第15話 「アルファス・トーレ」
一人の男がいました。
彼は、誰からも嫌われていました。そのような雰囲気を発していたからです。
彼は、魔法が使えませんでした。
当たり前の物がない人間だから、嫌われても当然だと人々は思いました。
石を投げる事を正当化しました。
でも、彼はそんな人々に反撃することはありませんでした。
目立たないように、端っこに居て、誰の邪魔をしないように、ひっそりと生きていました。
そんな態度だから、人々はより一層石を投げます。
反撃しないのは、後ろめたいことがあるからだ。
人を傷つける度胸がないからだ。
勝手な思い込みで増長し、自らを正当化していきます。
そんなある日の事でした。
彼が人が変わったかのように、人々を殺し始めたのは。
***
お久しぶり、と男は言う。
お姉ちゃんと、男は言う。
「誰、あなた、知らない……!」
「ふふふ、それじゃ初めまして……でいいかな。あたしはアルファス・トーレと言う。以後お見知りおきを、ね」
すぐにでも逃げ出したくなるような危険信号を体中が発している。
異常だ。何かがオカシイ。
「っ……! あなたがあの殺人冒険者……!」
「ふふふ、ふふふ。話題になってるとは、あたしを知ってもらえてるとは。寄りにもよってあなたに知ってもらえてるとは、嬉しいねえ、嬉しいねえ」
にやにやと憎たらしく、いやらしく、気持ちの悪い口調で、「俺」は言う。
ああ。他人から見た俺の姿ってこんなものだったのか。
人を馬鹿にしたかのようにゆらゆら揺れながら、かつん、かつんと歩いてくる。
その、一挙手一投足すべてが憎たらしく思えてくる。
これなら――他人が「俺」を殺したいと思うようになっても仕方がない。
「あんなにあたしのこと遠ざけて、バカにして、無視して、蔑んでたのに……嬉しいね! アハハ!!!」
「何を言って――」
コイツはおそらく、俺と入れ替わった少女。
「アルティ・ルヴァン」なのだろう。
彼女が、俺の体に入り、何をしたかったが知らないが――
自らの母親を刺しに来た、というわけだ。
「アルファス」として。
そしてそのことに、スフィアさんは気づいていない。
そりゃそうだ。どれだけがお姉ちゃんお姉ちゃんと言っていたとしても、男の、怪しい冒険者の、知らない人間がまさか本物の妹で。
隣にずっといる小さな少女が妹でないなどと、まさか想像だにしないだろう。
俺は、歯ぎしりをする。
「今更何をしに来たんだよ……!」
怒りに震えながら、飾りとして壁につけられていた剣を手に取った。
「アルちゃん!?」
そして剣を振りかざし――黒衣の男に向かって切りかかった。
「そんな華奢なからだで、かわいらしいお嬢さんが剣を振っても……敵うわけがないでしょう?」
その剣は、「アルファス」の体によって振り下ろされる一振りによって止められた。
そしてそのまま押し返され、体が吹き飛ばされた。
「ちぃ……!」
「アルちゃん!」
受け身を取り、衝撃を和らげる。
なんとかまだ動けるが……しかしこの力量差では戦うのはきついぞ!?
「アハハ……ハハハ!!!」
気持ちの悪い声で高笑いをする「俺」。
「アルちゃん、だって! そいつの事をそう呼ぶんだ! いつまでも、今になって! 滑稽だ、バカみたい! アハハハハ!」
笑い、続ける。
……俺はかつて、あまりあのように人前で目立つような声を出さず、なるべく物を言わずじっとしてるだけだったが……
「アルファス」の声が、笑い方が、存在が。全て嫌悪感をもたらしてくる。大きな声を出さなかったのは正解だろう。
いや……何も言わないなら言わないことで、気持ちが悪かったのかもしれないが。
「あんたがアルちゃんを馬鹿にするな……!」
「馬鹿にしてんのはあんただよ! お姉ちゃん! それとも向かってくる気?」
スフィアさんは、金縛りにあったかのように動けない。
歯を食いしばり、目を見開きながら、進もうとしても。
恐怖に体を震わせ、微動だに、できない。
「何を言ってるのかわからない……ねえ、あなたが、お母さんをやったの!?」
「今更それを言う? 見りゃわかんでしょ!? 状況判断が遅い、頭が悪いわ、脳みそが腐っているんじゃないの! そんな事よりやるべきは……」
「アルファス」は、剣を高々と持ち上げる。
「圧倒的実力の差を持つ狂った殺人鬼を前に……どう、命乞いをするか、でしょうが?」
……まずい。
力の差がありすぎる。技量はあってもそれを振るう力がない。
どんなに不意を打って攻撃をしても、決してそれが致命傷になる事はないだろう。
腕がぴりぴりと痛む。さっき受け止めたときの衝撃で、だ。
私は――弱い。
つか、つかと男が歩いてくる。
二人の命を、すぐさま奪おうと。
命の危機が目前に迫っているのに、二人とも動けない。
恐怖で。痛みで。
その絶望的な状況で――
「失礼、ここは譲ってもらえないかな?」
現れたのは、白衣を着たお医者さんの、ルネさん。
「じゃ、逃げさせてもらうよ。【転移】!」
そう言った瞬間。体がどこかに飛んでいく気がした。
***
「……逃げられたか。まあいい」
そういって振り返り、血だまりの上をぴちょん、ぴちょんと波紋を広げながら歩いて、どこかへ歩いて行った。
「逃げられないよ……あたしは待つだけでいいんだから」
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