三章:叉鬼とおともだち その2
あれはちょうど一年前のこと。
お兄ちゃんは高校生になりました。
違う学校になって寂しかったけど、一年経ったら同じ高校に行くので我慢していました。
その時に、お兄ちゃんと仲良くなった女の子。
以下、A子と呼称。
A子はいつもお兄ちゃんと一緒に居た。
学校に行く時も、帰る時も、ずっと隣には叉鬼が居たはずなのに。
心がもやもやしました。
もやもやして、ぎゅっと締め付けられるように苦しくて、ちくちく刺されるみたいに痛くて、でも、怖くもないし悲しくもないの、涙も出ない。
あるのはむかむかする気持ちだけ。
根底にあるのは、小さい頃、ゲームがクリアできなくてゲーム機を壊しちゃうような感じ。
だけど、もっと複雑で、大きくて、おかしくなりそうになってしまいました。
あの日もそうだった――。
お夕飯のお買い物をした後の帰り道。
美味しい夕食をお兄ちゃんに振る舞って喜んでもらう。
その時の叉鬼にはそれしかできなくて、それだけが楽しみで、それだけが生きがいだったのに。
ファミレスの前を通った時、お兄ちゃんとA子が一緒に居たんだ。
二人で何かを話してお兄ちゃんがスマホを触った。
すぐに叉鬼のスマホが鳴った。
確認するとそこには「夕飯は外で食べてくる」ってお兄ちゃんからのメッセージ。
わたしの中で、何かが壊れた気がした。
すぐに踵を返してあてもなく走った。
人ごみを走り抜けて、気が付くと人気のないトンネルの前に来ていた。
外観はレンガ造り。
周りにはツタが絡まっている不思議な雰囲気のトンネルだった。
わたしは、トンネルの中に入った。
ああ、あの時、トンネルに入ってよかったって今でも思う。
だって、わたしは、今のわたしに生まれ変わることができたんだから。
トンネルの中には魔女が居た。
咥えたばこで、コートを着た、亜麻色の髪をした魔女。
魔女はわたしの顔を見るなりこう言った。
「お前の衝動は正しいものだ」
体の奥底が震えるのを感じた。
「ついでに、あの女と関わっていてはあの少年はろくな目に合わないだろう」
カツカツとパンプスの音を鳴らしながら魔女はわたしへ近づいてくる。
そして耳元で囁くようにわたしに救いの手を差し伸べた。
「後始末は私がしてやるから、やってしまえ」
そう言ってわたしに一本のナイフをくれた。
ガラスの靴より、カボチャの馬車より、今のわたしに必要なものだと言っているように。
ナイフの柄を握りしめてわたしは振り返って歩き出す。
スキップするみたいに軽やかに。
ああ、体が軽い。心が躍る。わくわくが止まらない。
これからすごい楽しいことが起こるって、分かってる。
歩いて歩いて歩いて――たどり着いたのは大きなマンションの前。
ビルみたいな外観に小さな公園まである大きなマンションだ。
わたしは滑り台の影に立った。
足元にある小石を拾い上げて左手でぎゅっと握りしめる。
明日からお兄ちゃんと途中までだけど一緒に学校に行くところを想像する。
高校と中学は近いけれど、金木犀が咲いているおうちの門で別れてしまう。
そこで、お兄ちゃんとまた後でねなんて言って別れるのだ。
授業が終わって帰り道。
叉鬼が金木犀の門で待っているとお兄ちゃんがやってくる。
お兄ちゃんが叉鬼を見つけてこういうの「待っていてくれたんだ」ってちょっと申し訳なさそうな顔をして。
それでそれで、帰りにコンビニでアイスを買ってくれる。
中学校ではだめって言われてるから「秘密な」って言って叉鬼が好きなアイスを選ばせてくれるの。
なんて素敵な日なんだろう……
がさり。
砂利が踏まれる音が聞こえた。
あ~あ、もうおしまいか。
叉鬼とお兄ちゃんとの時間を邪魔されたのはむかつくけれど、これが済めばお兄ちゃんに会えるし、許してあげよう。
わたしは滑り台の影から姿を現す。
するとA子はちょっとびっくりした顔をしていた。
「えっと、束叉の妹の……叉鬼ちゃんだよね? どうしたの?」
へぇ……呼び捨てするんだ。
これもむかつくけど、まあ許す。
「お願いがあって来たんですよ。聞いてくれます?」
わたしの言葉にA子は作り笑顔を浮かべた。
「あたしにできることならいいよ」
「できます、できますよ。あなたにとっては簡単なことですから」
あ~わたしって優しいなぁ……本当に優しい。
ここまで来て、まだこの女の子と許してあげようとか思うなんて。
「お兄ちゃんから離れてください。じゃないと叉鬼が一緒に居られないから」
叉鬼が笑顔で答えるとA子はため息を吐いた。
「あのさ……お兄さん離れした方がいいよ叉鬼ちゃん」
あれ? おかしいな?
「こんな夜遅くまで家まで来るとかおかしいって分からない?」
おかしいな、おかしいな、おかしいな?
「束叉だって迷惑してるよ。いつまで経っても妹がべったりだとさ」
これはおかしい。
「そんなことない!」
わたしが聞きたいのはこんな言葉じゃない。
「お兄ちゃんは叉鬼のこと好きなんだよ、結婚してくれるって言ったんだよ? なのに迷惑とか思ってるわけないじゃん!」
「結婚って、いつの話してるの? どうせ子供の頃の話でしょ?」
こいつは決めつけてものを語る人間。
自分の意見が普通だって、正しいって、憶測だって正しいものだって疑わないんだ。
それで普通っていう境界から外れた人間をみ~んな、下だって見下すんだ。
こういうタイプの人間は自分の間違いを認めない、ううん違う。
自分を正当化するために一生懸命頭を使うんだ。
「だめか……」
話し合っても意味がない。
わたしは持っていた小石をA子に投げつけた。
こつ、小石がぶつかる音が聞こえた。
「なっ! いきなり石投げてくるとかなにっ!」
この威力で投げてこの秒数で当たるなら距離は――五メートルってところかな。
わたしは地面を蹴った。
距離を一瞬で詰めて右手に握っていたナイフを突き出す。
綺麗にA子の首に突き刺さった。
片目が見えるとものの高さは掴みやすいから急所を狙いやすい。
距離が掴みにくいのがあれだけれど、それは耳を使えばいい。
なんて考えながらナイフを横に振りぬく。
肉を切る感覚がすーっと伝わってくる。
わたしはナイフを振りぬいたのとは反対側に体を反らす。
だってほら、血が溢れるもの。
今は制服着てるから、あんまり汚したくないんだよね。
べしゃりと音を立ててA子が赤い水たまりに沈んだ。
光のないA子の眼とわたしの眼が合う。
ああ、こいつ死んだんだって思ったら一気に鳥肌が立った。
心が躍るみたいに高鳴って、気持ちがぐんぐん上がっていく。
なんて気持ちいいんだろう。
こんな感覚は初めてだ。
どうしてだろう?
今までこんな気持ちが良かったことなんてないのに?
不思議だな、不思議だな?
なんでだろう? なんでだろう?
その場をくるくるしながら考えてみる。
「あ、そっかぁ……」
そうだ、わたしは今初めて人を人と認識して殺したんだ。
それでこんなに楽しいんだ。
なるほどなるほど。
納得納得。
「今までのは、殺人じゃなかったんだぁ……いくら人間を殺したって、相手を人と認識してなければ動物を殺してるのと何にも変わらないじゃん……うふっ、うふふ、あはははははっ! 叉鬼分かっちゃった、分かっちゃったよ!」
邪魔なものがこの世から無くなる高揚感。
それは誰にでもある感情。
殺人って行為はその最高位。
だって、この法治国家で一番排除しにくい障害なんだもの。
気持ちすっきりで見上げる月はキラキラしていて本当に綺麗だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます