二章:お兄ちゃんと周りの人たち その2
アルバイトを終え、僕は家に帰宅すると玄関に中途半端に見慣れた靴があった。
中途半端というのは、見慣れてはいるけれどここにあるのは違和感があるということだ。
白を基調にオレンジのラインが入ったスニーカーだ。
叉鬼も僕も革製の靴が好きであるためプライベートでスニーカーを履くことは無い。
履くことがあるとすれば、立ち仕事がメインのアルバイトの時とか、体育の授業の時とか、だから普段は靴箱にしまわれている。
それに、叉鬼と僕にはお気に入りのブランドがあってそこの靴を履くことが殆どなのだ。
だからいつも玄関に並んでいるのは革靴が二つか三つ、それと近場のコンビニに出かけるときのための共用の下駄だけだ。
スニーカーがあるということは来客があるということで、その来客は見知った人物であるということだ。
僕は今しがた履いていた靴を脱いで下駄箱にしまって土間からホールへ上がる。
まっすぐリビングのドアの前までやってきて「ただいま」と声を出しながらドアを開けて中へ入る。
すると不貞腐れた表情の叉鬼がダイニングの椅子に腰かけて、テーブルに肘をついていた。
この時間に帰宅すると大体、叉鬼は夕飯の準備をしているのでドアを開けて最初に叉鬼が目に入るのは珍しい。
今日は運がいい。
僕は常に持ち歩いている二眼レフカメラを取り出して先にレンズを向ける。
「あ、お兄ちゃんおかえり!」
僕を見つけてパッと叉鬼の表情が明るくなるのをファインダー越しに見つめながらシャッターを切った。
ファインダーから目を逸らし、現実の叉鬼を見てすぐに視線を逸らす。
逸らした先、キッチンには予想通りの人物の姿。
長いストレートの黒髪。
細身ですらりとした体格で背の高い女性。
と言っても舞華さんみたいに体のメリハリがあるわけではなく単純に細い。
舞華さんを男性の理想体型と表現するなら彼女は女性の理想体型だろう。
「お、お帰り束叉」
笑顔で手を振って来るのは僕の従妹、
シュッとした釣り目をしているのだがこの表情の柔らかさがあるから絶妙に親しみやすい、そんなお姉さんだ。
「萌花、来てたんだ」
「早上がりだったからね、可愛い弟と妹に美味しいものでも作ってあげようかと思ってさ」
「妹じゃないし……」
むすっとした顔で叉鬼が呟いたが萌花には聞こえていないようだ。
「じゃあ期待しとくよ」
僕は萌花にそう言って叉鬼の前に座る。
「今日はこの間、捕まえて来たスズキのムニエル作ろうと思ってたのに」
「まあ、たまには家庭料理っていうのもいいじゃないか、せっかく作ってくれるんだし」
叉鬼も楽できてるし、僕はできないことをやってもらっている。ついでに叉鬼とゆっくり会話を楽しむ時間ができる。
僕は萌花の好意に感謝していた。
「でも、お兄ちゃんに食べさせてあげたかったんだよ?」
「明日の楽しみにしておくよ」
僕がそう言うと叉鬼は不服そうな顔のまま「分かった」と言った。
僕と叉鬼が会話をしているうちに萌花の料理が終わったらしく、僕らの前に皿が置かれていった。
「お待たせしました~」
メニューはサラダ、みそ汁、ご飯、そして大皿に乗った唐揚げ。一般家庭の夕食という感じだ。
唐揚げは揚げたてらしく香ばしい匂いが漂って来る。
仕事をした後だから食欲をそそる。
「美味しそうだね」
僕がそう言った瞬間、一瞬、叉鬼が萌花の方を睨んだ気がした。
改めて叉鬼の顔を見るが、不服そうにしているだけ、気のせいだったみたいだ。
「そうでしょう、お姉ちゃんの自信作ですから」
ドヤ顔で席に着く萌花。
「じゃあ手を合わせていただきましょう」
叉鬼と二人の時は乾杯が食事の合図だけれど、郷に入っては郷に従え僕は手を合わせた。
「いただきます」
僕は萌花のいただきますを復唱して食事を始めた。
萌花の作った唐揚げは見た目通りの美味しさで米が進んだ。
料理の腕では叉鬼には劣るけれど、何とも言えない温かさを感じるのが萌花の料理のいいところだと思っている。
「ほら、叉鬼も唐揚げ食べてみてよ、自信作だから」
萌花が叉鬼の取り皿に唐揚げを乗せた。
「うぅ……」
叉鬼は顔をしかめた。
唐揚げが嫌いと言うわけではないし、萌花の料理だから嫌がっているわけでもない。
この前、萌花がうちの卵で作ったチャーハンを食べてた時は「悔しいけどおいしい」と言っていたくらいだ。
叉鬼は何というか、自分で殺したもの以外をあまり口にしようとしない。
昼のチキンステーキも叉鬼が自ら殺した鶏の肉であるし、叉鬼が今晩作ろうとしていたスズキも彼女が自ら捕獲し、殺したものだ。
僕にはわからないが叉鬼なりのこだわりがあるらしいのだ。
とはいえ出されたものは食べるので、いやいやながらも萌花の唐揚げを口にしていた。
「どう? 美味しい?」
「味は美味しい」
「もう、せっかく可愛いんだからもっと可愛い反応しろよ~」
「うぇ、やめて」
十年来の付き合いなのになんで気が付かないんだろうな。嫌がる叉鬼にウザがらみをしている萌花を見ながら僕はふと思った。
その後も食事は続いた。
僕は萌花の作った料理を完食。
胃が満たされる満足感で若干の眠気に包まれた。
対して叉鬼はと言うと、サラダ、みそ汁、ご飯など野菜や穀物は全て完食していたが、彼女が口にした唐揚げは最初の一つだけであった。
夕食を食べ終えた後、萌花は後片付けをしてから帰宅していった。
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