第19話 熊の茶会 その一

 ――美味しいお茶を知っていますか? それって子供の夢と同じ味ですよ 『聖女』


   +++


 朗らかな日差しだった。

 日曜の昼下がりに相応しい心地よさだ。

 陽気に誘われた蝶々がてふてふと目の前を舞っている。


 日差しはただただ優しく、包み込んでくれるようで――とても眠くなる。

 ああ――なんて良い天気なのだろう。きっとこれが小春日和というものだ。四月だし。いや、違うだろとセルフ突っ込み。

 ヒロユキは公園を散歩していた。

 噴水のある大きな公園。そこは市民の憩いの場所だった。事実、多くの人がここで楽しそうにたむろっている。

 本当に気持ちが良い。ヒロユキはまどろむ陽だまりの猫と同じ表情だった。

 周囲では子供達が歓声を上げながらサッカーボールで遊んでいたり、砂場でお城を作ったりしている。高校生くらいのカップルが手を繋いで笑いあっていたり、主婦たちが井戸端会議に精を出していたりもする。が、それらさえもどこか遠くの出来事のようで、心地よいBGMとしてヒロユキの耳には届いていた。

 とにかく平和だった。きっと時間の流れもここだけはゆっくりと流れているだろう。それくらい平和だった。

「ふぁーあ」

 思わずあくびが出た。本当に眠い。横になりたくなってきた。

 ヒロユキは目を擦りながら、どこか休める場所がないかとうろついて選定する。

 するとすぐにとても良い場所を見つけた。

 白い綺麗なベンチだった。白のペンキが輝いて見える。美しい白さだ。

 大きな木の下に備えられていて、木漏れ日が程よい感じに漏れている。完璧過ぎた。

 ただし、少しだけ問題があった。先客がいるのだ。

 先客は熊だった。とてもとても大きな熊だ。座っていてもヒロユキよりも目線が上で、口がヒロユキの顔くらいあった。

 ただし、その熊はどうやらぬいぐるみのようだった。手足は短く、デフォルメされた姿はとても愛らしい。左手にはステッキを携え、頭にはシルクハットを被っている。

 おお、とヒロユキは確信した。紳士がいる、と。間違いなく紳士だ。

 蝶ネクタイがないのが残念だったが、代わりに首から懐中時計を鎖で提げていた。

 右手にはソフトクリームを持っていた。

「…………」

「…………」

 見つめあった後に、ヒロユキは紳士的に訊ねる。

「隣、よろしいですか?」

「ええ。どうぞ」

 熊は大きな体を気持ちずらしてくれた。若い女性の可愛らしい声でちょっとドキドキした。眠気は消えていた。

 座るスペースはほとんどなかったが、ヒロユキは身体を縮めてベンチに腰掛けた。

 熊の毛がフサフサとしていて、日差しの良さも相まって毛布のように感じた。

 何だかとても得しているのではないだろうか。

 気持ち良い。

 また、少しだけ眠くなってきた。

 ただこの出会いを眠って潰すのはもったいない気がして、ヒロユキは話題を探す。

「えっと、良い天気ですよね」

「そうかね」

「洗濯物がよく乾きますよ、きっと」

「そうかね」

「シーツが風でひらひらするのが好きなんですよ」

「そうかね」

「奥様大喜びですよ」

「そうかね」

 その打てば響く反応にヒロユキは気分が良くなった。

「いやぁ、本当に今日は良い日ですよ!」

「そうかね」

「ぬいぐるみがソフトクリームを食べている光景なんて生まれて初めて見ました」

「……それは私のことかね」

「はいっ」

 ヒロユキは笑顔で大きく肯いた。

 熊はふむ、とうなった後、

「私がソフトクリームを食べることと君がソフトクリームを食べること。これのどこに違いがあるのかな?」

 考えてみた。ぬいぐるみにソフトクリームを食す権利があるか否かについて。

 ヒロユキは真剣に考えてみた。

 それはそれとして。

 そういえば、いつか前に食べたパフェは美味しかったなぁ。

 ん、いやいや、近くのケーキショップのシュークリームも美味しかったなぁ。

 あれ、ハーゲンダッツのアイスクリームも食べたくなってきた。

 そういえば、春限定のいちごタルトが有名な店もあったなぁ。

「…………」

「君は何ゆえ涎を垂らしているのかな」

「はっ」

「結論は出たかね?」

「すみませんでしたぁ! 俺が狭量でした!」

 ヒロユキは反省して素直に頭を下げた。ああ、何と言うことだろう、とヒロユキは猛省する。甘いものを愛する心に種族の壁などあるものだろうか? いや、無い! 

 熊は赤子を丸呑みにでもするように大口を開け、ソフトクリームの残りを放り込んだ。

 余韻にでも浸っているのだろう。少し間を開けて、熊は訊ねてきた。

「若い君よ。名前は何と言うのかね」

「はい! ヒロユキと申します!」

「年は幾つかね」

「はい! 十七であります!」

「ふむ、素直で感心な若者だね」

「ありがとうございます!」

 ヒロユキは褒められて、何だか小躍りしたくなるくらい嬉しくなった。

「ところで、これから何か用事はあるかね」

「いえ、特に予定はありません!」

「なら、少し時間を私達のために提供する気はないかな」

「? どういう意味でありますか?」

「これからティーパーティーを開くつもりなのだが、是非感心な若者の君を招待したい。無理にとは言わないがね」

「ティーパーティーですか」

 熊の茶会というわけか、とヒロユキは想像する。無理だった。

「えっと、ぬいぐるみが茶会を開くんですか?」

「私がティーパーティーを開くことと君がティーパーティーを開くこと。これのどこに違いがあるのかな?」

「はっ。すみませんでしたぁ! 俺が狭量でした!」

「うむ、素直で感心な若者だね」

「ありがとうございます!」

「では行こうか」

「はい!」

 よく分からないが、そういうことに決まったようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る