第12話

「忘れとうわけないでしょ! 普通のOLさんとかなら、なんかされたらされっぱなしでも、警察官ならそれなりに調査してもらえるやろうなって思ってなったっちゃもん! 転ばされたら起きれなくても唾吐き返せるでしょ? こちとらか弱い女子ですよ、後ろ盾がなきゃ、紋々背負った男にアプローチなんか出来ませんって!」

「やっぱお前頭おかしいな」

「ひどっ!」

 三階のフロアに着き、悪趣味で古いデザインの絨毯が敷き詰められた廊下を歩き、奥の点滅したルームプレートの部屋に入る。

「じゃあ、まあ、どうせ強姦罪でっち上げられるなら、やることやらな損やな」

「えーー。心構えダサい〜!」

「やかましい」

「処女(ハジメテ)なんでお手柔らかに!」

「処女か……。初めてやな」

「ヤダ! 初めて同士!!」

「うるせえな」

 頭が痛くなってきたが、何故か嫌な気がしない。上瀧は、靴を脱いで部屋の奥へ進む茉莉の踊るような後姿をゆっくり追いかける。どうしたもんかと考えていたら、くるりとこちらに向き直る。

「こーたきさん!! 私、すっごいドキドキしてきたっちゃけど! これ、夢やないよね!? 私、女に見える!?」

「は? なんお前、男なん?」

「いや、生まれてこの方女として生きてきましたけど、いまいち女としての才覚を発揮できずにきたもので」

 茉莉が上瀧の眼前までやって来て、両脇腹に五指を滑らす。その手つきは大胆なようで嫋やかだ。背はそう低くもないが、見下ろすと、艶めかしさを含んだ女の目があった。発揮する機会がなかっただけのことだろう。機会とほんの少しの相性が合えば、刹那の気まぐれな情交など容易い。

「というか、件の刺青男のせいでその辺の男が色褪せてしまった訳です。責任取ってください」

 ――この女、喋らなければな。と思う。何とも言えない気持ちにさせられたが、気を持ち直す。

「お前、もう喋んな」

 頬を両手で挟み、口づけで塞ぐと、茉莉の肩ががキュッと縮こまる。呼吸の仕方がわからないらしい。緊張が伝わってくるが、舌を滑り込ませ、口内を撫で回すと、茉莉の細い肩がくたりとしなだれる。指がシャツの胸元を握りしめ、覚束無い舌で応えてくる。ぎこちなさが最大の可愛げだ。苦しそうに喘ぎ、息継ぎするのをわざと追いつめ、隙間を塞ぐ。女の唇から漏れるか細いうめき声を舌で甘く殺しながら、ブラウスの上から胸を撫で、さすりながら少し力を込めて揉む。ビクリと肩が跳ねる。膝で両足を割り、ぐいぐいと押し当てる。逃げるように唇を離した女は、潤んだ瞳で自分を詰る。混乱を隠せない拙さが緩い加虐心を煽る。久しぶりに面白いと感じている。

「……どうしよ……、すごい、すき……」

 熱に浮かされた告白が、どうしようもなく胸を突いた。

 近くで見ている分には、思い出も相まって気持ちも昂揚していたが、実際に触れたら、もしかしたら、違うと感じてしまうかもしれない。そんな不安が漠然とあった。

 経験はないが、善し悪しは肌でわかる。自分は今確かに、五感からこの男を受け入れたがっている。

 静かに熱を放出している肉体の内側から、鋭いその黒目の奥から、じっとりと滲み出る男の獣性に、怯えよりも歓喜が湧いてくる。舌なめずりしたくなるほどおもしろい。

 見つめあっても相手の本心など分からない。今、ただ黒目の動きを追っているだけ。薄い唇からの呼吸を感じるだけ。身体の内側で心臓が強く早く鼓動を繰り返している。熱が上がってくる。生え際からじっとり汗ばむ。触りたい。触られたい。

 皮肉っぽく上がる口角を見た。あ、これも好き。と閃くように思いながら、瞬時に唇からあの猛禽類のような眼光をもった目へと、視線を移す。茉莉の出方を伺っているのか、上瀧はこちらを眺めているだけだ。

 腰を支える手と両足の付け根の真ん中に当てられた前腿が、ゆっくり動く。微妙な膝の角度調節で内側の性感帯を撫でてくる。うずうずとむず痒いような、どうしようもない感覚が局部へ集中していく。じわじわと責めながら、決定権はこちら持ちらしい。胸元に擦り寄ると、膝が下がって腰を引き寄せられる。茉莉は思わず唇だけで笑った。

「今は、上瀧さんを私の好きにしていい?」

「どうするつもりや?」

「好きにする」

 顔を上げて、ニカッと笑ってみせる茉莉に毒気を抜かれた。

「やり方わかるんか?」

「わからん。けど、わかる。したいようにするんやもん」

「ほう。そらお手柔らかに」

「うん」

 茉莉は踵を上げて、上瀧の固い頬にキスする。シャツのボタンを一つ一つ外し、大きく開いて、胸板に鼻を寄せると、香水だろうか、雨上がりの深い森を思わせる匂いがする。シャツの下の肌着をたくしあげ、腹筋の溝を舌先でなぞり、盛り上がった胸筋の飾りに吸いつく。

 しかし、茉莉の愛撫は、まだ目が開かない子猫が母猫の乳を探るようなまどろっこしさで、やられている上瀧としては、すっかり落ち着いてしまった。

「眠とうなるな」

「んぁ? ベッド行こ」

 このままでは埒が明かないと判断し、頷くより茉莉を肩に担ぎ上げた。

「うへぇ! 運び方が雑!」

「見た目の割に重てぇ」

「筋肉! 筋肉だから!」

 うるせぇと思いながらベッドに放り、馬乗りになって、茉莉のブラウスのボタンを外していく。

「はやいはやい。手際よすぎ」

「こういうのはちゃっちゃやれ。ほんとお前、脱がしても色気がねぇのう」

「だって。うぁ早いぃ……」

どんどん剥かれて、なんの飾り気もないつるんとした化繊のブラのカップの真ん中を捲られ、乳首を吸われた。

「ひぃっ!」

 仰け反った背中に手が入り込み、ホックを外され、剥ぎ取られた。乳房掴み、尖端を強調させるように寄せあげて、再び口に含む。

「ふへぇっ、うっ、うぅっ、えっち……」

 よっぽどやめようかと顔を上げると、薄紅色に染まり汗ばんだ肌の生々しい艶と、うっすら涙を浮かべた熱っぽい眼差しが、引きかけた興を留めさせる。茉莉の手がスラックスの股間に伸びてきて、甘勃ちすらできていないものを撫でる。

「わぁなんこれ! バリ無反応!」

「いや、……お前、反応もクソもあるか。その喋り、なんとかならんとや……。できらんクシャミみたいな声あげやがって……」

 馬鹿馬鹿しくなり、茉莉から降りて仰向けに寝転がる。

「えー。だってAVみたいな可愛い声恥ずかしいやん」

「あんなわざとらしいのもいらん。黙っとけ」

「はぁい」

 鼻にかけたようなふざけた声で答える。あまりにもくだらなさすぎて笑えてきた。ダマスク柄の古い天井を仰いでいたら、茉莉が足に跨って来た。ベルトを外し、スラックスの前を開けて、下着を下げた。

「うわーお。おちんちんちゃーん。くったりしとる」

 バカめ。と舌打ちしたくなったが、苛立ちさえ馬鹿馬鹿しくなっていた。

「何しようとやお前」

「好きにするっていったやん。うわ、なんか複雑なニオイする」

「そら、まだ風呂入っとらんしな」

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