第13話 腕の中
目覚めると、俺はベットの上にいた。
そこは自室ではない、病室で合った。
「ああ――うん?」
何か、異様な気配を感じる。
なにか、背筋が凍るような、恐ろしい雰囲気をした、何かが。
顔を上げる。
「……ア、ル、ちゃ、ん?」
スフィアさんだった。
その表情は笑顔で取り作っているものの、眉間にしわを寄せ、わなわなと怒りでうち震えている。
「あの……えっと」
どう言い訳しようかとかいろいろと考えてしまう。
慌てふためいていると、「はぁ、」とため息をついた。
「……怒ってもしょうがないけど、心配したんだよ? 倒れるまで頑張っちゃってさあ。途中まではごまかしてあげよっかなって思ってたのに。結局皆に知られちゃって迷惑かけちゃってさ……」
こわばっていた顔は次第にしかめ面になり、最後には呆れたかのように肩をすくめる。
「あの、それで、今どうなったんですか」
「まず剣を持つのは禁止!」
指を立て、びしりと言う。
「それで今日の予定は全部なし、お母さんの勉強も、魔法の練習も全部なし。それで、しばらく休みなさいって」
「……そう、ですか」
ベッドの上でうつむく。
随分と、おかしなことをしたと思う。変に焦って、過剰に働いて、それで、倒れるなんて。
昔の体の頃みたいに限界まで頑張っても大丈夫だと思っていたのだろうか。
この体が弱い事なんて、知っていたのに。
「……まあでも、お医者さんはいい機会でしょって。急に環境変わって、記憶も混濁してる? らしいし」
うんうんとうなり、心配そうに考え込む。
「やっぱり、休んだ方が良いって。あんな風に無理をして倒れられるくらいならもっと早く休んで欲しかったなぁなんて思っちゃったりするんだけど……」
胸の下で手を組み、ずっとうんうんと唸り続ける。
「あーもう、こんなこと言ってる場合じゃない! ほらっ、ご飯作ってくるからちゃんとゆっくり体休めて!」
そう言って彼女は、部屋を出ていく。
休む、か。
冒険者の生活の中で、どれほど休んだことが有ったろうか?
毎日毎日剣で素振りをし、周囲を警戒し、野宿し、寝るときにすら危険が迫らないか気配をうかがい続ける。
信用できる人間なんて一切いなかったし、結局一人ですべてをまかなう事にはなったが、それはとても大変なものであった。
寂しかった。
でも、それをどうしようもないと、受け止め続けていた。
泣き言を言ってもどうしようもないから。
それは、弱いという事だから。
「……また、強く、ならないと」
そんなつぶやきが口から漏れてきた。
強くなるためなら、何でもやってきたのだ俺は。だから――
――違う、強くなる? この体で? 今更強くなってどうする?
いや、違う。
俺は、ただ剣を振りたいのだ。
なぜか。
己を、証明するためか?
それとも……
自分が、幸せに塗りつぶされ、消え去ってしまいそうだからか?
辺りを見回す。起き上がろうとする。剣を――
「アルちゃーんご飯出来たよ……アルちゃん?」
スフィアさんが、入ってくる。
ベットから抜け出そうとした俺をみて、駆け寄ってきた。
「あーもう、はいはい無理しないの! 全くもう、なんで……」
無理やりベットに寝かされる。
「ご飯ならあたしが食べさせてあげるから、今日はずっと寝てなさい、ね?」
「でも……」
「でもじゃありませーん、ほら口あけて、あーん」
持ってきたおかゆをスプーンで掬って、口元まで持ってくる。
「あ、あーん。はむ……」
「おいしい?」
美味しい、暖かい。
どこか、温かみというか、優しさのようなものが感じられた。
「……うん」
こくりと、頷く。
するとスフィアさんは優しくにっこりと微笑んでから、再びスプーンを差し出してきた。
「はい、じゃあ……あーん」
「あーん……」
味が染み渡る。そしてまた、スプーンで口元に運ばれてきたものをぱくっと食べる。
「ゆっくり、好きなだけ食べてね?」
ぱくっ。もぐもぐもぐ……。
ずっと、食べ続ける俺をスフィアさんはにっこりと眺め続けていた。
温かな幸福感が、体を支配していた。
最早このまま、別の何かに乗っ取られそうなくらいに。
***
「あの、その……ありがとうございます」
「お礼なんかいーの、いーの。 あたしたちは家族なんだから! 大変な時は心配する。頼ってもらう。当たり前の事なんだから」
そういってスフィアさんは、頭を撫でてくれる。優しく微笑んで。
それは――とても、嬉しいことであった。
優しい事であった。暖かいことであった。
「……それと、ごめんなさい」
「ん? なにが?」
「心配……かけて」
「わかったならいーよ。許してあげる。……私たちも何か、焦らせてた所はあったみたいだし……何か、思い出しかけてるんでしょ?」
そう、笑いながら問いかけてくる。
「……でも、私の記憶とか関係ないです。これは私自身が解決しなきゃいけない問題だから」
「ダメだよアルティちゃん。そんな頑なで一人抱え込んでたままじゃあ。そんなんじゃ……強くなれないよ」
スフィアさんが、俺を抱き寄せてくる。
それはとても暖かくて――そして、どこか懐かしい。
最近、初めてあったばかりなはずなのに。
「ねえ、アルちゃん? あたしはね……アルちゃんが心配だったんだよ? 何か思いつめてるようでさ」
ぎゅっと、抱きしめ続ける。
ゆっくりと、柔らかく。
「……それに……あたしじゃ頼りないかもしれないけどさ……頼ってくれないと……私にできることは……こうやって甘やかすことくらいだからさ」
ぎゅっと、俺を抱きしめ続ける。
俺を抱きしめながら、彼女は優しく言ってくる。
「……記憶が無くても、あたしとは関係ないとかそんな事はいわないでさ……子供のアルちゃんが、次第に離れていくの悲しかったんだよ。一人ぼっちで、さみしそうで。でも何か言おうとしても、拒絶して」
少し悲しそうにうつむくが、すぐにこちらの目をまっすぐ見る。
「それで、この騒ぎでちょっとアルちゃんの態度も変わってさ、やっと、私を頼ってくれると思ったのに」
ああ。この人は優しくて、それで……どこかずるい人だ。
「ありがとう……ございます」
こんなことをされれば――俺は、私は、甘えてしまうじゃないか――
ぎゅっと、抱きしめかえす。
受け入れる。お姉ちゃんを。幸せを。
甘える私を、彼女はずっと、何も言わず、抱きしめ返すだけだった。
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