二章:お兄ちゃんと周りの人たち その5
午前の授業が終わり僕は自席にて弁当を広げる。
メニューは卵焼き、から揚げ、アスパラの肉巻き。
白米には鮭フレークでハートマークが作られており、海苔でお兄ちゃんラブの文字が描かれている。
よくある恥ずかしさや焦りの感情はない。
ただ、心がしっとり温かくなるだけだ。
叉鬼が僕に愛情を向けてくれているから嬉しい、それだけでいいじゃないか。
僕は手を合わせてから弁当を食べ始める。
いただきます、をする文化はうちにはないが作り手に感謝するという儀式は心地いい。
なので感謝する相手が目の前に居ないときは祈っておくことにした。
から揚げを口に入れると、昨晩のものとは違う味付けだということが分かった。
萌花のやつより塩気が強い、しょうゆを強めに効かせてある。
おそらくは弁当だということに配慮してだろう。
加えて肉の触感も異なる。
間違いなく叉鬼が作ったものだ。
から揚げを食べていると椅子を引きずる音とともに一人の男が目の前に座ってきた。
こいつは
薄橙色の髪が印象的だが、遊んでいる感じは全くない。
というのもこいつの髪色は自前のものであり、ちゃらちゃらしているようで性格はいたってまじめだ。
「よ、今日も愛妻弁当か?」
「そんなんじゃないよ」
「いいよな~美少女が昼飯作ってくれるとか」
そう言っている泰久は自前で作ったであろうおにぎりを持っていた。
「自分で作れるならいいじゃないか」
「いや、誰かに作ってもらうってのが重要だよ、自炊ってめんどくさいからな」
「じゃあ購買で買えばいいじゃないか」
「それは金がかかる、食事に金はかけたくないけれど、マシな昼飯は食いたいということの妥協案が自ら作るって発想なわけよ」
この男、本当によくしゃべる。
「つーわけで、誰かが食事を用意してくれるのは無条件で羨ましいってわけ、その相手が美少女ならもっと羨ましいさ」
「彼女に作ってもらえよ」
「残念、彼女は居ないんだわ」
その回答に僕はため息をついた。
「まだ付き合ってないのか……」
「付き合うって誰とよ?」
この男、本気で言っているのか? と僕は内心思う。
「昨日、翠ちゃんとランチだったんじゃないのか?」
「ああ、ちょろっと買い物に付き合ってもらってさ――ちょっと待て、翠ちゃんは彼女とかじゃないぞ?」
「でも好きなんだろ?」
「まあそうだけど、今の関係崩したくない的な、そんなやつ?」
「……奥手のチキン野郎」
安久に聞こえない程度の小声で僕は呟いた。
翠ちゃんとの仲は高校入学前から、つまりは二年ぐらいの付き合いってわけであり、さんざんイチャイチャしている癖に未だに付き合っていないともなるとこのぐらいは言いたくなるものだ。
本日二回目のため息を吐きつつ窓に視線を向けると、中庭に叉鬼と翠ちゃんの姿が見えた。
僕たち二年の教室は中庭を取り囲むようになっており、二階から見下ろすような形になる。
なので窓際の僕の席からはよく昼食を食べる生徒たちが見えるのだ。
二人でおしゃべりをしながらやってきて、隣に座ってお弁当を広げる。
「やっぱ可愛いな~翠ちゃん」
じゃあさっさと告白して付き合えよと思いながら僕は二眼レフカメラを取り出した。
中庭に座る叉鬼にピントを合わせてシャッターを切る。
手入れされた芝生、大きな木、アンティークなベンチ、半ばメルヘンチックな風景に黒のセーラー服の異質感が際立って、叉鬼という被写体を際立たせていた。
こちらの存在を気づかれない無防備さ、叉鬼の自然体、ここからだとよく撮れる。
「おいおい束叉くんよ……」
「なに?」
ファインダーから視線を話して横に居る友人を見る。
何とも言えないじっとりとした視線をこちらに向けてくる。
「なんか犯罪者っぽいぞ?」
なんだそんなことかと僕は視線をファインダーに戻す。
「大丈夫、翠ちゃんは画角に入らないようにしてる」
それに叉鬼は許してくれる。
「僕が唯一、叉鬼にちゃんと向き合っていられる時間なんだ。邪魔しないでくれ」
「シスコン極まれりって感じだな」
安久が何かを言っていたが僕は気にせずに撮影を続けるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます