林檎と瞬間移動
そうして瞬間移動してきた人物は男性で、電話先からのイメージ通り腰が低そうな印象だった。しかし年齢はこの中で一番高いだろう。そして何か可愛らしいデザインのマイバックに林檎を三個入れている。
「初めまして志村さん。
「い、いえ…こちらこそ不肖志村総一、宜しくお願いします」
志村は相手の会話の空気感に流されがちなタイプである。
「よし、自己紹介も済んだことだし、早速使ってくれ」
蘭野がやや急かして言う。
「分かってますよ、アレですよね?」
「嗚呼。てか、良い加減コヤちゃんの『抜錨』や俺の『シャルル』みたいに周防サンも六感に名前つけたらどうよ?、一回一回アレって言うのは何か味気ないというか」
蘭野は周防に苦笑いしながら言った。どうやら周防の『六感』には名前が無いらしい。皆名付けているのでそう言う慣習があると思っていた志村は少々驚く。
「いえ、私の場合は『ワープ』やら『瞬間移動』やらと呼称して頂ければ結構ですので、これと言って名前は不要です」
周防はサラッと言い、蘭野を受け流す。
蘭野は冗談まじりに。
「浪漫を分かってくれ無い…」
と嘆いていた。
「…強いて性質から名付けるなら『転生林檎』とかになると思います」
申し訳なくなったのか、周防が即席で言い直す。蘭野はそれを聴くと喜んで。
「おお、良いじゃん!!浪漫あるー!!」
「(この人の判断基準は浪漫が有るか無いかだけなのだろうか…)」
それはそうと、と話題を切って周防が蘭野に林檎を手渡す。志村の方にも手渡しできたので、流れで受け取る。
「さて、私の六感は、私が触れた林檎を丸齧りした者を半径十キロ以内の自由な場所に移動させられます…と言うわけで丸齧りして下さい」
「あっ、はい」
林檎の丸齧りって、アニメの描写等では偶に見かけるが、実際にやったら歯が傷んだりしたいものだろうか。と一縷の不安を描きながら丸齧りしてみる。
「シャリッ」という音を立てながら林檎を食い切る。意外と行けた。
その瞬間、画面だけ変わったかの様に周りの景色が一瞬にして変わる。ついでに左手に持っていたはずの林檎が消滅していた。
「噛むことがワープのスイッチで、残った分の林檎はワープ用のエネルギーとして消費されて消えるんです。ごめんなさいね」
周防がそう解説するが。
「(林檎三個のカロリーが動力源の瞬間移動が何でちゃんと動くんだ…)」
と志村は内心ツッコミを入れたかった。転送先は見た目で大体分かる。若干市役所感のある見た目に、今日の事故の怪我人数やら諸々のポスターが貼られた空間。
「警察署ですか」
志村が言う。蘭野が返して言うには
「イェッス。ここの奥の方が俺の仲間とか、いるから防御陣地として安心できるし。軽い手当なら問題なくできるしね。それにベッドで寝ていてもサブスクで『デッドクール』とか『アベンジヒーローズ』とか見れるし…」
「警察署のテレビを自宅みたいな使い方をしている…」
「治療している間暇でね…」
そんな事を言いつつ、蘭野はノソノソと署の奥に入り込んで行った。恐らく治療がてらにヒーロー映画を観るつもりだろう。周防も無表情で一緒に入っていく、一緒に見たいのだろうか。
「あれ?俺はどうすれば良いの?」
待てとも帰って良いとも言われていないので、志村はどうすれば良いのか分からなくなった。
「一緒に映画観るか…」
志村は仕方がないので映画館に入る感覚で、職員さんに話を通してもらいつつ、署の内側に入っていくのだった。
その頃
人影も疎なビルの影に腰掛ける様に、太刀浜が休んでいた。負傷は深いが、この様子ならなんとか自然治癒だけで完治に持っていける。彼はそう思った。
「やれやれ、出鼻を三枚に下ろされて挫かれたな」
彼は苦笑いをしながら立ち上がった。
「が、まあ良い。俺の
そう言い、もう一度能力を発動し、景気付けに道路を叩き割ろうとする。が、躊躇して引っ込める。
「流石に今俺の場所がバレたらマジィか…まあをゆっくりボチボチ、破壊活動と調査でもするとしますかね」
彼は、少しばかりの顛末を電話で伝えるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます