第二章 『オーバーライド』

ファインド・ザ・ライト

 一時間後


 藤澤は目を覚ました。観ると志村がパソコンを操作していた。


 「俺もさっき起きたところだ。悪いけど藤澤のパソコンを拝借して、『体調不良なので配信は延期です』という内容のツイートをさせてもらった。まあ、あながち嘘では無いし、良いよな…?」


 藤澤は小さく頷いた。そして少しばかり寂しかった。

 三年間費やしたことが、水泡に帰してしまった。酷い悪事を企んではいたが、全てを投げ打って作った虚飾だった。虚な愛着があった。


 「これで、これで、全部終わりですね…視聴者の皆様に謝って、こんなチャンネルお終いにしないと」


 「いや、それなんだけどな…藤澤、実況好きだよね?」


 志村から来た意外な質問に、藤澤は一瞬戸惑う、だが迷わず答える。


 「ええ、好きです…ゲームも、実況も、そこにあった暖かみも…正直、好きでした…でも、こんな本当の私を見ても、なお好きだと言ってくれる方なんて」


 「それが居るんだよな…」


 「え?」


 「ちょっとしたら来るから待ってて」


 先程志村が打ち込んだ生配信休止のメール、あれは戦闘が無事終了した時の合図だった。

 家の正面にいた二人がSNSを確認して、中に入る。特に片方は凄まじい速度で階段を駆け上がった。


 「…良かった…無事…と言うには無理があるけど、志村さん、そして藤澤さん…」


 藤澤の前に現れたのは、以前戦ったことがある人物。綺麗なやや白色がかった茶色の髪と瞳をした海軍帽の人だった。若干気怠げな雰囲気をしつつも、暖かみがある。


 「紹介します、七星荒夜さんです」


 そう紹介されて藤澤は思い出した。


 「七星荒夜…ナナホシコウヤ…コウヤナナホシ…コヤナナさん!?」


 「はい!!いつも観てます!!」


 毎度の事だが、藤澤関連の話をすると七星が唯の大ファンと化している。

 そんなに面白い実況なのだろうか、今度観てみよう。志村はそう思った。


 「そんな…コヤナナさん中身警察の方だったんですか…」


 「…うん、まあ、ぼちぼち頑張らせてもらっています」


 「そうですか、ごめんなさい…ごめんなさい…。こんな私、こんな堕ちた私、見たく無いですよね?」


 藤澤は余計に嘆き始めた。七星は、目が合うことも辞さずに、そんな藤澤に向き合い、その隣に座った。


 「…いえいえ…、僕は明るいだけのカマクラ、いや、藤澤さんを観たいからファンになったんじゃ無いですよ。寧ろ、辛い時は辛いと吐き出して欲しいし、何があっても僕は力になりますから…僕は、希望を取り戻した藤澤さんがみたいです…」


 「「(ファンの鑑すぎる)」」


 志村は同じく三階に駆け上がった八音と共に思った。


 「ありがとうございます…コヤナナ…いえ、荒夜さん…こんな心が壊れ切っている私なんかに、そんな事を言っていただいて」


 「…藤澤さんの心は、壊れきってなんかいませんよ」


 「…え?」


 「…心が壊れ切った人は、『夕立の降る森』であんなに泣けません。感情を殺した人が、『IBU』のハッピーエンドをあそこまで探し回る訳がない…あんなに面白い実況が出来るわけがないです…!!」


 「荒夜さん…」


 藤澤はそれ以上何も言わなかった。唯々静かに、雪が溶け始めた様に静かに泣いていた。


 つくづく、彼女が藤澤の大ファンで良かった。志村はそう思った。

 しかし、マイナスに落ち切ろうとした物語がゼロに戻っただけなのだ。

 

 話は進んでいく


 数日後


 一週間ぶり程の自宅から、志村は七星に電話していた。


 「先日はお疲れです…。あの後逆街さんと藤澤はどうでしょう」


 「…此方こそ、本当にお疲れ様です、志村さん…えっと、八音さんは高校に戻りました。『今度こそ藤澤さんの居場所を作りたい』と

藤澤さんの方は…、偶に許可貰って家寄らせて貰っているんだけど…、部屋に籠り気味ですね…心の開き方があんまり分からないんだと思います」


 七星がそう答える。


 「ああ、やっぱり未だそんな感じですか…やっぱりあの六感が人付き合いに不利すぎる…」


 志村は自分の足元に姿を重ねるように言った。電話の向こう、七星も俯きながら答える。


 「…僕も『モザイクロール』について何か解決策がないか本人に色々聴いてみたんです。まず『サングラスみたいなモノで目が合ってるかわからないようにする』って言うのを考えたのですが、『私が目を合わせていると認識するかどうか』の方が発動条件らしくて…封じるには目を合わせないかずっと目を瞑りながら話すくらいしかないみたいです」


 「成る程…」

 

 志村は暫く考えこんだ。そして、行き着くべき結論に行き着いた。


 「『六感』って、消せないんですか?」


 この質問に、七星は電話越しに頭を上げ、声色を更に真剣にして返す。

 

 「…それは僕も考えました。結論から言うと…『消せます』」


 「…!!、それなら、消し方を!!」


 志村は珍しく捲し立てる、消せるのだったら早くどうにかすればいい。自分の『不幸』も、藤澤の『不幸』も


 「…焦らずに最後まで聴いてください。『消せる』とは言いましたが、これは『手術をすれば』と言う話です…

 自力で味覚を消したり聴覚を消したりするのが無理なように、自力では無理です。

 六感研究は世界中で行われていますが、消せる段階まで技術が進んでいると言われている場所は一箇所しかありません」


 「何処ですか?」


 「『欧州の何処か』です」


 「そんな曖昧な!!」


 言った直後に少し志村は、自分が焦っていることに気がついた。その苛立ちをぶつけてしまっている事に気付き、深く内省した。七星はそんな心情を察してくれたのか、普段と変わらない調子で落ち着いて答えてくれた。


 「『六感を消せる』となると、公にされてしまっては軍事転用が不可避なんです…故にこれを達成している国はコレが悪用されないように国家機密にしています…だから僕が今分かっているのはこの辺まで…すいません」


 「いえ、こちらこそ、ちょっと焦りすぎてました」


 悲観的な声色が出ていたのだろう、七星はそんな志村に、少しばかり口調を明るくして続きを語った。


 「ただ、この話をしたら僕の先輩の情報通がユーロポールやらEUやらに取り合って調べてくれるらしいです。火のないところに噂は立ちませんし、理由も理由ですから調べれば応えてくれますよ」


 「良し、それじゃあ待っていればその内解決する…」


 「…そうは行かないんですよ」

 

 安堵しかける志村に対し、今度は七星が口調を下げ直して続ける。


 「と言うと、何があるんですか?」


 「…『目が合うと不幸になる』と言う噂がちょっと広がりすぎました。普通の人なら面白い噂くらいで済みますが、六感について知っている人なら当然その線で疑って来ます。それを悪用したい人間からしたら…尚更」

 

 「藤澤が狙われている…と」


 「はい…噂の場所的にその六感所有者が東京在住なのまでは分かってしまうんです…まあ、藤澤さんとまではすぐ分からないでしょうが」


 「それじゃあ、今すぐ焦る必要は」


 「志村さん…自分の六感思い出して下さい」


 「アッ…」


 志村の『ルマ』は不幸や窮地に陥っている人間を引き寄せることが出来る。しかし、不幸や窮地の基準がかなり緩いので、事件に巻き込まれがちなのだ。


 「しかも面倒な事に、強力な六感で知られる奴が、東京に侵入しているっぽいです」


 「ナナホシサン…タスケテ…」


 「すいません…僕明日からちょっと出張で沖縄行くんです」


 「め、めんそーれ…じゃ無いです俺どうすればいいんですか!?」

 

 「…大丈夫、僕の先輩で頼れる人がいるから、頼んでおきました。会ってお世話になっておいてください…無事だったらサーターアンダギーお土産にあげますから…頑張って…」


 「…はい」


 続く

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