第21話 熊の茶会 その三
ヒロユキたちが到着したのは廊下を抜けた先の大部屋だった。
本当に大きな部屋だが、面積よりも高さがある。天井がガラス張りで吹き抜け構造だった。
快晴の空の青、そして、差し込む太陽の光。明るく清潔感がある。
差し込んだ光が部屋の中央の古風なテーブルを照らしている。
テーブルにはシミ一つ無いテーブルクロスが敷かれ、ティーセットが大量にセットされてある。
そう、大量に。
大量なのはティーセットだけではなかった。椅子も同様に据えられている。
そこで当然の疑問が生じて、ヒロユキは疑問を解消する。
「あの……参加者って他にもいるんですか?」
「いえ。旦那様とヒロユキ様それとアタシの三人ですが」
「えっと、でも、椅子とかカップがやけに多いんですけど」
「それは簡単なことです。旦那様はその日の気分でティーパーティーに呼ぶ人数を決めているのですよ。今日のヒロユキ様のように一人の日もあれば、この部屋で収まりきらないほどのお客様がお越しになられる日もあります」
備えあれば憂いなしということか。
言われてみると当然だ。今日のヒロユキが選ばれたのは本当に気紛れからだろう。その気紛れが一人に発揮されるとは限らない。
常に最大限の準備が要求されることを想像し、ヒロユキはその労力に感嘆する。
「大変ですねぇ」
「いえいえ。もう慣れましたから」
しかし、沙良は慣れるほど長い期間働いているようには見えない。
技能云々ではなく、あまりにも若すぎるからだが、人は見かけによらないとも言う。
「ここでどれくらい働いているんです?」
「そうですねぇ、人生の大半と言っても良いと思いますよ」
「あの、年はいくつなんですか」
「あら、女性の年は訊くものではありませんよ」
それもそうだ。ヒロユキは心の底から自分の軽率な発言を悔いた。
先ほどの沙良のように腰から直角に頭を下げ詫びる。
「すいませんでしたぁ! 無礼なことを言いましたぁ!」
「無礼とは思いませんが、無粋でしたね。気になさることはありませんよ」
「はっ! そう言って頂けると、何と言うか、恐縮であります!」
「フフフッ。冗談ですよ。そんなにかしこまらないで下さい」
「はい! かしこまりません!」
最敬礼とばかりに背筋を伸ばすヒロユキを見て、沙良は一層笑みを深めた。
「ところで、ヒロユキ様。アタシはいくつくらいに見えますか?」
「十二、三ってところですか」
ヒロユキは正直に答えた。妥当なところだろう。
「いいえ。アタシはここではあなたと同い年ですよ」
沙良はやんわりと首を横に振った。
しかし、ここではの意味が分からない。年齢は時間と共に増加していくもので、減ることは無いはずである。
そもそも、ヒロユキと同年齢なら今年で十七になるのか。
「若いんですね」
「若く見える、と言いたいわけですね」
「はい」
「それをアタシが気にしていると言ったらどうされますか?」
それはありうるかもしれない。自身の外見にコンプレックスを抱く権利はどんな美人や美男でもあるのだから。
ヒロユキは自身の発言の迂闊さにぐはぁ、と呻き声を上げた。
「申し訳ありませんでしたぁ! そんな気にしているとは思いませんでしたぁ!」
「いえいえ。全く気にしていませんから、気になさる必要はありませんよ」
気にしていないという発言は、自身の若く見える外見のことか、それともヒロユキの発言のことかは分からなかった。
「しかし、沙良さんは綺麗だと思います!」
「ふふふっ、ありがとうございます。ヒロユキ様も素敵ですよ」
「ありがとうございます!」
ヒロユキが天高く礼を告げると、沙良は上品に笑いながら言った。
「ヒロユキ様は本当に面白い方ですね」
「えっと、そうですか」
「はい。とても面白いと思いますよ」
「はぁ、あの、ありがとうございます」
「褒めていますけど、喜んでいいかどうかはアタシには判りませんね」
ヒロユキには意味が分からず首を傾げていると、
「どうぞこちらの席へお掛け下さい」
席を勧められたので素直に座った。
そこでヒロユキは思い知ることになる。
高級感というものが威圧感によく似た気配へ化けるということを!
ヒロユキは自身の着ている学生服を見下ろして呟いた。
「一応、一張羅なんだけどなぁ」
頬をボリボリ掻いていると、熊がのそのそとやって来た。
シルクハットとステッキの代わりに正装のつもりか、蝶ネクタイを締めていた。
何だか七五三的というか、学芸会的というかそんな連想をさせられる光景だった。
「おおっ! パーフェクト!」
「何だかヒロユキ様は嬉しそうですね」
「はいっ!」
「まぁ、良い返事ですね。ふふふ」
懐中時計を外していない辺りが何となくお洒落さんだ。
「待たせたかね」
「いいえ!」
熊はどこか余裕たっぷりに頷いた。ヒロユキと向き合う席にのっそりと座った。
上座はどっちだろうとふと気になったがよく分からない。
何故か沙良はヒロユキの隣に座る。その際に目が合いにっこりと微笑みかけてきたので、ヒロユキも精一杯の笑顔で応える。
熊がウオッホンと咳払いしたので、ヒロユキは居住まいを正した。
「では、始めようか」
その宣言により茶会は開かれた。
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