第12話 剣と「自分」

 剣を、振っていた。


 真夜中の事だった。

 魔力がからっけつになるまで魔法を繰り出したり、母親からパーティの作法やらを習った後の事だ。

 疲れ切っているが軽く一眠りした後ねぼけまなこを無理矢理冷ましてまで作った時間だ。

 剣は男だったときと比べ満足に振れない。剣を極めたと言われるまで言われたその剣の振る速度に比べると、これではただ持ち上げているだけでしかないだろう。

 だが、振らなければならなかった。


 なぜか? それは、思い出すために。

 自分が、アルファスという男であったことを思い出すために――


「はぁ、はぁ……」


 すぐに、疲れが来る。

 体力がない。

 これは、女だからとかそういう理由ではない。冒険者には女もいる。男より遙かに強い力で大剣を振り回す女剣士もいた。


 ただ、この体が、戦うために鍛えていないだけだ。

 子供の頃から剣を振り続け、家族と暮らす時間学園で学ぶ時間人と話す時間すべてすべてすべて、剣に費やしたアルファスと比べ。

 遙かに、時間が足りないからだ。


 また、剣の頂へたどり着くまで、同じ時間が必要になるだろう。

 それはいい。いくら時間がかかろうと、到達が可能と知っていれば些細な問題だ。

 体は鍛えればいい。体格の違いは修正すればいい。技術や経験は覚えている。

 問題は……心が、耐えられるか、どうかだ。

 孤独を知らず、守ってくれる人も、危険な魔物も、脳みそを冒す暴言も、肌に痣をつける暴力も、何も、何もないこの私が。

 愛を知った私が。

 一心不乱に全てを忘れて剣を振り続けることができるのか――



 体に鞭を打って、剣を振る。

 腕に感覚がなくなろうと。限界を超え吐き気をもたらそうと。

 振る。振り続ける。


 自分が、俺が、何者かを証明するために。


「なにしてーんの、アルちゃーん」


 剣を、振る手が止まった。


「あ……」


 体が限界を超えて、いや――とっくに迎えてた限界に体が気づいて。

 膝をついて、崩れ落ちた。


「ちょ、ちょっと!? アルちゃーん!!!」


 ***


 うつらうつらとした意識の中、スフィアさんに運ばれ、横にさせられる。

 少しだけ体を休めて――すぐに上体を起こす。


「いだっ」

「あっ」


 おでこに何かが当たる。スフィアさんの頭だった。

 スフィアさんの膝に寝かされていたのだった。……意識がもうろうとしていて、気づかなかった。


「いだっ」

「あっ」


 おでこに何かが当たる。スフィアさんの頭だった。


「ご、ごめんなさ……! だ、大丈夫ですか!」

「うんうんだいじょーぶだいじょーぶ。油断してのぞき込んでたあたしが悪かった」

「いえ、私が、急に起き上がったから……」

「だいじょーぶだっての、気にしないでよしよし」


 おでこを優しくなでりなでりとされる。


「痛いの痛いのとんできなされ……」

「うう……痛みはないです、大丈夫です」

「そ、ならよかった! それでなんだけどさ……どしたの、こんな夜に。最近夜は危険らしいよ? 何とかとかいうすっごい強いけど評判の悪い冒険者が、いろんな人を襲って大変なんだって。下手に出歩いちゃだめよ?」


 え、それって――


「ただでさえ危険なのに剣なんて持ち出して……何をしてたの?」

 

 そう問い詰められ、たじろぐ。

 近くに、剣が立てかけられてある。

 自分がもっていたそのままの姿で。


「……ちょっと、」


 自分を取り戻せるかなって。

 ……アルティという少女になって、いいものかなって。


「何か、思い出せるかなって」

「……何で、剣を振ったら思い出せるって?」

「子供の頃から、ずっと、強くなりたかったんです」


 思い出す。父と母はいつも何か喧嘩していて、近づいたら怒鳴られて、殴られて。

 何か、そういうものに耐えられる強い力があれば、大きくなれば。

 少し、何かを変えられるんじゃないかと思って。


「剣を振れば、また強くなれるんじゃないかって」

「……へえ、アルちゃんがそんなことを思ってたとは知らなかった」

「あっ」


 しまった。

 つい、スフィアさんに自分の事を口走ってしまった。


「ふーんなるほどねえお母さん武術を高めるとかそういうの許さない方だしねえ、だからなのかな、アルちゃんが学園を抜け出したのも……冒険者になって強くなりたかったからとか?」

「いえっあのっその、私は、昔の彼女が何を考えてたのかはわからなくて……」

「あたしもアルちゃん探しに行くため冒険者じみたことやるっていったら反対されたし……まあ振り切って出てっちゃったけど! 似たもの同士だね!」


 いいこいいこ、と頭をなでられる。


「まあでも! 剣を振ったからってすぐ強くなれる訳じゃないから! 一朝一夕で成長なんてできないからねえ……」


 私の頭をなで続けながら、遠くに目線を移す。


「あたしも早く大人になりたいから、成長魔法なんて選んだ訳だけど。長時間使った後はしばらく動けないくらい反動はでかいし、別に無敵って訳でもないし。魔物に普通に負けるしー? 結局経験がなけりゃ……」

「……そっか」


 そうだ。この人は、体を成長させる魔法を持っていた。

 俺には、しっかりとしたS級冒険者としての経験がある。


 すぐにでも大人になり?

 成長して?

 剣を振れる?

 そうすれば……そうすれば?


 アルファスだった時のような剣技が使えるようになると?


「結局前借りした分の成長するだけの努力はしないといけない訳だし、大人になってからどうすんだって話も……って、アルちゃん、アルちゃん?」


 それさえあれば――

 俺は、また剣を振れる?


「何をぼおっとして……あの……その? アルちゃん!? 成長魔法の使い方とか、教えてあげないからね? アルちゃん!!?!?!?」


 力が、力が、戻ってくれば?

 俺は――



 その時。

 また、体中に疲れがどっとやってくる。

 そのまま――意識が途絶え――



「アルちゃん倒れ――! アルちゃーん!!!????」





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