第26話 間章(その2)『ある独り言』

 ――余計なことをしたら――締め出しますよ 『夢界』


   +++


 その世界は野原でした。

 一面を柔らかい草だけで構成されている世界でした。

 夢のような日差しで平和な光景でしたが。

 見渡す限り何もありません。

 見渡す限り誰もいません。


「こちらもよく似ているけど、ちょっと違うみたいだな」


 ある男がその世界に降り立ちました。

 虚空から現われたその男は亡羊とした、とらえどころのない人間でした。

 年の頃は十代にも、四十代にも見えます。

 身なりもありふれており、個性と呼べるものはありません。

 ただ、それはそれは不思議な眼をした男性でした。

 プラプラと男性は歩き始めました。

 両の手をポケットに入れ、やる気はなさそうです。

 しかし、興味深そうでした。


「こんな綺麗な原っぱなのに、生き物はいないのかな」


 それからしばらくすると、急に大きな樹が見えてきました。

 すごく、すごく大きくて、遠くからでも見えました。


「遠いな。跳躍するか」


 男性はそう呟き、虚空へ歩き始めました。

 その次の瞬間、男性の姿は大きな樹の前にいました。


「大きいな」


 すごいなぁと男性は見上げました。

 天に届くのではないか、というほど大きな樹です。

 いえ、本当に天に届いているのかもしれません。

 広がる枝枝はどこまでも広がっているようでした。

 枝と葉の擦れる音が降ってきます。

 シャン、シャン、シャンと。

 それはまるで鈴の音のようでした。


「ふむ、矛盾環な世界か。この樹がこの世界の全てみたいだね。世界樹……いや、魔王樹とでも呼ぶべきかな。女の子を捕らえているから」


 男性は感心したように呟きました。

 そして、その樹の根元には一人の少女が寝ていました。

 樹の根の窪みに包まれるようにして、寝ています。

 可愛らしい少女です。

 先ほど、男性が荒野で出会った少女とよく似ています。

 ただ、年齢が少し違うだけで、本当にそっくりでした。

 そして、その女の子はスヤスヤと寝ていましたが、急に苦しそうな顔に変化しました。

 少女の頬を涙が伝いました。

 何か呟いています。


「……ごめんなさい、ごめんなさい」


 女の子は泣きながら謝っています。

 男性は考えます。


「先ほどの子と、同格、かな? いや、同一? ふむ」


 きっと、この子がこの世界の核なのだろう。泣いている姿は先ほどの娘とは似ていないな、と考えています。


「ただの夢、か」


 しかし、男性はあまり長居をする気はありません。

 これ以上この場にいて、管理者に怒られたくなかったからです。


「夢の中で見る夢ってどんなのだろうね?」


 男性はそんな疑問を虚空に投げかけます。

 答えはどこからも帰ってきません。

 ただ、その弱々しい姿――故に一層幼く見える――慰めるように優しく頭を撫でます。

 そうすると、泣いていた女の子の流していた涙が止まりました。

 男性は満足そうに笑いました。

 そのままその姿がゆっくりと消えていきます。

 ゆっくりと、ゆっくりと。

 …………。

 ……。



 世界に残されたのは一人の少女だけです。

 泣いた跡のある少女だけです。

 世界はそれだけです……。

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