第20話 熊の茶会 その二
どこかへ行く途中での会話だ。周囲の景色が徐々に変化しているけど、気分の良いヒロユキは気にならない。
オレンジジュースが沸いたぞぉ! という叫びにも反応しない。
「参加者は俺とあなた以外に誰かいらっしゃるんですか?」
「ああ。といっても、うちで働いているメイドが一人だけだがね」
「メイドさんですか。やはりぬいぐるみですか」
「君はぬいぐるみにやけにこだわるね」
「そうですか?」
「まぁ、彼女は人間だよ」
「女の子ですか?」
「ああ。男でメイドはおかしいのではないか」
「はっ! それもそうであります!」
街路樹がチョコレートに変化しているけど、美味しそうとしかヒロユキは考えない。
「しかし、君は差別主義者の性格があるのではないか」
「そうでありますか?」
「ああ。だからだね、私と君にどれ程の差があるというのかね」
「はっ! た、確かに。すみませんでした! 意思もあれば、感情もある。物を食べれば、茶会も開ける。それどころか、メイドを雇っている時点で高貴な身分は確定! ああ、何と言う非礼の連続! 腹を捌くので、許してくださいでござる!」
「止めたまえ。君も文明人なら野蛮な行為は慎みたまえ」
「はいでござるでごじゃる!」
「さぁ、急ごう。茶会の用意をして待ちくたびれているだろうからね」
「はいでござりまするでごじゃったりぃぃぃぃぃぃぃっ!」
道行く車が飴製に変化しているけど、ヒロユキは一台欲しいなとしか思わない。
+++
どんな道を通ってきたかは全く憶えていない。あっという間に到着した、が主観としては一番相応しかった。気がつくと、いつの前にかヒロユキはそこにいた。
その家はチョコレートの草木に囲まれてひっそりと聳え立っていた。
白を基調とした清潔な外装をしている大きな、大きな家。
と、思ったら、その白さは生クリームの白さだった。
屋根には風見鶏――と思ったが、どうやら本物の鳥がいた。ただし、羽毛が蛍光ピンク色だった。派手な色のその鳥は屋根のカスタードクリームを一心に啄ばんでいる。
窓枠はクッキーで出来ているようだった。ちなみにドアはチョコレート製だ。
「ここですか?」
「ここだが、その含んだ物言いは何かね?」
ヒロユキは正直な感想を述べた。
「地震に弱そうです」
「そんな心配は無用だ。一級建築士に作らせた」
「それは素晴らしい!」
ヒロユキは絶賛する。そう言われてみると、確かに少々の地震では崩れそうもない。
嗚呼素晴らしきかなお菓子の家。子供の夢で出来ているようなお家だった。
もう一度見上げた時、派手な色の鳥が天に向かって一声を発した。
『コケコッコだったりぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!』
「あれはニワトリですか?」
「ニワトリ以外の何に見えるのかね」
「分かりません。しかし、ピンク色のニワトリは初めて見ました」
「珍しいニワトリだからね。あの子は高度四キロの高さまで飛ぶことが出来る。マッハ3の速度でミサイルのように飛ぶ。パトリオットニワトリ。素晴らしいとは思わないかね」
「思います。それは素晴らしいです!」
それは是非とも観てみたかった。
「しかし、ここですか?」
「ここだが、その含んだ物言いは何かね?」
ヒロユキは正直な感想を述べた。
「雨に弱そうです」
「そんな心配は無用だ。雨の日は潜る」
「潜りますか?」
「ギュルンギュルン潜る。ドリルが生える」
「それは素晴らしいです!」
ヒロユキは感嘆の叫び声を上げた。
嗚呼、素晴らしきかな、ドリルの家。男の子の希望で出来ているようなお家だった。
「では、そろそろ入ろうか?」
「はいであります!」
高低差の割には横幅の大きい造りはこの熊の生活しやすいように出来ていた。
玄関ではメイドさんが腰から頭を下げて待っていた。平身低頭。実に礼儀正しい。
オールドタイプのモノクロなメイド服だ。清潔さが際立っている。
「お帰りなさいませ、旦那様」
メイドさんはにっこりと顔を上げて微笑んだ。せいぜい十二、三歳といったところだろう。目のパッチリしている、頭を撫でたくなるような可愛らしい女の子だった。
ヒロユキはどこかで会ったことあったかなぁと首を捻った。
彼女と面識があるような気がしてならなかった。
「ああ、沙良君。ただいま。準備は出来ているかね」
「はい。万端です、旦那様」
静々と頭を下げる仕草も洗練されていた。ありとあらゆる動作が優雅だった。
「後ろの彼はティーパーティーの招待客だよ。案内してやってくれ。私はその間に着替えてくるよ」
熊は帽子を沙良と呼ばれたメイドさんに手渡しながらそう命じた。
「かしこまりました、旦那様」
沙良は帽子を胸に抱きながら腰から深々と頭を下げる。本当に美しい。
ヒロユキはその一つ一つの仕草に感動を覚えた。
「さぁ、ヒロユキ様。こちらへどうぞ」
熊は一度自室に戻るのか――ヒロユキ達とは逆方向へと消えていった。
「あ、どうもありがとう!」
姿勢のやたら良い沙良の背中をヒロユキは追った。靴は脱ぐ必要がないようだ。
洋風!
「YO! WHO!」
ヒロユキの魂の叫びに、沙良は少し驚いたようだった。
「どうされたのですか?」
「いえ、何でもないです……」
どうにも自制ができない。
「あ、それと私は沙良と申します。よろしくお願いいたします。ヒロユキ様」
何故分かる。
「すみません……よろしくです」
完全敗北の気分でヒロユキは頭を下げた。
家の中は外見に反して普通だった。戸棚がビスケット製で照明器具がアメ製だった――なんてこともなかった。
それは少しだけ残念だったけど、本当にそうだったら過ごし難いだろうなと思った。でも、絨毯とかフカフカで非常に素晴らしい。
ただ、置物があった。『道』と言う字を背負った一人の男が見たことのない大きな獣に立ち向かっている像。その躍動感溢れる造りに感嘆の溜め息を漏らす。
そして、沙良の先導に従ってヒロユキは奥へと向かう。
その間、残念ながら外観以上に面白いものは何もなかった。普通の家である。
あれ、とふと疑問に思った。疑問は訊ねて解消するのが一番だった。
「あの、俺って名乗りましたっけ?」
さっき、訊ねるだけ訊ねたのに、実はこっちが名乗ってなかった。恥の上塗りである。
「いいえ。ですが、ヒロユキ様は旦那様のお客様ですから」
「それで分かるんですか?」
「ええ。メイドですから」
ヒロユキはブラボーと喝采を上げる。実際に拍手で賞賛する。
「それは素晴らしいですね! ビバメイドさんですね!」
「ありがとうございます」
沙良はフフフッと手を口元にやりながら上品に笑った。こういう仕草も洗練されているなぁ、と感心させられる。惚れそうだ。
まだちょっと幼いけど、数年後には好みドンピシャになりそうな予感があった。
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