二章:お兄ちゃんと周りの人たち その9
夕食を済ませ、リビングでゆっくりと文庫本を読んでいると眠気がやってくる。
僕は文庫本に栞を挟んで閉じ、リビングを後にする。
階段を上って自分の部屋のドアを開けた。
月明かりが室内を照らしていた。
白いカーテンが風でふわりと揺れる。
窓から叉鬼が月を見上げていた。
無意識のうちにカメラを探してないことに気が付く。
一つ、ため息を吐いた。
落胆するぐらいに目の前の光景は美しかった。
「あ――」
月を眺めていた叉鬼がこちらを振り返る。
「お兄ちゃん遅かったね」
そう言って微笑む叉鬼。
「な、なんでここに?」
顔が熱くなるのを感じて僕は目を反らす。
「一緒に寝ようって言ったでしょ?」
「いつも、布団の中に侵入してくるじゃ――」
言い終わる前に叉鬼が僕の肩を掴んだ。
にやりといたずらっぽい笑みを浮かべたと思ったら景色が反転した。
ふわりと一瞬の浮遊感、すぐに落下する感覚。
気が付くと僕はベッドの上に倒れていて、目の前には叉鬼の姿。
今、自分が叉鬼に押し倒されていることに気が付いて呼吸が浅くなる。
「あのね、一緒に寝るっていうのは――眠りに落ちるまでの時間を共有するってことだよ」
叉鬼の細い指が僕の手首を這って、掌まで到達する。
指を絡めて、掌同士が触れ合う。
叉鬼がぎゅっと指に力を入れる。
「お兄ちゃんは叉鬼と一緒に寝るの嫌?」
叉鬼の声はイチゴとミルク、甘酸っぱいのにとろけそうなくらい甘い。
ああ、甘いだけなのに――まるで毒みたいだ。
脳内に入り込んで思考をめちゃめちゃにしていく。
こんなことはいけない。
兄妹なんだからと頭では分かっているのに僕は彼女を拒めない。
僕の返答を待ちきれなかった叉鬼が顔を近づけてくる。
絹みたいな髪が僕の顔に触れ耳元に叉鬼の吐息がかかる。
「嫌なの?」
嫌だと言って突き放すべきだ。
それが普通の兄妹というものだ。
でも――。
「嫌じゃない」
僕はそれ以外の答えを選択できない。
「えへへ、よかった」
叉鬼は笑って体を支えていた腕の力を緩めた。
必然的に彼女の体は僕の上に落ちてくる。
叉鬼の重さ、温かさ、柔らかさ。
思考をかき乱す匂いと耳元に聞こえる彼女の呼吸。
「お兄ちゃんに嫌われたら、叉鬼生きてけないよ?」
「嫌うわけないよ」
僕は君を嫌うことができない。
歪んでいると分かっているのに、これは異常だと分かっているのに。
だって君はこんなにも尊くて、美しい。
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