シャーデンフロイデ

然る明朝体

第一章 銀河

仕方もなく今日も何かに出くわす

 東京都、某区。

とある少女が財布を探していた。先程の交差点で紛失したらしく、慌てて戻るも往来の脚しか見えない。少女はやや長めの茶髪と全てに疲れ気味に見える両目で天を仰いでいた。


 「これのことかな、お嬢ちゃん?」


 そうしていると何やら面倒そうな若い男が現れた。悪戯っぽく彼女の手の届かなそうな位置で財布をフラフラと見せびらかす。


 「…あの、返していただけませんか?」


 少女は懇願する、しかし男は気味良さそうにその様子を見ていた。暫くすると飽きたとばかりに


 「うーん…しょうがないなあ〜…返してあげよっか、でも中身抜きでね」


 そう言い財布の中身を開けようとする。少女はその瞬間、諦めたのか何か遠い目をしていた。


 「おい、何してるんだ?」


 男の後ろから誰かが声を掛けた。そちらも男で、細身で目にギリギリ届かない無造作に分けた黒髪、そして逆説的に何も聞きたくないとばかりに首に白いヘッドファンを巻きつけていた。


 「あ?カツアゲだよカツアゲ、お前にちょっと分けてやっても良いぞ?」


 男は悪びれることもなく言う。ヘッドフォンの彼は無言だった。

ただ、見慣れているとばかりに遠い目をしている。そして作業感のある目で、財布をはたき落とした。


 「ほら、気を付けろよ」

 

 「あ、ありがとうございます」


 彼は財布を少女に直ぐ渡した。少女は相当な内気なのか、礼を言いつつも目線を合わせようとしない。


 一方、財布を取り返された男の方はと言うと、激怒していた。筆舌に尽くしがたい罵詈雑言の数々を少女達に火山雷のように浴びせている。今にも殴りかかって来そうだ。


 少女は目を長方形に気味にしてカラカラと音を立てそうに横を向く。


 「あの…こっからどうするつもりですか…」


 「え…?いや、どうするって」


 ヘッドフォンの彼は悪びれずに答えた。


 「逃げるけど」


 「逃げるんですか!?」

 

 颯爽と現れたので、てっきり格好良く戦うのかと思っていた少女はこの日初めて声が裏返った。


 「当たり前だろ!痛いの嫌だし!」


 そう言い彼は少女の手を引っ張り逃走態勢に入る。男もそれを見て追いかけ始める。

 彼は相当逃げ慣れているのか、路地へ、路地へと退却を続け上手い事撒いて行く。


 しかし徐々に距離を詰められていき、流石に追いつかれそうとなった時、それは起こった。


 追っていた男の前に何故か起きっぱなしになっていたサッカーボールがあり、乗り掛かって転倒してしまった。


 まではまだ良かったのだが、と同時にスケートボードで遊んでいた少年が男から見て右20メートル程におり、うっかりスケートボードに乗り損ねてボードだけが直進し、転倒した男をうつ伏せに乗せてそのまま進み、そのまま建造物に鈍い音を立てて命中し気絶した。


 「ぴ…ピタゴラスイッチ…?」


 彼は男の奇跡的すぎる悲劇にツッコミを入れ、少女はと言うとやはり遠い目をしていた。

 

 暫くして、スケボーをしていた少年達に謝られたりしつつ二人は元の交差点に戻った。


 彼は汗でやや濡れた髪を掻きながら言う。


 「いやあ、大変だった。君も財布とか重要品はちゃんと管理しておけよ…それじゃ」


 そう言って彼は去ろうする、しかし少女が呼び止めて。


 「あの…ありがとうございます、…一応お名前聴いてもいいですか?」


 「あ、うん。志村しむら志村総一しむらそういち


 彼はそう名乗り、ついでに少女の名を尋ねてみることにした、彼女は暫く考え込み、漸く目を合わせて言った。


 「藤澤ふじさわです…藤澤藍沙ふじさわあいさ…もう事を願っています」


 そう言い藤澤は足早に去ってしまった。

彼、志村総一は彼女の言葉に困惑しつつも、まあ良いかとゆったり帰路に着く。


 家路の間に道に迷った人に2回遭遇し、お婆さんの荷物運びを手伝う事となった。


…志村は困っている、もしくは不幸な人間を昔から引き寄せてしまうのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る