第17話 狐の皮をかぶったナマケモノ
「来た来た、遥くん」
教室の扉をあけ、自分の席に目をやると、そこで目があった男に声を掛けられる。
細く鋭い目は、鋭い知恵と狡猾さを感じさせ、その瞳には常にどこかしらの
いたずら心が宿っている。
高く引き締まった頬骨と、優雅に伸びる鼻筋が、
彼の顔にどこか動物的な鋭さを加えていた。
彼が微笑むと、口元には小さな牙がちらりと覗き、
まるで何かを企んでいるかのような印象を与える。
俺の席の隣に座る男、風雷みかげは俺のメンターだ。
全体として、その顔立ちはまさに狐のようである。
笠木に右ひじを立て頬杖をつきながらガムをくちゃくちゃと右左右左へと
交互に嚙みながらの挨拶もこれで3回目、いい加減注意するのも
面倒であったため、彼の後ろを通って自分の席に着く。
横目で見た、彼のタブレットには俺の学校での2カ月分のデータが保存され、
今後のプランが錬ってあった。
「先生、土のpHレベルもすごく大事なんですよね!この間、土壌テストキットで測ったら少し酸性が強かったから、ドロマイト石灰を加えたんです。すると、
バラの根系の発達が一気に良くなって、今こんなに元気に咲いてるんです!」
「その通り。みつるちゃん、植物は私たちに色々なことを教えてくれる。そうやって試行錯誤しながら学んでいる姿を見ると、本当に嬉しいよ。
土壌の改良や施肥のタイミング、適切な灌漑管理も努力の賜物だね。」
「先生、ガーデニングって本当に素晴らしいですね。生物多様性を考慮したコンパニオンプランティングや、有機栽培の手法も学んでみたいです。」
後ろからは有永とそのメンターがガーデニングについて、朝から
スーパーハイテンションで語り合っていた。
有永に合わせ、メンターが寄り添っているだけであろうが...
他にも3組では生徒とメンターが生徒の興味の話題について
熱意のあるメッセージが飛び交っている。
メンターの力は恐ろしかった。
メンターがついてから早4日、最初は不満だらけの生徒たちが
こんなにも目を輝かせている。
クラスに来なかった生徒が校門が開く前に外で待っている
状況にもなっているらしい。
「ほな、準備できたらいこか?」
風雷はそういって、一時間目、ましてや
グラウンドへと行くことを持ち掛けた。
日に日にヒートアップする後ろの二人に我慢できなくなったのかもしれない。
「遥はなんでサッカーにしたん?」
校庭に行くまでの長い廊下、風雷が突然、俺が選択したものの理由に
ついて尋ねてきた。
「最近、海外リーグが面白くって、
前年のワールドカップありましたよね、あれからはまってるんですよ」
理由を適当にでっち上げ、風雷のことについての情報収集を開始した。
「先生はサッカーやられてたんですか?40m越えの無回転かっこよかったす」
「ううん、やったことなかったけど、
侍ブルーの遥選手が所望されたから必死にプレー集見あさってたわ~」
教員とすれ違う中堂々とズボンのぽっけに手を入れ
あくびする。その姿は、どちらが生徒か教員は分からないのではないだろうか。
ここまでの風雷をみるに、おそらく彼は俺の事情を知ってはいない。
メンターを生徒が選ぶことはできずに事前に学校から決まっていたため危機感は
あったが、彼の適当、具合がそれを感じさせない。
泳がせているならかなりの達者だ。
基本メンターは朝通学したら、1日中、帰りは家の目の前まで付き添ってくれる、
まるで執事とかメイドのように振舞うと校長が言っていたことから
メンターは不愉快極まりないものとして俺は覚悟していたのだ。
俺たち生徒には校長が挨拶をした日に、簡単なアンケートに答えた。
何が好きなのか、何になりたいのか、嫌いな物とか10個ほど。
そしたらそれに適した凄腕メンターが翌日にいるのだ。
どこにそんな金があるのやら。
生徒には一人ひとりにメンターがついている。
しかし教室にはメンターの席はない。
だから俺たち生徒は出席番号、前半後半で半分に分かれて
午前4時間の午後4時間の日を交互に行っている。
水無月は後半であるから、もうしばらく会っていない。
おかげで恋人と会えないことを哀れまれもした。
アンケートでメンターが決まることを予感していた俺はできるだけ、あまり話しかけられないものを基準にそれをやりたいこととして答えた。
グラウンドを走っている間や、ボールを拾いに行っている間は英語や数学などの
常にマンツーマンな科目に比べて集中して思考することができると思ったのだ。
しかし全然そんなことはなかった。
基本的には技術を教えてくれるが深く踏み込んできたりはしない。
当然これまでの帰りは学校の曲がり角を一個すぎたら帰してくれた。
俺とは別れ、別方向へ風雷は行く。
怪しかったことからついていくとただのコンビニで立ち読みをしているだけった。
こんな調子である意味非常に運が良かった。
しかし他の生徒、有永は顕著だが、彼らが持っている選んだものに対しての熱意が
俺にはないことをかねて先の質問をしたのかもしれない。
彼がつい最近までサッカーをやっていなかったことをみても、ある程度は
担当する生徒が決まっていたのかもしれない。
風雷の読んでいる書籍が非常に有名な英訳本であることからして
俺は英語を選ぶと予想されていたのだろうか。
なかなかに良いデータサイエンティストが学校にいるのだろう。
今から変えられるのなら風雷なら英語を教えていただきたい。
会話はそれだけで俺たちはグラウンドについた。
そこには凧あげやらグラフィティーなど一般的に科目と呼ばれるものではないものをアンケートに書いた生徒とそのメンターが目をキラキラさせながら熱中している
空間があった。
幼稚園かよ...
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