その頃のすべて、そしてなんとなくの今
先程も述べたが、漸く自宅、ボロ屋の六畳一間のアパートに辿り着いた男。志村総一は途方も無い不幸体質だ。もっとも、ジャンケンで何故か負け続けるとか、学園都市で空からシスターさんが降ってくるとか、河童の世界に迷い込んでしまうとか(真偽不明だが)…。
自分が不幸になるタイプではなく、不幸と悲運が自分に寄ってくるのだ。
小学生の頃、一緒に歩いていると怪我人病人が近付いてきたり、行きと帰りで20人くらいに道を訊かれたり。挙げ句の果てには何かしらの事件の犯人も寄ってきてしまうので、気味悪がって誰も関わってこなくなった、家族もそんな感じだった。
そんな中でも、一人だけ友達が居た。アヤノと言う子だった。漢字が思い出せない。
彼女は本当に優しかった。困っている人を率先して助けられる子だった。お陰で彼女といる間はこの体質もいいかななどと思えた。
…しかし彼女は死んだ。警察に追われていた強盗に、口封じの為に。しかもその間に自分だけ逃げ遂せてしまった。最低だった。そんな時ばかりは後にも先にも出せない速度で逃げ出せた。
遺族に怒鳴られた時も何も言えなかった。強盗が近付いて来たのさえ自分のせいだと気付かれなかっただけまだ良い方かもしれないと思った。ただ陽炎のように淡くしたい思い出のはずなのに、未だに消えない。
そうして彼はほぼ完全に折れ、高校卒業まではしたもののそこからは少しバイトするばかりで半分くらい引きこもってしまった。不幸に遭遇したら義務感で助けるだけ…そう彼は思っていた。
故に、先程助けた藤澤の事も特に何とも思っていなかった。気晴らしに散歩してみたらまた不幸な人に出会ってしまった程度にしか。
翌日、『雨とカプチーノ』を聴きつつコンビニで誰とも口を利かず数時間働き、そして帰路に着くことにした。
…が、途中でうっかり道に迷ってしまった。そんなに使った覚えもないのに携帯の充電も擦り切れて使い物にならなくなっていた。気がついたら路地裏にいた。
「どうしたものだろうか…」
志村はあんまり困っていなさそうな口調で言った。他人の不幸を見過ぎた結果、自分の不幸に結構鈍いのだ。が、そんな彼でもこの後からの風景には焦燥し始めた。
「なんか…爆発音が聴こえる…ような」
一瞬気のせいかと思ったものの、二発目、三発目の爆発音が聴こえてきた上、残念ながら焦げ臭い匂いと浮世絵の様な鼠色がかった灰色の煙がビルの上からしてきた。
「…逃げますか」
志村は即決した。実際正しい判断である。しかし彼が逃げようとした途端、それを覆いこむように誰かが走り込んできた。
「こんな所に人質に出来そうな奴が!!」
「…は?」
黒いフードを被り、黒いマスクをした如何にもな若い男にそう言われた。フードの男に首を腕で軽く締められ、志村は暫く思考がフリーズしていたものの、10秒して運行再開し、即座に不条理に気がついた。
「いやいやいやいや!?何!?人質!?」
「ムシャクシャしてビル爆破したら警察呼ばれちまった!!頼む!人質になってくれ!!」
「それでなる奴がいるか!?」
四方から漂う煙の中で志村は思った。あまりにも理不尽だと、小説だとしたら作者は犯人の動機を考えるのがよっぽど苦手に違いないと思った。自分の体質は確かに不幸や窮地に陥っている人間を引き寄せてしまうのだが、これも窮地に入ってしまうのは理不尽すぎる。
フードの男は声色にドスを効かせて言う。
「断るのか…なら断ったらどうなるか見せてやるよ」
そう言い男は志村のヘッドフォンを首から奪い取った。
「返せ!!57500円(税込)した奴だぞ!?」
「知った事か、それより見ていろ」
そう言い男は奪ったヘッドフォンを握り締めると、空中に放り投げる。そしてヘッドフォンは上空で小爆発を起こして粉々になった。
「57500円(税込)がぁぁぁぁぁあ!!!」
「フン!!俺はこんな風に、自分の片手で持てる大きさのものを爆弾に換えられるんだよ!!分かったら大人しく人質になることだなあ!!」
男は勝ち誇り言った。しかし志村は聴いていなかった。寧ろ目の前のフードに対し血眼で抗議していた。
「オマエェ!!これ買うの大変だったんだぞ!?生活費で一杯一杯だったのに!!何とか貯金して買って!!店員さんに激推しされた奴を!!!最初に聴いた時は感動した!!ギターの重低音がまるでライブ会場の様に響いた!!ベースラインも丁寧に聴き取れた!!バイオリンの旋律だって!!ピアノの響きだって最高だった!!俺の唯一の親友だった…なのに…なのに……弁償しろぉ!!」
「なんか…ごめん…じゃなかった、黙れ!!お前も爆破されたくなかったら大人しくしていろ!!」
「…分かった…やれば良いんだろうやれば」
内心物凄く不服だったが、一旦従うことにした。しかし、男は更なる不条理を突きつけてきた。
「ハハハ、分かればいいんだ…だがまだ目が反抗的だな。お前の靴を爆弾にして足を吹き飛ばしてからでも問題ないか…」
「え…?」
流石の志村も冷や汗が止まらなくなった。しかしフードの男は少しずつ靴に手を伸ばし始めていた。志村は諦める様に目を背け始め、そして目を瞑り始めた…
警察が間に合ったのはそんな時だった。
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