モザイク・ローリング
「さて、どうしたものか」
志村は思考する。恐らく接近戦の殴り合えになれば彼に分がある。しかし、遠距離から目を合わせられたら一気に志村の不利に傾く。つまり近距離から藤澤を殴りまくって戦闘不能に追い込むという、紳士さの欠片もない戦法を取らないと負ける。多々問題がある気がするが手段を選んでいる場合では無い。
志村は視線を左手で塞ぎつつ、右腕で周囲を振り払う。流石に当たらず、寧ろ藤澤の拳が命中した。
「痛っ…!!…」
しかし殴られたということは殴られた方向が分かるということ。擦りだが、志村の拳も藤澤に届いた。身長差も流石にあるため、彼女はややのけぞる。
「『ルマ』!!」
その隙をつき、藤澤を無理やり引き寄せ、追撃を加える。
「中々に酷い事をされる方ですね!」
藤澤は痛みを堪える様に、半分叫ぶ様に言った。
「こうでもしないと止まらないだろうに…」
「正解ですよ。まあ、止まる気もないんですけどね…『モザイクロール』!!」
藤澤は体勢を立て直し、志村の左腕をはたき落とす。そして一瞬だがドス黒い両目が志村と目線を合わせた。
その瞬間、志村の上にあった照明が剥がれ落ち、志村の頭に命中した。
「ガハッ…!!…即効性が上がっている。向こうも最大出力というところか」
ここまで来ると不幸というか事象を操作している様に見える。とにかく回避するしか無い。
そして回避しながらルマで引き寄せて直接叩く。これしか無いのだから仕方ない。
暫くこの状況が続いた。志村の方も何度も不幸の直撃を喰らったが、藤澤の方も同じく打撃を喰らっている。しかし、彼女は何を思ったのか、一旦三階に急いで引き下がる。
「三階の方が恐らくスペースが狭い。『ルマ』は乱発したせいかクールタイムが必要だし、一旦待つしか無いか」
戦闘を無視して実況を強行する可能性は考えたが、流石に危険すぎるのでやらないだろう。そう思い待ち受けていると、答えが降りてくる。
金属が壁を擦る音がした。
「お待たせ。コイツで叩きのめしてやります」
「金属バットかよ!!!昔の不良ドラマか!!」
護身用なのか、それとも純粋に野球が好きなのかは知らないが、藤澤は黒色の金属バットをを三階から持ってきた。まさかそんな物理的な手段で来るとは思わなかった。
案の定容赦なく振り回してくる。意外と力強い風切音が志村の近くを横切る。バットを回避しつつ視線を避けるなんて土台無理だ。
「『モザイクロール』」
藤澤の六感は常時発動なのでその名を呼ぶことに大した意味はない。しかし、志村に不幸を意識させるには十分。目線を合わせてしまい、志村は何も無いところで体制を崩して転んだ。その鳩尾に藤澤がバットを叩き込む。静かに抉る音がする。
「アッ…ガッ…」
完全に入ってしまい、声が出ない。なんとか立ち上がって二撃目は回避する。
「(このままだと負ける。なんとか…藤澤がバットを自由に振り回さない場所を…)」
呼吸の仕方を思い出しつつ、何発か直撃も浴びつつ、ギリギリで思考を巡らす。
「…そう言えば一箇所だけあるじゃねえか!!」
志村は割れそうに痛む全身を動かし、三階に逃げ込む。
「逃さない!!」
藤澤も急いで後を追う。おおよそ能力者同士の闘いとは思えない様相を呈している。
そして三階、藤澤の私室に辿り着く。
「またバグ技みたいな方法で入ってしまったな…こういう部屋。まあ今回は緊急だし仕方ないだろう」
部屋には付けっぱなしのパソコンとゲーム画面、そして散らかっている大量のゲーム攻略本、ヘッドフォン、タコ足配線。棚の上にフィギュア。二次元愛に溢れている部屋だった。
「私室って、やっぱ性格出るんだな」
間も無く、藤澤も三階に辿り着く。彼女はこの状況に高笑いした。
「アハハハハ!!遂に血迷ったんですか!?、この近距離で打撃も視線も避けられるとでも?」
「人生血迷ってそうな奴に言われたくねえよ。確かに普通にやったら不利な場所だ。だが生憎『人質』がいるんでな」
「なっ…!!」
志村は付けっぱなしのパソコンの配線を外し、片手で持った。
「もしお前がバットを振って来たら、俺はこのパソコンで防ぐぞ」
「ひ…卑怯な!!それが無いと…私は!!」
…実は志村にそんな事をする気はない。藤澤を救う為に戦っているというのに、相手の私物を破壊してはどうしようもない。彼としては、藤澤が動揺しさえすればそれで良かったのだ。
すぐにパソコンを起き、先刻された様に金属バットをはたき落とす。
カランカラン…と、床にバットが落ちる音がする。
「チッ…!!」
「よし、このまま突っ切って!!」
「『モザイクロール』!!」
「なっ!?」
バットを叩き落としたまだは良いものの、このまま殴れば相討ち、しかし視線を塞げば回避される。
「(この場で視線を避けつつ、直接殴る方法…ある…一か八かやってみるか)」
志村は咄嗟に左手でフィギュアを掴み、ぶん投げる。余程思い入れがある物だったのだろう。藤澤の視線は其方に向いた。
「そ、それは…!!」
「隙有り!!」
志村の狙いは、この藤澤の視線が逸れる一瞬だった。原理的には「あ、UFO」と同じ種類の良くある貧相な
そして上手く行った。志村は余った右腕に全身全霊を込めて藤澤の腑を殴り飛ばした。
藤澤が半回転しながら部屋の壁に叩きつけられる。鈍い音がし、配線、機材…その他諸々が崩れ落ち、砕けた野望と共に彼女に降りかかる。
「ウグッ…アアゥ…、ま…負けましたか…私が」
藤澤は流石に満身創痍となっていた。倒れ込んだ場所から動けず、意識もやや朦朧としている。
「ああ、だからもうこんな事止めてくれ…頼むから」
志村も志村でその場にへたり込む。全身に降りかかった不幸と打撲で限界だった。
両者何の余力も残っていない。しかし、藤澤は最後の力を振り絞り、怒りと絶望に満ちた声で話した。
「止める?、止めるですって…?誰一人助けてくれなかった三年前から、復讐の為だけにこんな部屋に閉じこもっていた私が…!?無い…ない無い無い無い無い無い無い無い無い無い!!希望も、期待も、全てこの画面上に載せて、そして絶望を振り撒く為だけに生きて来たのに…!!散々楽しいフリをして
「だ、だからって!!復讐したところでお前の身辺に頼れる人も、支えてくれる人も現れないだろ!!」
「そんなの、…いる訳、無いじゃ無いですか!!貴方だって、この前は助けてくれたというのに、私の正体を知ったらすぐ排除しに来たでしょうに!!」
「違う!!お前の感情が分かるから…助けたくて…」
藤澤はその言葉に聴く耳を持とうとしなかった。嫌、持つたびに裏切られて来たから、人の信じ方というものが完全に分からなくなっていた。
「アハハハハ!!…素敵な冗談ですね。でももう結構です。…遅かれ早かれ消されるのですから…もう自分で決着を付けます」
藤澤は懐から鏡を取り出した。志村は直ぐにその意味を理解する…自分に目線を合わせるということは、自分を不幸に塗れさせるということ。それはつまり自決だった。
「やめろ!!」
志村も最後の力を絞り、藤澤の鏡を奪うと、投げつけて叩き割った。
「なんで…どうして…」
藤澤は覚めたように錯乱から戻り、そして驚いていた。
「…だから、さっきも言っただろ。本当に身勝手なことだけど…藤澤を、助けたくて…俺…『不幸を引き寄せる』って言う六感だから…少しは、その暗闇を知っているかな…って」
「…………。」
藤澤は無言だった。何処かで安心している自分がいた。破滅仕切る前に誰かに分かってほしい。心の奥底にあった本質が、ほんの少し露呈した。まだ認められなかったが、妥協してみることにした。
「いいですよ…話、…聴きますよ。ただ…お互い一回倒れた後の方がいいですね…」
「ああ…」
二人はほぼ同時に気絶したのだった。
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