二章:お兄ちゃんと周りの人たち その6
午後の授業も終わり放課後、僕は教科書類を鞄に詰めていると、すでに帰りの支度を済ませた安久が僕の前の席に座ってくる。
「束叉、今日バイトは?」
「ないよ、そのまま帰るつもり」
「んじゃカラオケでも行く?」
「別に構わないけど」
なんて話していると、クラスメイトから声をかけられた。
「檜原くんちょっといい?」
「ん? どした?」
「後輩の女の子が来てるよ、四ノ宮さんって子」
安久は「おうそうか」なんて流しているみたいだったけど、嬉しそうな顔になっているのを僕は見逃さない。
「カラオケは無しだな」
僕はそう言って帰り支度を再開する。
「いや、別にそんなんじゃ――」
「いいから早く行けよ、翠ちゃん待ってるだろう?」
安久は若干渋い顔をしてから席を立って廊下の方へ向かった。
ドアの前では翠ちゃんが待っている。
「あ、先輩……すみません、急に呼び出しちゃって」
「いいっていいって、嬉しいなぁ翠ちゃんに呼び出されるの」
人が少ないからだろうか、二人の会話が聞こえてくる。
「本当ですか?」
「え?」
「本当に、わたしに呼び出されるの、嬉しかったですか?」
安久は面食らって固まっている。
若干顔も赤い。
「もちろんだよ」
「じゃあ、その放課後、お買い物に付き合ってほしいんです」
ほら、カラオケは無しで確定じゃないか。
僕は鞄を持って立ち上がり、わざわざ安久の横を通って廊下を出た。
「じゃあな、安久。楽しんで来いよ」
安久の返事が返ってくる前に僕は昇降口へ向かって歩き出した。
僕の背中越しにも二人の会話が聞こえてきた。
「急すぎましたよね、すみません……」
「いや全然いいって、俺もちょうど暇だったし、行こうか」
初々しい若者たちの青春。
入学してから何度も見せられてきた光景。
男子たちは妬ましいだのなんだのと言っていた。
確かに翠ちゃんはいい子だし可愛い。でも、だからって翠ちゃんとデートに行きたいとか思わないし、ましてや付き合いたいなんて思わない。
僕は思った、ああいうやつらは本当の恋を知らないんだなと。
だって知ってしまえば、それ以外見れなくなる。
普段は呪いみたいだって思うけれどこういう時に無関心でいられるのは良いことだって思うよ。
考えながら階段を下りる。
二階から一階に下りた瞬間のことだった。
目の前に黒髪のおさげツインテールが映った。
少しして緑色右目と白濁した左目と視線が合う。
どきりと心臓と心が震えた。
「おわっ、お兄ちゃん⁉」
「さ、叉鬼」
驚いていた顔をしていた叉鬼だったすぐににっこりと笑みを浮かべて「お兄ちゃんと会えるなんてらっきー」と口にした。
「別に家でも会えるだろう」
あまりに可憐で、僕は顔が熱くなった。
紅潮した顔を見られないように僕は目を背ける。
――やっぱり恋は呪いだ。
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