第12話 不許複製 その二
昼の放送の時間である。
クラスメイトの華と共に職員室隣の放送室へと向かう。
その隣によく理解できない事実として「ねーねー。今日は何を流すのぉ」と小学生みたいな少女の姿もあった。
何故、貴様がいる?
額を小突きながら、「お前さぁ。何で付いてきてんだよ?」と不満を隠すことなく訊く。
「えー、別に良いじゃん。アタシだって放送部なんだし」
ふと違和感がよぎったが、次の瞬間には完全に忘れていた。
「今日の当番はお前じゃねぇよ」
「当番制って誰が決めたんだろうね? ジャーナリストとしてはこう、言論の弾圧に立ち向かったり、新しい風を取り込んだりするべきだと思わない?」
「思わない。ちなみに当番制は確かお前も賛成していた気がするがな」
「もー。そんな昔のことは忘れちゃってるよぉ!」
「はっはっは。控えめに評しても大莫迦野郎だな」
「野郎じゃないもん。女郎だもん! ぶーぶー」
「それは悪かったな。とても異性とは認識出来そうもなくてのぉ」
「ムカッ! アタシの愛らしさを理解できないなんて男性として欠陥品ね! この不能! 華ちゃんもそう思うよね!」
「えっと、私なんて言えば良いのかな」
「コラコラ。華が困っているぞ。お前のせいで」
「アタシのせいって言うのっ? ひっどーい! 信じられなぁい!」
「じゃあ、誰のせいだって言うんだよ」
「え、そんなもん、あんたに決まっているじゃない!」
「そうか。それはすみませんでしたねぇ」
「絶対に反省してないのに、謝るな!」
「誤ったんだよ」
「どこを間違えているのよ!」
「何で分かるんだよ!」
ふと、どこかで似たようなやり取りをしたような気がしていた。
「……あれ?」
それはどこでのことだっただろう?
どこか――そうだ、沙漠でのことではなかったか。しかし、沙漠なんて単語がどこから出てきた。国外にも出たこと無いのに、何で沙漠をこうも鮮明にイメージできるのか?
そう、沙漠……夢だ。
今朝の夢の話だ。
どんな夢だったか、曖昧すぎて思い出せないが、沙漠が関係していたはずなのだ。
何かが引っかかる。そもそも根本的なところで気になる事実が浮かび上がってきた。
放送部に、こんな小学生みたいな女の子がいたっけ?
部長なのに、何を血迷ったことを考えているのだろう。
「ねぇねぇ、どうしたのよぉ。早く行こ」
「あ、ああ。何でもない」
頭を振る。
どうやら白昼夢でも見ていたようだ。
次の瞬間には自分が何を考えていたかをすっかり忘れていた。
+++
『こんにちは、七月二日、お昼の放送を始めます』
という、華の綺麗なソプラノヴォイスで放送の幕は上がった。
『今日は七十二節気で言う半夏生と呼ばれる日です。梅雨明けの示す指標の一つとして知られています。これからは夏も盛りを向かえ、より一層暑い日々が続くことになるでしょう。そこで、今日はそんな暑さに負けないこの曲をお送りします。1998年にはこの人の曲がワールドカップのテーマソングにもなりました。有名アーティスト。その代表作の一つ。日本でもカバー曲が有名です。Ricky Martinで『Livin' La Vida Loca』!』
CDを流し始めると、校内のスピーカーから陽気なメロディーが流れ始める。
マイクのスイッチを切り、ふぅという息を吐く華に賞賛の拍手を送る。
「お疲れさん。じょーできじょーでき」
「そう? ありがとう」
華はにっこりと微笑む。
それだけで陰気な部屋が明るくなったような気がした。
今いる放送室と隣の放送準備室が放送部の居城だ。
機材その他、訳の分からないものが隅のほうに固められて保管という名の実質放置状態。
この摩訶不思議な空間作成は、歴代の部員が掃除をサボり続けたせいだったりする。一年や二年の悪行ではない。
現部長の台詞じゃないけどな。
大体、『人喰い鏡』と『死んだ放送部員の深夜DJ』という七分の二を占めているある意味名誉な噂達は、この怪しげな物品のせいだったりもする。
つか、あの鏡にぶら下がっているおどろおどろしい人形は誰がどこで手に入れたのだろう。何のために。いや、それよりも、何で絞首刑みたいな吊る仕方なのだろう。
本当に変な部だよね。
「っていうか、あんたはもうちょっと働きなさいよ」
小さいのにニヤニヤと笑いながら突っ込まれた。
「おい、今日の用意は俺だったんだからな」
「だからって、華ちゃんが頑張ってアナウンスしているときに、テトリスで遊んでいるって人としてどうかしていると思わない?」
「む、それはそれ。あれだ。えっと、まぁ」
幾らでも言い返しようはあるのだが、華を盾に取られると弱い。
「なによぉ。はっきり言いなさいよぉ」
ニヤニヤと笑っている。どうやら愉しんでいるようだ。このメロウと思う。
「理由はあれだ、あれ」
「なによぉ。はっきり言いなさいって言っているでしょ? ねぇ、華ちゃん」
「あれだよ、あれ。あれあれ」
「アレじゃ分かんないよぉ。ほらほら、ちゃんと言いなさいよ」
「スミマセン、チョットメンドクサカッタンデス」
「あれぇ、そんなこと言っちゃうんだぁ。ひっどーい。そう思わない? 華ちゃん」
「つか、いちいち何だって華に同意を求めるんだこの女郎。お前は一人では何も決められない寂しがり屋サンか」
「そんなことないもん! 別にあんたなんかいなくたって、全然寂しくないよーだ!」
擬音を付けるなら、『プンプン』というところか。お前は小学生か。外見なら高校生よりはよっぽど近いのだが。
そこでも違和感が生まれるが、やっぱりすぐに消える。
「寂しくない、か」
ふと思うところがあり、少しだけ陰のある表情を浮かべる。
「俺は寂しいな。お前がいないと……」
「ええっ?」
「寂しいんだよ。お前がいない世界なんてワサビのない寿司のように味気ない」
「そ、その喩えはちょっといただけないかな」
「まぁ、寂しいだけだけど。俺、別にウサギじゃねぇし」
「そう落とすか!」
「それによく考えるとワサビなんて無くても良いや。はっはっは」
「更にそう来たか!」
「あ、そういえば、ウサギって寂しくて死ぬって嘘らしいぞ? それどころか集団で飼ったほうがストレスで死ぬ可能性があがるんだってさ」
「うわ! 最悪! この衒学主義者!」
「でも、寿司は嫌いじゃないでしょうし、寂しいのも嘘じゃないって考えたらそんなに悪くも言ってないわよ。寧ろ、かなりのプッシング?」
いきなりの華の割り込みにちょっと焦る。
「ぬ、華よ。そんなフォローは止めなさい」
そもそも、根本的に間違っているし。
「ウサギまで言ったのはちょっと余計だったかな?」
「え! ということはラブラブ? キャーッ!」
「そういう勘違いも止めなさい。あー、もう。俺の負けですよ。チクショー」
「惚れたら負けってやつかな?」
「華……お前は絡みすぎだ」
「私も寂しいんだもん」
華の笑顔は妙に意味深で、こちらとしてはドギマギするしかない。
当方の憮然とした表情がおかしいのか、女子二人はハモらせて笑った。放送室に陽気な空気が舞い込む。
この二人は本当に姉妹のように気が合っている。仲良しだ。
全く、と思う。こんな日常、楽しすぎるじゃないか。
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