二章:お兄ちゃんと周りの人たち その3

 夢を見た。

 昔、と言うほど昔でもない日の夢。

 僕は十三歳で叉鬼は十二歳だった。

 小さな叉鬼は病院のベッドに腰かけていた。

 両目には包帯が巻かれている。

 隣には舞華さんが立っていた。

「取るぞ――」

 その言葉に叉鬼は頷いた。

 舞華さんの手によって包帯が解かれていく。

 はらりと解かれた包帯の下から目をつぶった叉鬼の顔が現れる。

「良いぞ」

 舞華さんの言葉と共にゆっくりと目を開く。

 左目は前と同じ、白濁した目。

 右目はほんの少し黄色の混じった鮮やかな緑色をしていた。

 自分のと同じ色、もともとは自分が持っていたものなのに叉鬼の顔に移植されたそれは宝石のような美しさと艶やかさを持っていた。

 エメラルドのような輝きを持った瞳が僕を捉える。

 不思議な感覚だった。

 深い闇に落ちるような、それでいて浮遊するような、何とも言えない心地よさ。

 視界と意識の全てが叉鬼の瞳の中に堕ちていく。

 これが魅了――なのだろうと思った。

「おにぃ、ちゃん?」

 僕を呼ぶ声に我に返った。

 僕は頷き、彼女の名を呼ぶ。

「叉鬼」

 叉鬼の顔に笑顔が咲いた。

「わぁっ……お兄ちゃん!」

 ベッドから立ち上がった叉鬼は僕の胸に飛び込んできた。

 まだ小さくて、ミルクのような匂いがしていた。

 けれどそれに交じって僕の鼓動をかきたてる、妖艶な匂いも混ざっていた。

「嬉しい、お兄ちゃんの顔、初めて見れた」

 叉鬼は生まれつき盲目だった。

 だから僕は自分の右目を叉鬼にあげた。

 周りの人間は反対した、父さんや母さんまで――。

 叉鬼が僕の体を強く抱きしめる。

 嗚呼、このぬくもりを感じることができたのなら片方の目など惜しくないって思えた。

 それは瞬間的な感情。

 あれから三年経った今も、叉鬼の笑顔を見るたびに僕は片方の目を叉鬼にあげたことを良かったと思い返すのだ。

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