第11話 不許複製 その一

 ――後悔って奴かな。もっと、こう、青臭く生きれば良かった。ぐちゃぐちゃになれば良かったんだ 『白眼視』


   +++


 夢を見た。

 それは夢らしい夢だった。


 普通の高校生でしかない自分が圧倒的なまでに何もない砂沙漠を彷徨する夢で、最後には渇死する夢。

 それともう一つ、明治時代の日本のような場所で奇妙な人たちと出会い、処刑の裁判に立ち会って最後には焼死する夢。


 一日に二つも夢を憶えているということは今まで一度もなかった。

 それは何て夢らしい夢だったのか、と起きてからベッドの上で反芻はんすうしていた。

 整合性はどこにもなく、もう一度見ることもないだろう。夢に再現性はあり得ないのだから。

 それにしても二度も死ぬなんてなんて不吉なんだろうと、思わず笑ってしまった。


 夢判断は結構だ、と同じ事を夢の中でも考えたなぁとそんなことを思い出した。でも、フロイトは誰だって勘弁だろう?

 ふと布団の上で首を傾げる。

 その夢には何か、共通項があったはずだった。

 それはバカバカしい夢で、きっと三日前の夕飯と同じように、すぐに記憶へと埋没して言ってしまうようなものなのだ。

 なのに、何かがとても引っかかる。


 共通項……。


 しかし、もう既に断片的にしか思い出せなかった。その断片的な記憶も覚醒と共にゆっくりと消えていく。

 手の平から砂がこぼれるようにという比喩は実に素晴らしい。

 猫を荼毘に付したっけ、とかそういうことを考える。

 ぼうっと。

 ぼうっと……。

 …………。


「って、やっべぇ!」


 我に返って時計の時間を確認すると、もうかなりギリギリの時間だと気づく。

 飛び起きた時には夢の記憶は完璧に消え去っていた。

 急がないと、という意識に占められる。


 ――さぁ、今日も学校だ!


   +++


 歩いても問題ない地点まで来た時、前を歩く石島華の姿を発見した。

 正直、少しだけ声を掛けるかどうか迷った。

 声を掛けよう、と手を上げかけては止めるという行動を二、三度繰り返す。


 いや、普段なら何の問題もないのだが――あれ? 何で躊躇したのか自分でもよく分からない。もっと軽口を叩く間柄だよな? が、何となく違和感があった。

 そもそも、大したことではないのだ。

 クラスメイトに声を掛ける。気持ちの良い朝の挨拶を交わす。これは不自然な行為であろうか? いや、ない。

 決心して小走りに近づいた。

 やあ、と爽やかに笑いかけようとしたその時だった。

 後ろから素晴らしい勢いで「おっはよぉおおおおおおおおおおおっ!」という小学校低学年くらいにしか見えないクラスメイトにタックルを食らった。

 そのタックル自体は特に何ともなかったのだが。

 華に声を掛ける前に振り返られて、自分から声を掛けるタイミングを失ってしまったというか。


「おはよう。二人とも朝から仲良いわね」というその無邪気な笑顔が痛いというか。

「うん! アタシ達、愛し合ってるからね!」というとても無邪気な発言が痛いというか。


 タックルを決めたクラスメイトの首根っこを掴み、子猫のように吊るし上げながら言う。


「なぁ、お嬢ちゃん」

「もぉ、アタシたちの仲じゃない。そんな呼び方やめてよぉ、ダーリン!」


 語尾にはハートマークも付いていたかもしれない。

 吊るし上げられながら、両手で頬を押さえてカワイ子ぶるこの小さいのに拍手を送りたい。しっかし、本当に軽いな、この娘。


「のぉ、はにー。わしは残念ながらのぉ、もうちっとグラマーなオナゴの方が好みでのぅ」

「アタシって将来、レースクイーンにならないかって誘いが」

「来てないよね。絶対に」

「でも、グラビアアイドルにならないかって誘いが」

「来ているかもしれないけど、絶対にそれは違った需要のお誘いだよね」

「実はアタシってFカップなの!」

「そのFはFaultのFか?」

「失礼ね! Failureよ!」

「だったら、Lカップでも可能だな。先に言ってやるが、LieのLな」

「ひっどーい! こういう幼児体型が好きな人だって世の中に入るのよぉ!」


 小さいのはブンブンとその短い腕を振って抗議してきた。さすがに暴れられたら下ろすしかない。しっかし、本当に子猫みたいなやつだ。


「その真理は正しいかもしれんが、公道では叫ばんように。というか、幼児体型の自覚はあったのか。あと、控えめにいって、お前は痴女かと言いたい。病院へ連れて行くぞ」

「精神病院って言ったら人権侵害で訴えてやるんだから」

「いや、美容整形外科。豊胸手術を無理やり受けさせる」

「最悪よおおおおおおおおおおおっ! セクハラで訴えてやるうううぅぅうううっ!」


 泣き真似をして走り去ろうとする少女の首根っこを掴む。


「すまんすまん。よく考えたら、おはようと言ってなかったな。おはよう。さぁ、どこへでも行きなさい。森へお帰りなさい」

「もぅ! 酷いんだから!」


 とか口では怒った振りをしながら、少女は顔一杯に笑顔を浮かべて、「そこが良いんだけどね」と、そんなことを大声で言った。

 そのやり取りを見ていた華が、苦笑しながら感想を述べる。


「えっと、夫婦漫才?」

「こんなちんちくりんと婚姻関係に陥る可能性は是が非でも否定させてもらいたい」

「回りくどいですが、『もう結婚しています。アタシたち』という言葉を古代スワヒリ語ではそう発音するかもしれませんよね」

「何が言いたいか分からんが、適当なことを言うな」


 いや、本当に。


「別に可能性としては0じゃないわよね。それに華ちゃんも楽しそうだから良いじゃない。夫婦漫才でも何でも」

「まぁ、そうかもしれんが」

「わ、肯定されちゃった! ごめんなさい、華ちゃん。アタシ達ちょっと役所に行って婚姻届け貰ってくるわ! 先生に言っといて。あと友人代表の言葉もお願い!」

「落ち着けぇい! つか、どんだけ一足飛びですか! お前は義経か!」


 頬を高潮させて小動物のようにちょろちょろ動き回る少女の襟首を掴まえた。


「さぁ、遅刻するから急ごうぜ」


 未だに頬を押さえてキャーキャー叫んでいるが、それにはあまり視線を送らないようにして、華にも告げる。


「えっと、お前にも言ってなかったよな。おはようさん」


 華はにっこりと笑った。

 この娘の笑顔は控えめに表現しても月のようだと思う。細面の日本的な美人さん。華のようだと表現するに派手さは欠けるが――心が落ち着く。


 あれ?

 こんなに大人びた笑みを浮かべる奴だったっけ?


「おはよう。今日もよろしくね」


 今日もよろしくで思い出した。

 今日は華との放送日だったな。

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