第13話
「うーん。嫌いじゃない……。タマタマしわしわー。でろーんってなっとうよ。象みたい……。へー……。亀頭ってホントに亀っぽいっちゃね」
と、陰茎を握って亀頭を口に含む。
「ぇ。なんかへんなあじすぅ……」
といいつつ、口内で舌を絡めてカリ首をなぞる。なかなか悪くない。茉莉は口をすぼめて頭を上下に動かし、歯を立てないように唇の裏の粘膜で扱く。とろりと陰茎を伝って茂みと陰嚢を唾液が濡らす。
「うぇええ。なんこれ、ぞうさんのゆるキャラどっか行ったぁ」
「なかなか上手いやん」
「本当に!? シャワー浴びて続きしよ」
子供のように無遠慮な仕草で手首を引っ張り起こそうとする。せっかくのやる気もいちいちへし折られてしまい、陰茎もそうそうに萎えた。が、とりあえず服を脱ぎ、ベッドの上に全裸であぐらをかいた。
「うわあ、えっち」
茉莉の目が薄暗い飴色の室内灯の中でキラキラ光る。
「やっぱそうやん。これこれ。これ、ずっと見たかったっちゃん」
背後に回り、広い背中をぺたぺた触り、頬や唇をつける。汗ばんだ肌に艶やかに浮かぶ極彩色の鳳凰は、えも云われぬ凄みと華麗さをもって目の前に迫る。燃え盛る炎の近くにいるような、頬がちりちりと熱に焼かれるような感覚を覚える。刺青という歪で凄惨な美に、自ずと肌が粟立った。なめらかで艶々した肌なのに、上瀧の裸体は険しい岩山のような印象を与える。光る白目と冷たく澄んだ黒目や薄い唇も魅惑的だが、このたくましい背中で燃え盛る生の美術品にどうしようもなく胸が焦がれるのだ。
「上瀧さんが忘れとっても私は覚えとうよ。上瀧さんが死んだらこの皮私にちょうだい。額に入れて壁に飾っとくけん」
「えずい女やな」
「ふへっ。上瀧さんにいわれたくない」
後ろから首に抱きつき、頬にキスする。いくらでも手酷く扱いそうな男がされるがままになっている。旭日章の御威光かと白ける理由も思いついたが、案外この男は優しいのかもしれないと思った。
「金無垢の腕時計より他にかっこいいのいっぱいあるやろうになんで?」
「親父にもろうた。いざとなったら売っぱらえって」
「古のユダヤの教えみたいやね。やけんネックレスも金無垢のチェーンなん?」
「形見っちゅうもんは身を護ってくれるげな。それに託されたもんは、大事にせなやろ」
「へえ。いいこというね」
上瀧は鼻で笑うと茉莉の頭に手を伸ばしてぽんと置いた。
「シャワー浴びにいかんとや」
「いく」
太い首に鼻を擦り寄せると、またあの雨上がりの深い森の匂いがした。セックスよりこの匂いを嗅ぎながら眠りたいと思ったくらい、安心する。
「上瀧さんの匂いもすき」
「そりゃどうも」
さて立ち上がろうかとした時に、茉莉の鞄から不穏な電子音が響いた。
「うそ、うそうそうそ! うそやろ!」
「あァ?」
「会社からの呼び出しかもしれん」
絶望した茉莉の叫びに、上瀧は吹き出した。
「あーあ。お勤めご苦労さん」
「えっヤダヤダ! ここでバイバイしたら美女の宅急便呼ぶやろ」
「お前の相手しよったらくたびれた。そんな気力もなか」
「うそうそ!」
「嘘なわけあるか。キサマの間抜けな声が耳について離れんったい。どげん綺麗なネエチャンが来ようが思い出して萎えてしまう」
「絶対ね!? じゃあムラムラしたら私のこと思い出して抜いてね!?」
「冗談じゃなかぞ。さっきのどこにそんな要素あるんか」
着信音は途切れたかと思うと間髪入れずに再び鳴り出した。
「はよう出らんか」
「うぅっ。やだァ」
鞄から携帯電話を取り出すと案の定見慣れた番号が。
「はい高橋です」
鷹岡もこれからだったに違いない。もしかしたら始まったばかりだったかも知れない。と茉莉は想像に同情しながら電話に出る。
「高橋、もう家か?」
「まだ出先です」
「飲んだか?」
「はい。1時間半ほど前に」
「だいぶ飲んだや?」
「瓶ビール一本くらい」
「ま。よかろ。どこおるとや。迎え行くか?」
「えーっと。平尾(ひらお)、えーっと、山荘通り……付近、です。タクシーで向かいます」
「じゃあとりあえず本部戻ってこい」
「鷹岡くん飲んどらんと?」
「ノンアルビール」
「バリ真面目やね」
「いいけん。早く戻ってこい」
「はいはい分かりました」
グッと終了ボタンを押して携帯電話を鞄に投げ込む。
「今事件起こした奴ボテくらす!」
「私情挟むな」
上瀧は煙草をくわえている。
「続きいつになったら出来るっちゃろ?」
茉莉は身支度を整えながら問う。
「また会った時にでもな」
上瀧は煙草に火をつけ、紫煙の合間に答える。
「上瀧さんの連絡先教えて」
「サツにや? やなこった」
「意地悪!」
バタバタと足音を立てながら一人で玄関に走る。
「保身、保身」
「今さらなんの保身よ! 今度は覚えときぃよ!」
ひょこっと顔を出して上瀧に向かって叫ぶ。
「もう忘れんばい」
「次会うまでに死なんでよ! 私の処女(ハジメテ)もらってね! おやすみ! 次は私が奢るけん!」
「いらん」
「えっ! 一生処女はヤダ!」
「わかったけん、早よ行かんや」
「上瀧さん!」
「なんや?」
「部屋のドア開かん!」
「マヌケが」
大きく溜息を吐いて、ベッドサイドの電話の受話器を上げて耳に当てる。数回のコールの後、眠そうな女の無愛想な声が聞こえた。
「先に一人出る。鍵開けてくれ」
受話器を置くと同時くらいに「開いた!」と聞こえてきた。
「じゃあね! おやすみ!」
と、この場に不釣り合いな声量の後、ドアが閉まる音がした。
「はー。しょうもな」
ぷかりと輪っかを飛ばし、ベッドに身体を投げ出す。今の時間はなんだったのかと馬鹿らしくて笑いが込み上げてきた。
雨は落ち着き、小雨になっていた。ここからタクシーに乗るわけにもいかず、坂の下まで小走りでおりて、電信柱の近くの自販機でミネラルウォーターを買って口の中を濯いだ。用水路に水を吐き出し、口元を拭う。ペットボトルを鞄に差し込み、両手で頬を覆う。興奮が醒め、恥ずかしさが毛穴中から噴き出してくるようだった。はしゃぎすぎた! と悶えたが、今さら自省したところでもう遅い。色気がないと言われてしまったが、どうすればよかったのだろうか。色気ってなんや? とも思ったが、どうせならないよりあった方がいいに越したことはない。休みの日に天神の百貨店にでも行って外見からイメチェンしてみようかと考えていたらまた携帯電話が鳴った。
「はい、高橋です」
「おう。高橋か。三浦やばってん、お前ちぃと時間あるか?」
血の気が引いた。組織犯罪対策課の課長である三浦からだった。
「はい」
「誰かと一緒や?」
「いえ。今は一人です」
そのとき、違う着信が入ったことを知らせる短いバイブがなった。
「お前……」
「はい? もしもし? 課長?」
「ん? おい、高橋?」
「すみません。ちょっとお電話遠いみたいなんですけどー?」
もちろん嘘だ。もしもーし? といいながら通話を切り、もう1つの着信に切り替える。
「もしもし?」
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