第2話 広がるリンチの輪と悪魔からの呼び出し
大場忍(21歳)は悪い女だ。
私立高校を二年生の時に中退して非行に走り、万引きで補導されたことと窃盗で逮捕されたこともある。
大場は性格に比例して顔も気持ち悪いブスだったが、丹野寿人(21歳)という彼氏がいた。
もっとも、この丹野は大場とはお似合いのチンピラで、1999年5月に二人で買い物客からバックを盗んだとして窃盗で逮捕され、丹野は少年院に入れられ、大場は二年間の保護観察処分を受けている。
2000年1月に丹野が少年院から仮退院すると大場は再びこのチンケな小悪党と一緒になり、同年12月の時点で仙台市青葉区のマンションで高橋恵(20歳)と猪坂衛(仮名・18歳)という同じくろくでなしのカップルと共同生活をしていた。
12月中旬のこと、大場は気持ち悪いメールを受信した。
それはある男からのもので、明らかに自分に気があることを匂わせる内容である。
大場は人相の悪いブスだったが、丹野という自分にお似合いのクズ男がいるからその気はなく、むしろ不愉快だった。
より不愉快だったのは、一緒に暮らしている高橋にも同じ人物から気持ち悪い口説き文句が含まれたメールが来ていたことだ。
好みでもない男だし、自分だけならまだしももう一人にも送っている所に一途さのかけらもなく、いやらしさを感じて腹立たしい。
大場と高橋は「コイツ、なんだべ?気色悪りいんだけど」と、それぞれの彼氏である丹野と猪坂に言いつけた。
そのメール男は丹野の知り合いだったのだが、自分の女に手を出そうとする奴は許せない。
「ぶっちめてやる!」と丹野と猪坂はいきり立ったが、小悪党な二人は自分たちだけでやる気はなかった。
もっと大勢集めてフクロにする必要があると考えたのだ。
チンケなチンピラがよく考えそうなことである。
心当たりはあった。
つい先週くらいに知りあった大場の昔馴染みの伊藤大治(21歳)で、伊藤は住吉会系暴力団の現役組員であるからこういう場合は大いに頼りになりそうである。
伊藤だけで十分な気もしたが、丹野から相談を受けた伊藤はさらに自分の兄貴分である平間竜治(25歳)を紹介。
丹野と伊藤の共通の知り合いである兼田亮一(仮名・19歳)とその女である赤塚幸恵(仮名・19歳)も加わることが決定し、一人のスケベをリンチするための輪が広がってゆく。
うれしいことに平間はスケベの仕置き場として組事務所を提供してくれることになった。
平間は組事務所に寝泊まりする部屋住みのペーペーヤクザだったが、他の組員が来ない時なら融通が利いたのである。
人数も八名となり、頭数も舞台もリンチにはおあつらえ向きだ。
12月18日夜、丹野たちはその組事務所にスケベ野郎を呼び出すや、自分たちの女にちょっかいをかけたことがいかに間違っていることかをたっぷりレッスンして叩き込んでやった。
「すいません!すいません!勘弁してくださいよおおおお~!!」
組事務所というおっかない場所で大勢からフクロにされた男は完全に泣きが入った。
もうふざけたマネはしたくてもできないだろう。
だが、丹野はムカつく奴をシメただけでは満足できなかったようだ。
というか、自分の一存でこれだけの人数を集めることができたばかりか、暴力団事務所という夢のような会場まで使わせてもらえてのぼせ上っていたんだろう。
とんでもないことを言い出した。
「誰かコイツ以外にシメてえ奴いるか?いるんだったらやっちまおうぜ!」
ムカつく奴をボコるという幸福を他の人間にも味わってもらおうとしたのか、はたまた極悪な提案をこのならず者集団の中でして主導権のようなものを握ろうとしたのか?
「ああ、あたしいるいる!そいつやっちゃいたい!」
手を挙げた者が一人いた。
このリンチの発端となった、自分の女の大場だ。
「忍か。どんなヤローだそいつぁ?オレの知ってる奴か?」
「寿人は多分知んない。中学校ん時の一コ下の女でさ、援助交際すんなっつてんのにしたバカがいんだよ」
「ほーう、じゃあそいつやんべ!平間さん、いいっすか?」
「おう、いいぜ。やっちまえ!」
三下ヤクザの平間は組長気取りで鷹揚な所を見せる。
「ありがとうございます!忍。呼び出せっか、そいつ?」
「大丈夫。今から呼び出すよ」
大場は携帯電話を取り出し、もう夜なのにもかかわらず呼び出しの電話をかけた。
「もしもし、久しぶりじゃん!わたし、わたし。忍だよ~」
大場は顔には全く似合わない甘ったれたような声を出したが、それは相手を地獄に誘う悪魔の呼び出し電話だった。
「ええ?いいじゃん!行こうよ~迎えにいくからさあ~。いや、大丈夫だって!帰りもウチまで送ったげるからさ」と言ったかと思えば、「え?何で?それ、どういう意味?…あんあん、あん!?だからあ、さっき言ったことどういう意味かって聞いてんの、こっちは」などと剣呑になったりで硬軟織り交ぜている。
最終的には「いいの?うれしー!じゃあ、すぐ行くから待っててね!」と電話の向こうの相手は来ることを了承したようだ。
電話を切った後、「寿人、車出せる?」と丹野に聞いた。
「ああいいぜ、どこまで?」
「槻木駅分かる?柴田郡の。その駅前で待たせてるから」
「ああ、わかるわかる。で、どんな名前なの、そいつ」
「曳地里美って女」
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