はじめてのお味噌汁
〇
エピソードタイトルは味噌
これは私が料理に興味を持ち始めた頃の話。
私は最初の頃、炒め物ばかり作っていた。何しろ材料を切り、炒めて味をつけるだけ、実に手軽で簡単。あまり料理の経験がない人間にとって、この簡単さは魅力的だった。失敗も少ないのがポイント。
だが、毎日炒め物ばかりだとさすがに飽きてくる。そんなときには煮物や汁物が食べたくなるのだが、当時の私にとってそれは高嶺の花だった。
でも食べたい、そう思いつつも毎日毎日毎日炒め物ばかり。さすがに限界を感じたある日、私は一念発起して、いちばん簡単そうな味噌汁作りに挑戦することにした。早速スーパーで材料を買いそろえ、決意と覚悟を持って帰宅。もう引き返せない。いや引き返せるけど気持の覚悟的なもので退路をふさぎ、モチベーションを必要以上に高めたのだ。
そして私は台所の前に立った。あらかじめ用意しておいたメモに従い、なべに水を入れ、材料を煮て、味噌を溶いて……ここでふと気付く。家には味噌をとくための取っ手のついた小さなざる(正式名称は不明)がない。調理は中断を余儀なくされてしまった。沸騰するなべの前で途方にくれる私。台所を歩き回る私。部屋の片付けをはじめる私。お、昔のジャンプ見っけ、どれどれ。
……現実から逃避している場合ではない。
そうだ、ここで逃げるわけにはいかない。ここで逃げたら豆腐とワカメと油あげの水炊きになってしまう。
頭だ、頭を使うんだ……よし、まずは何か代わりになるものを探すんだ。
台所を探し回る私、そのとき頭にあるものがひらめいた。
”急須の茶こしだ”
そういえば、あれは取っ手のついた小さなざる(正式名称は不明)から取っ手を取ったような感じだ、これで何とかなる。
急須から茶こしだけ取り出した私は、さっそく味噌を入れてとき始めた。味噌をかき混ぜていると、茶こしを持っている手に熱い味噌汁がかかった。
「あっちい!」
思わず手を離す私、沈む茶こしと味噌。
「……そうか、こうならないように本物には取っ手がついているのか」
一つ知識を得て賢くなった私。
それはともかく。問題は沈んだものをどうするか……私は箸で引っ張りあげることにした。味噌汁の中を箸で探り、見つけた茶こしをつかんで持ち上げる。
……意外と重い。茶こしの中には、溶けていない味噌がまだたくさん残っていた。ようやく味噌汁の上に取り出したところで、うっかり箸を滑らせてしまった。そのまま茶こしは味噌汁に落下、水ならぬ味噌しぶきを上げる。
「うわっち!」
少し味噌しぶきを浴びる私。やっぱり沈む茶こしと味噌。
「……箸は重いものを持つのに向いていないな」
また一つ知識を得て賢くなった私。
それもともかく、先ほどの失敗を参考に、箸単独では無くスプーンと連携して茶こしの取り出しに成功。これまでの反省をもとに慎重に作業を進めた。
そして味噌汁は完成した。感無量の私。さっそく味噌汁をお椀についでみる。そのときおたまについていた熱いワカメが、お椀を持っていた手の親指にくっついた。
「ワカメが………あっっっっちい!!」
あわててお椀を持つ手を入れ替えて、渾身の力で手を振り回す私。ワカメはどこかに飛んでいった。
「……ワカメの熱さはあとから来るのか」
心の底からどうでもいい知識を得て、また一つ賢くなった私。
とにかく、味噌汁は完成した。とりあえず味を見ることにする。
「……?」
何か妙な味だ。私の知っている味噌汁の味と少し違う。少し悩んだあと、私は母に電話をかけた。
「もしもし?味噌汁作ってみたんだけど、何か妙な味がするんだけど。やっぱり豆腐とワカメだけだと味が薄くなるのかな。じゃがいもとか入れた方がよかった?」
「ふーん、だし入れた?」
謎は全て解けた。そういえば、だしのことをすっかり忘れていた。肝心のものを忘れてしまうとは、なんと言う不覚。
その後、スーパーで粉末だしを買い、鍋の上からふりかけて味噌汁は真の完成をみた。味も意外とまともで、私はほっと胸をなでおろした。
こうして私の未知への挑戦は終わり、料理のレパートリーに新たな一品が加わった。この経験から私は貴重な教訓を得た。
“味噌汁は熱いから気をつけろ”
そんな感じ。
私は別に間違ってないはずだ。
多分。
はじめてのお味噌汁 〇 @marucyst
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