第11話 記憶喪失と心と体と
お医者さんが来たという事で、部屋に呼ばれることになった。
記憶喪失後の経過を見るのだという。
「し、失礼しまーす……」
「やあ、入って入って」
白衣を着た、髪の長い女の先生が丸椅子に座っている。
恐る恐る先生に近づき、向かいの椅子に座る。
「やあ、前に会ったことあるの覚えてるかい?」
「ひっ、い、いえ……」
「怯えなくとも。最初に記憶喪失と診断した時だよ」
ああ、最初に入れ替わった時か……びっくりした。
本物のアルティが昔に会ったことがあったのかとかで違和感を感じたのかと……
「まあ、昔もあったことがあるんだけどね」
「えっ」
「子供の頃の話だよ」
……まあ、そうか。
「おつきの医者だからねえ……子供のころから面倒見てたんだけど。まあ仕方がないか。改めて自己紹介をしよう。私はルネ・ヤフーレ。医者をやっている。ヤブ医者のヤフーレなんて言われるけどね」
「は、はあ……」
それはただの悪口ではないだろうか。そんなことを自己紹介にされても……
「覚えてないか。うーん、やっぱり記憶喪失なのかなあ。違うのかな? まあわたしは精神的な事は専門的ではないからねえ」
専門じゃないってそんな言い訳でお医者さんをやるなよ。そりゃヤブって言われるわ。
「お医者さんと言っても、聖属性の回復魔法と、辺りをあちこち飛び回る転移魔法。そして患者と会話することで仕事をもらってる癒し手の端くれだからね。回復魔法で治らないものはわからないよ」
それって医者として大丈夫なのか?
「まあ、こんな輩でも人を治せるのは貴重さ。さて、そんなわけだから仕事を始めようか。どうだい、今の生活に何か困ったことはあるかい?」
「いえ、皆良くしてもらってて……何もかも分からないので困ることだらけですが」
「日々の生活を暮らせるほどの症状で良かったよ。ガッツリ記憶が抜けてたりすると日常にすら支障が出るもいるからねえ」
少しだけ、背中に汗をかく。
もうすこし記憶喪失として、ふるまった方が良かったのか?
それがどんなものか、分からないが。
「そうすると、どうだい? 記憶を失った理由とか、思い出せていたんじゃないか?」
「い、いえそれは……」
「うーん……」
そうすると、お医者さんはこちらの方をじっくり見てくる。
「本当に失ってるのか、それとも何か知ってはいるけど隠してるだけなのか……」
「!」
少し驚いて、ひきつった顔をする。
そんな俺の姿を見て、くっくっく、と喉を鳴らし笑う。
「まあ、それでもいいさ。言いたくないことがあれば言わなくてもいい。君が家出をしたのには理由が有ったろうし。それで、何かおかしなことをした結果、記憶を失ったとしても知ったことではないさ」
アルティは、何のために学園を抜け出したのか?
そして、何のために体を入れ替えたのか?
なぜ。
俺は、知らない。
「実際他の人から聞いてもぽっかりと当たり前のことが抜けているらしいし、記憶を失ったのには間違いないみたいだしね」
記憶喪失、という事については疑われていない、という事か?
「まあ、私はそこまで話に突っ込む気はないよ。詳しくないからね。本来なら記憶に関する魔法でも持っている人に聞くのがいいが」
聞いたことはある。S級のだれぞが人の記憶読み取る事ができてトラブルになっただとか。だが、知り合いではないし居場所も分からない。
なるほど、そういう人に聞くというアプローチもあるか。
「この時代、おかしな何か。魔法、魔道具、自然現象。そういうのはいくらでもある。ただの記憶喪失。それでいいじゃないか。それ以上詮索してでかい問題に巻き込まれたくない」
そういって肩をすくめる。
「だから何か気づいているなら――自分の手で解決するんだね。……相談事には乗ってあげるけど」
「相談、ですか」
「そうだ。私に何か相談したいことはあるかね?」
そういって体を伸ばし、手の先で羽ペンをくるりと回転させる。
聞きたいこと、聞きたいことか。
「あの……いいですか」
「いいだろう。わかる事なら答えてあげよう」
「昔の……記憶を失う前の私って、どんな人でしたか?」
「ほう、そう来るか」
目をぱちくりさせ、無表情になる。
「そうねえ、どんな子だったか……私も定期健診とかでちょっと話しただけだからよく知らないんだが……うーん」
目をパチクリさせながら、ペンの上に顎を置き、しばらく考え込んだ後答える。
「そうだね、一言でいうと、賢い子ではあった。けど……何かどこか人を信頼してないような、そんな目をした子だったよ」
***
もう少し聞きたかったが、あまり知らないとの一点張りであまり深く聞くことはできなかった。虚無魔法とか知らん聞いたことないとか言ってたし。
「へえ、今は魔法やマナーの覚え直しをねえ……大変だ」
「えっと、いろいろ教えてもらってるんですがなかなか……」
「まあ、大丈夫さ。君は呑み込みが早い所があったからね。そのうち覚えられるさ」
「そ、そうですかね」
「君が真の意味でアルティになれるのであれば……ね」
この人――やっぱり、気づいているのではないだろうか。
俺が、アルティではないという事に。
「まあ一つアドバイスするとしたら――信じることだ」
「信じる?」
「そうだ。魔法で何かを引き起こす状況を鮮明にイメージし、そしてそれが可能であると信じることだ。自分を――信じることだよ」
「信じる……」
「思うに、君は今どこか自分に迷っているのではないかな?」
「自分に迷い、信じられてないと」
「そ。昔の記憶をごっそり頂かれて、自分がアルティ・ルヴァンであると信じられなくなってる。自分の実力を、記憶を、存在意義を、見失い始めている」
それは、当たり前だ。
だって、自分はアルファス・トーレであって……
「君の器はどうしようもなくアルティ・ルヴァンという少女だ。だが、中身がそうではない。……ぽっかりと何かを失ったからね。だからまず心を、中心を器に合わせるといい。心身合一ともいうけれどもね。そうすれば、足りない部分は勝手に戻ってくる」
器に引っ張られ、心に引っ張られ……すべてが……
その結果、俺は、俺でなくなると?
別人になると?
「だからさ、信じ込んでみないかい? 自分がアルティという少女だと認識する。思い込む……その場しのぎでも、嘘でもね」
嘘でも?
だって、事実違うのに?
だけれども、現にこの体はアルファスの体ではない。
かわいらしいドレスに、女の子らしい、剣を振る事も難しい柔らかな体がそこにはある。
それは――
アルファス・トーレが体に引っ張られアルティ・ルヴァンになるのは……
愛されることは。
許されて、いい事なのだろうか?
分からない。
分からなかった。
「今はまだよくわからないと思うけど……まあ、まずは考える事さ。考え続けた先に……答えはあるかもしれない。ないかもしれない。それでも、人は考えずにはいられないのさ。じゃ、今日は終わりだ」
先生は立ち上がり、指をパチリと鳴らすと、転移魔法を使ってどこかへ消えていった。
しばらくそこで俺は――私は、しばらく、座りつくしていた。
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