっ!?」

「これが三浦課長んとこにも送られとる」

「なんで!?」

「ごめんなさい。あたしのせい、です」

 佐々木が顔の前で手を合わせた。

「え? 佐々木さんがパパラッチ?」

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