雨は環状線をなぞって。 ②

 「さて、見失ってしまいましたね」


 八音はさして困っていなさそうな声で言う。彼女としては見失って一向に構わなかった。これを理由に諦めて仕舞えば、人殺しにならなくて済むのだから。そう思おうとしたが、その瞬間にあの暗闇と冷たい声がフラッシュバックする。


 「うっっ…あの人の為にも行かないとですかね。そもそもあの人をおかしくしてしまったのは、私にも責任があるんですから…」


 八音は捜索を始める、アテはなかったが、何故か身体が引き寄せられる感覚があり、其方に向かえば志村がいると言う、根拠はないが実感のある確証があった。


 同時刻 19時23分


 「…つまり、そっちの方が先に接敵しちゃったと。何となくそうなる気はしたのだけれど…困る…非常に困る…」


 志村は巨大なゴミ箱の中に隠れつつ、急いで七星に電話していた。


 「まあ、俺が相手を発見するところまでは七星さんも予定調和でしょうし良いんですよ。

 問題は相手の六感。

 確か『ディッセンバー』でした。それが非常に強力だと言う事です…しかも俺の能力の特性上引き寄せてしまうので何処まで行っても振り切る事ができないんです」


 「…成る程。逆に言うと、何かしら不幸か窮地に遭っている人間ということか…戦闘が終わったら会話する必要がありそうだ…その為には勝つ必要がある訳ですが」


 「七星さんなら勝てると思いますが」


 「…う〜ん、志村さんを守りつつとなると…ちょっと厳しいかも」


 「…ゴメンナサイ…」

 

 「ただ、さっき志村さんが言っていた『ディッセンバー』の特性が正しいとしたら、取れそうな作戦がある。………、こんな感じでどう?」


 そう言い話された作戦は、かなり危険だったが、成る程確かに通用しそうだった。


 「分かりました、それでやってみます」


 「…並べく急ぎます、30分後くらいを目処に公園に集合しましょう…お気をつけて」


 志村が電話を切る頃には、再び足音が聴こえ始めていた。志村は腕時計を見た後、急いでゴミ箱から飛び出し、そして場所を変えようと走り出した。


 「『ディッセンバー』」

 

 再びシャッターが切られ、高出力タービンの様な甲高い音が唸りを上げる。ビル街裏の路地裏を切り刻み、アヴァンギャルドな光景にしつつ志村に迫ってくる。


 「痛ぅっ…!」


 今までなんとか避け続けていたものの、ビルの窓ガラス片が足に刺さる。しかし歩みを止めるわけには行かないし、寧ろ走っている方が若干痛みが和らぐ感さえあった。


 そうして刹那の所で回避を繰り返しつつ、今度は巨大なゲームセンターに辿り着いた。

 店の赤色の塗装が雨で剥がれかけ、マスコットらしきクマの愛らしい二メートル半程の人形が立ち尽くしていた。


 「…何処へ隠れようと同じ事ですよ『ディッセンバー』」


 例によってこの場も写真が撮られる。転輪が一杯なので、真ん中のフィルム、つまり公園の写真が外され、ゲームセンターのフィルムとなった。


 そして、例によって志村も店内に撤退する。幸いかなり巨大な建物なので、破壊するのにかなり時間がかかる。逃げる事はさほど難しくない…そう思っていたのだが。


 「そろそろ、追いかけっこも終わりにしたいですし、最大出力で消し飛ばして差し上げますか…

嫉妬深い十二月エンヴィアス・ディッセンバー』」


 水流がパラバナアンテナ宜しく一箇所に纏められる。そうして一つの巨大な水の塊が、八音の全身をすっぽり隠せるサイズになっていた。

そして凶悪な唸りを上げている。


 「ヤバい!!」


 志村は直感した、幸い最大火力だけあって装填には時間が掛かるらしい。このままではゲームセンター事消し飛ばされるのが関の山なので、他に遮蔽物を探さなければならない。


 「逃げれる場所…流れる場所…!!…あ、あった!!」


 そしてそこに隠れた瞬間、巨大な水流がビルを破壊し始める。3倍速にしたナイアガラの滝の様な爆音で、ゲームセンターの七階から二階までをまとめて廃墟同然に粉砕された。UFOキャッチャーを破壊したせいか、上から大量の人形と景品が降ってくる。


 「危ない危ない、このクマさんの後ろに隠れておいて良かった」


 志村はと言うと、ゲームセンターの外に置いてあったクマのマスコットの後ろに隠れて難を逃れていた。


 「ありがとな、クマさん。今度ゲームセンター寄ったら記念撮影するよ」


 最初は愛らしく見えたクマが、妙に頼もしく見えたのだった。


 「畜生、クマさんめ。やりますね」


 八音はよく分からない恨み節を呟いていた。


 「はあ…よし、逃げるぞ!」


 その間に志村は今まで通り逃げ出す。追撃の水流が襲うも、出力が弱く今までに比べれば避けやすい。

 どうも最大出力を使った後は当面弱体化するらしい。


 そして志村が逃げ込んだ先は、最初に逃げた公園だった。


 「ゼエ、ハア…七星さん…まだですか…」

 

 腕時計を見る。まだ19時46分だった。


 「確かさっき電話したのが19:23分だったから…30分目安となるともう少しだけ時間が…凌げるか?」


 そうこう言っている内に、八音も追いついてきた。


 「かなり手こずらせてくれましたね…ただもうそちらも足に刺さったガラスの出血で体力が残っていない筈です。もう一度言います、命だけは助けてあげますので、降参しますか?」


 八音が放つ言葉は、志村にはどれもこれも態とらしく、嘘の様に聞こえた。しかし、『命は助ける』という其処だけは本音のやつに思えた。自分の『六感』も加味して考えると、きっと彼女には何か事情があるのだろう。


 「…生憎、ちょっと連れを待っていてね、ソイツが来てから考える事とするよ」


 しかし、今諦めれば、その事情すらもわからないまま終わってしまう。そして何より、彼は七星が間に合う事を信じて疑わなかった。


 「そうですか、NOという事で良いのですね…

『ディッセンバー』!」


 今度も志村を水没させようと、八音は唱えた。しかし志村は、その正面から逃げようとしなかった、なぜなら。


 「発動…しない。…そうか…そう言う事ですか」


 作戦はこうだった。映写機は同時に三箇所までしか使えない。そして、八音は何故か雨を降らすことに執着しているので、使えるフィルムは二つまで。つまり、三箇所以上を使って逃げれば良い。すると、最初の一箇所目のフィルムは入れ替わりで無くなっている。


 逃げながら指定の箇所に戻ってくるには一応の最適解だった。

 至極単純な作戦だが、最低三回以上逃げ切る必要がある上に、途中で意図に気が付かれた時点で破綻する。しかし、それは起きずにここまで来た。そして、この間にも、しっかり時間は過ぎている。


 「良いでしょう…ならば、もう一回この場を撮影して」


 そう言おうとした途端。噴水があった場所に、アンカーが突き刺さる。

 

 「待てぇぇええい!!!」


 水流とは異なる、鈍い破壊音に八音はたじろぎ、志村は羨望でアンカーの打ち込み元を見る。夜の雨に、帽子の黒色が反射する。先程打ち込んだそれに片足で乗っかりながら、七星は叫んだ。


 「ハハハハハ!!間に合ったみてぇだなぁ!!良くやってくれたぜ志村総一ィ!!

さ〜て、叩きのめしてヤルゼェェェ!!!!」


 例によって、完全に目が戦闘に悦びを感じるタイプのそれになっていた。


 「(…本当にアンカー握るとキャラ変わるな…この人)」


 多分トリガーハッピーの亜種のアンカーハッピーなのだろう…そう思う事にした。


 「あれが、連れさんですか…あっちも多分六感があるとなると。写真の装填が間に合わない…参りましたね」

 

 「…その、お前で言う『手詰まり』の状態で、志村は逃げ切ったんだ。そろそろ反撃されて然るべきだろう」


 「……それは、そうかもですね…」


 七星は片手でアンカーをクルクルしながら言う。八音が何か諦観を込めた声と目で視線を合わせる一方、あちらは敵意に溢れている。


 「(あれ…これ、不味くないか?)」


 少なくとも映写機の中身を取り替える作業が必要な八音に対して、直ぐにでもアンカーを突き刺せる七星。勝敗は決したも同然なのだが、普段ならさておき今の七星が八音を無事で済ますとは思えない。すると情報も聞けなくなる、それ以前に、不幸を抱えているであろう人間をそんな目に合わせて良いのだろうか。


 「待ってくれ!!」


 志村がそう言い七星の元に駆けるより早く


 「『抜錨ばつびょう』!!」


 の二文字が突き立てられていた。


 「アッ…」


 志村はもう、そのアンカーの先を追うのを辞めようかと思った。それでも、何故か観ることにした。

 

 スカッ…


 風切り音がしたのはそんな時だった。そして同時に、ガシャン!!と映写機が破壊される音がする。その瞬間、嘘の様に雲が消え、星々が輝き、そして数多の水溜りだけが残された。


 「…志村さん…僕…流石にそこまで無慈悲ではない…」


 「…ゴメンナサイ…」


 志村が思っているより、七星は優しかったのだった。


 「えっ…」


 一方当惑していたのは八音だった。自分の業を振り返りつつ、消える覚悟すらしていたと言うのに。無事だった。そして、虚しい覚悟が消え果てた結果、彼女の遺志は普通の少女に戻り、逆に怯え出した。


 「あの…その、なんで…」


 「八音さん、でしたっけ?…大丈夫、大丈夫…僕『雨を止めろ』とは言われたけど、八音さんを倒せとか、そんな事は言われていないですから…」


 尻餅をついている八音に対し、抜錨を解除した七星は、ほぼ体育座りの様な屈み方で目線を合わせる。本当にさっきの人と同一人物なのだろうか。


 「…え?、それじゃあ、さっきのは…?」


 「…クセ…景気付けでやってたらああなってしまった……。」


 「「(景気付けでそこまでやるか…!?」」


 こうして、少し落ち着いた後、七星達と八音との会話が始まる。


 しかし、この夜飾区に、もう一人の影がある事に、この時はまだ誰も気が付いていなかったのだった…


 

 


 

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