リフレインは嫌だから

 逆街八音は粛々と語り始めた、何故藤澤が暴走してしまったのか。そして何故協力したのかを。


 「藤澤さんは…そもそもあんな人では無かったんです。物静かで、いつも教室の隅で本を読むような。繊細で優しい子でした…ただ」

 

 「『周りが気味悪がって、誰も彼も仲良くしようとしなかった』…そんな感じだろう?」


 八音が続けるより早く、志村が答えを言った。


 「…はい」


 「俺の場合は『不幸が寄ってくる』んだけど、まあ似た様なもんだから、想像はつくよ」

  

 「はい、藤澤さんも、誰も周りに居なくて、クラスで虐げられる雰囲気が出来ていて…そして私も、傍観者だったんです。きっと、力尽くなら止められたと言うのに…藤澤さんは、擦り切れて行きました。そしてある日を境に、パタリと高校に来なくなって…その時思ったんです。『ああ、私の所為だ』と」


 「……」


 志村も七星も無言になっていた。藤澤への同情もさることながら、何か「君は悪くない」の様な言葉を八音にもかけるべきな気がした。しかし、それは寧ろ責任を感じるべきだと言う。今八音が抱えている正義感を下手に歪める事になってしまう。そう思い、沈黙が少し続き、そして話が再開する。


 「一月程たった頃、花壇に億劫だったので『ディッセンバー』で水をやっていた時、藤澤さんが声をかけてきました。

 『へえ…凄いですね、逆街さん、そんな力がありながら…私を助けてくれなかったんですか…』

 そう言った彼女の眼は…なにか新しい目標を見つけた様な、だけど目標その物の狂気性を分かっていて本心では絶望しているような…そんな眼でした。

 『…ごめん、なさい』

 私はそう言いました、すると彼女は笑いながら。

 『良いのよ、これから計画に手伝ってもらうから』

 そう、私から目線を切りながら言いました…私は着いて行きました。

 きっとその計画への協力は、色んなことに反するんだろうと分かっていても、そもそも私は彼女に反していたんですから…」


 「成る程ね…その計画は…どんな感じなの?」


 七星は以前から気になっていた事をここで問いただした。


 「…藤澤さんってインフルエンサーなんですよ。結構有名な…」


 「そう言えばこの前藤澤本人が言ってたな。なんかその話していた時は楽しそうだったよ」


 志村が思い出しながら答える。尤も、その時教えてもらったヘッドフォンは破損してしまったが。


 「そう言えば私にもゲーム実況の話だけは楽しそうにしてましたね…因みに『カマクラチャンネル』って言うのですがご存知です?」


「いんや、あんまりゲーム実況観てないから…」


 志村がそう言った隣で、七星が思いっきり飛びついていた。


 「『カマクラチャンネル』さん!?」


 「七星さん、ご存知なんですか?」


 八音が言うと、七星がいつに無いテンションで話し始める。


 「見てる見てる!!チャンネル登録者二桁だった頃から登録してるもん!!僕!いやあ、格ゲーからホラゲー、フリーゲームの名作、ノベルゲーまで幅開く取り扱っているチャンネルなんだけど〜!!毎回声が落ち着いてて聴き取りやすくて…あとツッコミのセンスが良いのだよこれがあ!!特に『IBU』の実況の第20話はキレッキレだったのよこれが…!生放送の時は毎回スパチャ送っててねえ…!!」


 刑事でもなんでもない、唯の大ファンの姿がそこにあった。


 「あの…七星さん、それ、藤澤さんにスパチャ送ってることになるので…全力で敵に塩を送ってません…?…結果論ですけど」


 「そう言えば、藤澤さんが『毎回コヤナナ(七星のアカウント名)さんって人がスパチャ送ってくれるからお金にあんまり困らない』って言ってましたね…」


 「あっ……。」


 七星は悲しすぎる事実に気が付き、目が点になった後ショックで横転しながら


 「…ゴメンナサイ…ホントウニ…ゴメンナサイ…ワザトジャナインデス、ワタシノ人生一ノ不覚デスゴメンナサイ…」

 

 と呟いていた。


 凄まじい項垂れ方をしている七星を尻目に、会話は続く。


 「それで、藤澤さんの目的としては…チャンネルで顔出し配信をする事で画面越しに目線が合った全員を不幸にするつもりみたいです…」


 「成る程、そうやって自分を否定する社会全体に復讐したいってことか…」

 

 志村にはその感覚が分かる。きっと、藤澤は、自分と同じで家族も先生もクラスメートも敵だったのだろう…


 「(俺も、アヤノと…坂本さんと…あとショックで横転しているそこのゲーム実況好きがいなかったら…きっと社会全体に復讐しようなんて、そう思っていたかもな…)」


 そう思いながら七星を眺めていると、彼女が突如として曇りなき瞳で立ち上がる


 「…絶対僕が…絶望から…救う!!」


 「「確固たる決意を抱いて復活したー!!!」」


 ファンって凄い。そう八音と志村は思ったのだった。


 「それで…本当に私の我儘にはなってしまうのですが。配信をする前に彼女を正気に戻して欲しいんです…今引き返せば未だ立ち止まれる筈なんです。一回彼女に協力してしまった身で言うのは忍びないのですが、お願いです…!」


 懇願とは、こういう眼差しなのだろう。そんな表情で八音は頼み込んだ。


 「僕は勿論構わないけど…志村さん、どうします?」


 「俺も…勿論、乗り掛かった船だしな。それに、自惚れかも知れないけど、多分この中で一番藤澤の心情に近いところを経験したのは俺だろうから…寄り添ってみたいんだ」


 三人で目を合わせ、頷きあう。一致団結を確かめ合った。そして作戦を練り始める。


 「まず家の位置だけど…八音さん、分かる?」


 七星が尋ねると、八音が答える。

 

 「えっと、千代田区の南の…ここです」


 「成る程ねえ…高校生一人暮らしとはお前ない家だな…」


 航空写真を使って場所を合わせた家はかなり広い三階建ての一軒家。しかも庭まであった。


 「藤澤さんのとこ、結構な名家ですから。逆にいうと『これだけ広いところで生活も保証させてやるから出てくるな』という感じがしてしまいますが」


 八音は悲しそうに言う。


 「…酷い親だな…で、配信日はいつですか?」


 「SNSで、次の配信は7/14日って言ってた。時間帯は普段は午後7時から夜11時辺りまでって感じです」


 「ありがとう、ファンの人、って。7/14か…三日後だな」


 さて、場所と時間が分かったは良いものの、問題はどう藤澤に勝つのかだ。

 

 「…本人に物理的に勝つのは難しい事じゃないですが、問題は目線を合わせたらまず負ける『モザイクロール』があるってところですね。私の『ディッセンバー』は予備動作が必要な分不利ですから…今回は家のドアをこじ開けるくらいにしか使えないかなと」


 「十分ですよ。『勝つ』だけなら僕が家の外から『抜錨』を使えば良いんだけど…救う為に戦っているわけでそもそも論外だし、後ファンとしてやりたくない」


 そう二人が考えあぐねている中、志村が言った。

 

 「俺が戦ってみる」


 八音は驚き


 「総一さんがですか?…良いですけど、どうやって勝つつもりで」

 

 そう言ったので、志村は思いついた案を述べてみる。


 「昨日、藤澤が『注げるだけ最大の不幸を積んだ』…みたいな事を言った時思いついたんだ、『六感の出力を高めることって出来るんじゃないか』と、俺の場合それをすると」


 「『不幸な人間を引き寄せる力が上がる』という事ですね」


 七星が答えた。


 「そう言うことです…上手くいけば藤澤の方から引き寄せられてくれる。

 目が合った分は申し訳ないですが前みたいに七星さんに凌いで貰えばなんとか。まあ、今までやった事ないので出来るか分かりませんが」


 「…最善策としてやってみる価値はあると思います」


 八音が言う。これでも目線が合うことを完全に回避出来るわけではないが、最も被害が出ない戦い方だ。


 「それじゃあ、志村さん戦闘と配信の停止…八音さんドア開け、僕は後方で待機で、志村さんが危険だった場合を担当します」

 

 そう言う七星の声は、冷静ながらも若干物憂げだった…自分の推しと戦闘しなければいけないのだから、無理はない。しかし続けて


 「志村さん…三日間、療養しながら六感の扱い方を教えます、絶対に…絶対に僕らで救うよ」


 と、直ぐに決意の籠った声で言った。


 志村は直ぐにはいと答える。


 こうして、画面上で幸不幸を巡る戦いが、迫るのだった。

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