雨は環状線をなぞって。 ①

 ジジジ…ジジジ…


「志村さん、天気予報見てる?」


 本日二回目の七星の声、けれども大雨の影響か、音質がトランシーバー地味ていた。七星にしては珍しく、急ぎ足な口調で話しかけてくる。


「勿論、と言うかバイト先だったんで降られました」


「そうですか。それは災難な…もう気づいているかもだけど、数時間前から出て来ている雨雲は様子がおかしい。風の影響を全く受けておらず、しかも夜飾区の形通りに上空を覆っている…つまりこれは」


「『六感』かもって事ですね?」


「はい、ちょっと信じ難いですが」


「(亜空間からアンカーを出せるアナタが言っても説得力が全然ないのですが…)」


「…そう言う訳で、夜飾区限定で避難指示が出ている。これは避難もそうだけど、戦闘が起きても巻き込まれる人がいない様にってことです…僕はこれから向かうけど、志村さん、どうします?」


 志村は一瞬だけ返答に詰まったが、直ぐに返した。


「行きます、そう決めて知り合った仲ですし」


「分かりました。多分志村さんの方が先に遭遇しますから、夜飾区で接敵したら、僕に電話下さい。誘導してもらいます」


 七星はすぐ電話を切った。一瞬走る足音が聞こえたので、急いで向かうつもりなのだろう。


 志村も急いで向かう、しかし雨の疑念は取り敢えず消えたが、もう一つ疑念が浮上してきた。

 人為的な行動として、余りにも明白あからさますぎる。まるで警察に見つかりたいようだ、そして更に言えば寧ろ此方側が誘われている様にすら思える。


 しかし、彼等としては諸々は置いておいて向かうしかないのだった。


 走り、区の境まで着く。もうすっかり日が沈んでしまい、雨に引き倒されそうな街頭以外視界がない。逃げる人混みを一人だけ、いや反対側を入れると二人だけが突入した。


 さらにそれも点滅しており、豪雨で配線が四分五裂でもしているのか赤色を帯びている。やや背の低いビル街を、白と黒が混ざり合った濃い灰色と赤色の点滅が支配していた。

 

 そして誰かが消すのを忘れたラジオの声がする、途切れ途切れに夜飾限定の避難を指示していた。


 最初はずぶ濡れを気にしていた志村だが、全身水に浸かるのとほぼ同義の土砂降りなので、途中から諦めた。


 幸い、滝の様な雨だが、滝の「様な」の、比喩表現の範囲内ではある。ギリギリ冠水もしていないので、前進する上では支障がなかった。


 そうして雨音にベースラインを刻むようにコツンコツンと音を立てて歩いていると、反対側からも音が聞こえてくる、同じく歩く音で、ハイヒール特有のやや高めの足音だった。


…そこから推察できる事ではあったのだが、所謂女子高生という感じのセーラー服を着た少女が一人、傘をさしてやってきた、上背は普通。東洋感溢れる綺麗なよく垂れる黒髪をそれなりの長さまでやっている。そして、目が虚だった。


 彼女と志村は、雨が覆うやや広い噴水公園で対峙した、背後でカラカラと映写機の音が鳴っている。

 

 「…え〜っと、もしかして、逃げ遅れました?」


 志村は思った、「(これまでのパターンと俺の性質ろっかんを考えれば多分あの子が敵だよな…)」と。しかしそれにしても接敵は嫌なので念の為聴いてみることにした。


 「いえ、避難には及びません…それより貴方、御名前は?私は逆街八音さかまち かさねと申します」


 八音と名乗った少女は、見た目通りの丁寧な声で尋ねてきた。しかしいきなり名を聞くとはどう言う風の吹き回しなのか。そう思いつつ志村は素直に答える。


 「えっと。志村総一だけど…」


 それを聞くと八音は嗚呼、と何かを残念がる嘆息を出す。その理由は直ぐに分かった。


 「御免なさい、志村さん…私、ちょっと断れない命令をされてまして。貴方と接敵したら消せと言われているんです…御免なさい」


 「…え?…ああ、そう…って…やっぱりそう言う奴かよ!!」


 分かってはいたがそう言う奴であった。志村は忙いで、臨戦もとい逃走体勢に入る。


 それを見ると、八音はポケットにしまっていたインスタントカメラを取り出し、シャッターを切った。意外すぎる行動に、志村は彼女の方を振り返ってしまう。

 その間に、カメラは周囲の風景を何故か自動で現像し、写真がカメラ本体下部から取り出された。この間僅か三秒程度…一体どう言う構造なのだろうか。


 「この雨の原因が何だったか、すぐ分かりますよ。『ディッセンバー』」


 そう言うと彼女は写真をすぐ何処からか持ってきた映写機に差し込む。転輪が三つあり、一番左にある転輪がカラカラ回っている。そして今、真ん中の転輪も回転を始めた。映像は何も映っていない。


 しかし、何がしたいのかすぐ分かることとなる。志村の進行方向に丸い、半径二メーター程の水の塊が表れ、そして爆ぜて破片が突き刺さってきた。


 なんとか避け切るも、その間も無く今度はレーザー状に束ねた水が、志村の近くにあった噴水の水を真っ二つに切り裂き、噴水ごとカットしたホールケーキの様に切り落とした。


 「分かりましたか?雨の正体は」


 八音はやや挑発的に言う。


 「成る程な…写真で撮った範囲を映写機にぶち込むと、その範囲で水を自由に出せる。と言ったところか。夜飾区全体に雨が降っているのは、その部分の航空写真でも使ったのだろう…って言ってる場合か!!敵ながらズルいって!!命がいくつあっても足りねえよ!!」


 正直困った。電話しようにも、この感じでは携帯ごと二つに裂かれるのが関の山だ。そう考えている間にも水のレーザーが正面から降り注いでいる。


 「…小癪な、早くギブアップして下さいよ。命だけは助けてあげますから」


 「ちょっと魅力的だが…生憎勝ち筋を捨てるわけにも行かないんでね、断る」


 そう言うと、更に激しい勢いで公園は切り裂かれる。志村の手前50cm程までの地面が抉られる。

 しかし、志村に命中させる事をしなかった。彼はまるで威嚇射撃の様だと思いつつ、這う這うの体で連絡を取る方法を考える。


 「(『水を自由に出せる』但しそれは写真で撮った範囲だけ…これは一応弱点か。そして撮った範囲と出せる水の量は反比例する。

 そうじゃ無かったら今頃夜飾は海底の底の様になっているはずだ…。

 そして『映写機』は転輪が三枚だけ、つまり一度に水を出せる範囲は三つだけ。そして…)後一つだけ弱点がある」


 志村は自分でも驚く冷静さで一瞬左に走る様に見せて水流を誘導しつつ、直ぐに右に進路を切り、まだ破壊されていない建物の中に入った。


 「バレましたか」


 八音はやや悔しそうに、唯何故か少しだけ嬉々とした様に聴こえる声で言った。


 「やっぱりか、『何処にでも水を出せる』のだったら、最初の攻撃力みたく人体の内側から水を爆発させれば終わるだけの話…それをやらないのは、写っていたとしてもには水を出せない。つまり、このビルの内部の写真を撮られない限りは安全だ…。外側から刻まれたら終わりだけど」


 志村は急いでビルの反対側から脱出する。幸い裏側に非常出口があり、そこから逃げ出すことができた。


 そしてそこから少ししたところの大型ゴミ箱に入り、そこでひそひそ声で電話始めるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る