第6話 隣の花は赤い

これがシミュレーションゲームだったらよかった。

俺は最悪の選択肢を選んでしまっている。ヒロインの好感度をガン無視した

自分勝手な行動に出てしまった。あの状況は嫌な記憶をよみがえらせたのだ。


自分の好きなものが受け入れられない、みんなに拒絶される、

彼女を昔の自分に重ねてしまった。


俺は結局、あいつと同じ行動を取ってしまってた。


周りの足がまたガッと止まる。

水無月もひどく驚いていた。


それが冷静さを取り戻させてくれる。俺は当然、渡すプレゼントなんて無かった。

だから他者から見えないようにそっと タ・ノ・ム のメッセージ。

それから強烈なアイコンタクトを送る。


アイコンタクトはクラスメイトからしたら真剣さと捉えられたかもしれない。

水無月は深いため息をついて俺を見つめた。 


「そんなに見ないでよ、恥ずかしいじゃない」と微笑む。


彼女は鞄をもって立ち上がり、俺の腕を取って、自分の腕と組んできた。


「行こう!」


彼女は楽しそうに、俺を引っ張るようにして教室を出た。

彼女の柔らかい肌をやっと感じる。廊下を歩く間も、

俺たちの腕はしっかりと組まれたままだ。周りの生徒たちがちらちらとこちらを

見ているのを感じたが、気にせず歩き続けた。





柔らかなベルの音が耳に響く。木製の家具が醸し出す落ち着いた雰囲気は、

まるで時間がゆっくりと流れているかのようだ。壁には、旅先で撮られたような

写真や色彩豊かな絵が並び、見ているだけで心が和む。


俺たちは学校の帰路にあるカフェに立ち寄った。店員が俺たちの雰囲気を察して

そっと飲み物を運んでくれる。


それは甘酸っぱい青春の味...ではなく にがーい ブラックだ。

彼女にこのような行動に出てしまった経緯を報告書の読み上げのように行えば、

店員も申し訳なさそうになるわけだ。申し訳ない。


謝罪から入り、作り上げの理想の恋人-虚構の恋人を演じるメリットや、燦燦高校の校長には秘密にしてこの作戦を行えば問題はないことを細心の配慮をこめて伝える。


しばらくすると彼女の指先はカップの縁にそっと触れた。そのまま唇へと

運ばれていく。コーヒーの香りが彼女の鼻先をくすぐり、彼女は一瞬目を閉じて、

その香りを楽しんだあと、一口飲み込む。その瞬間、彼女の表情が少し柔らかく

なり、ほんのりとした微笑みが浮かんだように感じた。


まるで、コーヒーの温かさが彼女の内側から広がっていくようだ。


カップをテーブルに戻すと、彼女は軽く息を吐き、今の現状を整理するかのように

目を閉じた。コーヒーの余韻が彼女の中に残り、心がほっとするような安らぎを

もたらしているのが伝わってくる。


わかった。決意のある重い、その了承はカフェインも合わさって

俺の脳を強く刺激した。



そこからは今までとはちょっと違う学校生活が始まった。


「ねぇ、今日のテスト、難しくなかった?」結花は授業時間が終わると俺の方に歩み

寄ってくる。"かわいい"声は、優しい響きを持っている。

男子生徒の多くが彼女の方を見る回数が増えた。


「うん、でも結花と一緒に勉強してたから大丈夫だったよ、ありがとう」

そう答えると、結花は少し照れたように笑った。


「もう、そんなこと言わないでよ。でも、ありがと。」彼女の頬が少し赤くなった。



わざとらしく、大げさに気持ちを表現する。彼女は今日の数学の小テストを難しいと感じているわけがないのだが、二人で一緒に勉強をするアピールこそがこの場合大事になってくる。

こんな、見ていて恥ずかしくなるなことを堂々とやり続けることは不慣れではあったがその分この高校の生徒に対する効果はやはりあると思われる。隣の席で異性が

仲良く微笑んでいるんだ。


憧れ、嫉妬、何であれそこにはたぶん感情が呼び起される。



12:15、この昼休みも重要な時間となる。

「はい、あーんっ!」彼女がスプーンいっぱいに作ってきたオムライスを

すくいあげる。

少し照れながら口を開けると、結花は優しくスプーンを僕の口の中に入れてくれた。


「どう?おいしいでしょ?」と結花が得意げに聞く。

その瞬間、彼女の笑顔がさらに輝きを増し、俺と、見ている周囲の心をつかんだ。


献身的な女性は高校生男子にとって理想としている割合がそれなりにいることと、

一生懸命が似合う彼女には適した設定であることから

この効果はかなりのモノだった。



数日間こんな生活をつづけたある放課後、いつものように結花と腕を組み、

帰ろうと教室を出ようとすると、これまでとは違った光景が目に入る。

一人の男子生徒-向井俊が女子生徒-宮田綾香に声をかけたのだ。

震えた、手、少しこわばった背中、業務連絡ではない。彼に取っての第一歩だ。




俺たちは努力が形になったこと、誰かの人生に影響を与えられたことがこんなにも

心を満たすことを数カ月ぶりに実感することができた。これだからやめられない。



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