画面上に幸不幸

 7/14日 16:30頃 千代田区某地


 作戦通り、三人が集う。やる事といえば一人の実況者の配信を止めること、しかしそこにかかっている意義は大きい。


 「若干早いですが、着きましたね」


 八音がその家に指を差す。航空写真で見たときも中々広い家だと思ったが、成る程正面から見ると屋敷と表現しても差し支えないサイズ感だ。門があり、通ると庭があり、その奥に白亜の三階立て洋風建築。だが暖かみも生活感もそこには無かった。


 「さてと…防犯用のブザーらしきものがあるけど、どうします?」


 七星が二人に確認をとる。先ずは志村を藤澤邸に入らせなければ始まらない。


 「私が『ディッセンバー』で鍵と警備関係は破壊します…ただそれはそれで物音とかで気付かれるかもですね」


 「そうだね…それなら任せて」


 七星はやにわに携帯電話を取り出し、SNSを開いた。


 「え〜っと、あったあった、配信の告知。これに返信してと…」



カマクラチャンネル(公式)@百万人突破ありがとうございます!「本日、午後7時頃に生配信を予定しております、そしてなんと今回は!100万人突破記念で顔出しも少し予定しております!是非ご覧ください!」


返信


コヤナナ(七星)「100万人突破、本当におめでとうございます!!この前実況されていた『18番出口』の続き楽しみです!!(๑>◡<๑)、カッコよくクリアしちゃって下さい!」


返信の返信


カマクラチャンネル(公式)@百万人突破ありがとうございます!「コヤナナさん!いつもスパチャありがとう御座います!はい!!『18番出口』頑張ってクリアしますー!!」


 「…これでテストプレイするから、騒音に気づかない…ハズ…」


 「七星さん、めっちゃ活躍しますね…」


 一応作戦のはずなのだが、七星は画面上の返信を目を輝かせながら観ていた。幼いころ自力で夏の大三角を夜に見つけられた時の、あの感じの目の輝き方だった。


 「ファンですから。…テストプレイに入るまで10分はかかるでしょうし、ちょっと待ってから侵入しましょう」


 そうして、多少待ってから『ディッセンバー』で門、防犯装置諸々を破壊する。


 そして最後に待ち受けるは正面玄関。心を閉ざした堅牢な黒い扉が三人の前に立ち塞がる。


 「カードキー式では無くて良かった…、『ディッセンバー』」


 八音は水を一カ所に固め、ドアノブに差し込む。暫くして、八音は手首を回す。するとドアがガチャンと開いた。


 「すげえな、どうやったんだ?」


 志村が尋ねると


 「ピッキングと同じ要領です。ドアノブ内部で水の形状をいじって、形を合鍵にした感じです」


 「成る程、器用な」


 そして志村がドアノブに手をかける、ここから先は様々なものが掛かった小さな戦場だ。別れた再会を期して、彼は振り返った。


 「どうか、藤澤さんをお願いします」


 「大丈夫…何かあったら僕がどうにかしますから」


 そう返してくれたのだった。

 

 ドアは開かれる、家の内側も外側と大差のない冷たき洋風建築。そして大量の鏡が置いておる。


 「差し詰め小さなベルサイユ城ってところだな。行った事ないが」


 恐らく、仮に侵入者が現れたときに、目線を合わせる為にこの様な見た目になっているのだろう。


 「よっぽど人が怖いんだな…」


 無理もないか。志村はそう思った。自分と藤澤の違いは、この鏡の間が内側にあったか外側にあったかくらいの違いしかないのだろう。


 だが考えていても始まらない。志村は二階に歩を進める。そこには広々とした応接間があり、正面に通路。そして左右に分かれた廊下は何方も三階に繋がっている様だ。此方には鏡がない。


 上からファンが高速回転する音と、微かなマウスのクリック音がする。藤澤は上にいるらしい。


 「多分私室より此処の方が広いよな。よし、やってみるか」

 

 この三日間で七星や八音に六感の扱い方は多少教えてもらった。今までは自分の体質や性質の様なものと考えていた為、制御しようと思ったことは無い。故にこれが自分の能力としてこの不幸や窮地を集める力を使う最初だ。


 「さて…感覚としては、『引き寄せたい』『救いたいと強く願う』…みたいに自分の力を最大限使いたい。みたいな方向性だな」


 六感というのはあくまで感覚なので、自分が強く使いたいと思う事が大事らしい。七星の場合は確実に相手を沈める。八音の場合は風景を水に浸したい。どうもそういう感覚の様だ。志村もそういう感覚で、救いたいと願ってみる。不思議と頭から手先に向けて、何かが集中している感覚が確かにあった。


 「成る程…これか、これなのか」


 志村は少しばかり感動する。今まで不幸体質だとばかり思っていたが、もしかしたら使えるものなのかも知れない。不幸の先に希望が見えた気がする。少しだけ、自分の世界に風穴を開けた気になれた。気分が良い。


 「…よし、やるか…『不幸体質』とか、『性質』とか呼ぶのは能力として考えるとアレだし。名付けるとしよう…」


 そして志村は唱えた。


 「『ルマ』!!」


 手を翳しながら言ってみる。もっとも唯の景気付けであり、それで効果が上がったりするかは分からない。


 7/14 17:04


 今日もゲーム実況を始めるための準備をする。昔から、実況を始めた最初から、社会に復讐する為に実況を始めた。楽しいフリをしてみた。だが、ちょっとだけ楽しかった。嫌、ちょっとだけだなんていうのは嘘だ。


 「…この『場』でだけは、誰も私を厄介払いなんてしなかった。一実況者として受け入れてくれた…」


 否、それは偽り。虚飾、虚構だ。

誰も自分と目を合わせなくて良いから好意的になれる。自分と本当に関わる人間は、誰一人としてマトモに関わろうとしない。当然だ、呪いを振り撒いている様なものなのだから。


 「復讐するしかないんですよ…復讐するしか」


 善意の類はとうに死んでいる、何故なら奴らに心は殺されたから。裏切られる前に彼らを裏切っているだけのことだ。


 藤澤はヘッドフォンとマイクを改めて調整しようとした。そんな時だった。

 

 「つっ…あっ…!!?」


 急速に身体が引き寄せられる感覚がある。強制力は無いのだが、絶対そちらに行くべきと推奨されている様な。 

 ヘッドフォンを外し、引き摺り下ろされる様に部屋を出て、転げ落ちる様に階段を下る。

 そしてその先には、見覚えのある姿があった。

 彼は言う。


 「四回目だな、藤澤藍沙」


 「志村…総一!!」


 「(あの量の不幸を注がれて無事だったというのか…しかもこのタイミングで侵入してきたという事は、計画を看破したという事だろう…もう一度潰すしか無い)」


 藤澤は直ぐに戦闘態勢に入る


 「…消す…どうせ何万人と同じ目に合わせるんですから『モザイクロール』!!」


 藤澤は叫ぶ。志村はこんなにヤケになっている彼女を初めて見た。

 

 「全く、もう少し平和的な再開をしたかったっての…悪いがお前を止めなければなんでな。直接ぶん殴らせてもらう…来い」


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