第14話 猫塚

 中学生の頃、隣町との境で、大規模な開拓工事が行われる事となり、百ヘクタール以上の田畑や森が整備されました。その工事中に、大量の住宅跡地が発掘され、西暦700年代に大集落があった事が確認されました。


 奈良時代前から奈良全盛期の頃の遺跡です。その発掘された遺跡群の一画に、日本三戒壇の一つである下野薬師寺跡が発掘され、弓削道鏡の墓も祀られている地域でしたので、何十年も前から、東山道が発掘されるのでは。と、沢山の大学の研究者達が調査をしていた場所でした。

 かなり広範囲に発掘が終わり、全ての調査も終了して、次に工業団地として整備するまでの数年間は発掘した跡も無くなり、ただの荒野になっておりました。

 所々に発掘で出た盛り土があって、立ち入り禁止にもなっていないし、周りに人家もない広大な土地。

 

 これを見逃さないのがオフロードのバイク乗りに、BMX乗り。サバイバルゲーマー達です。

 幾つもの集団が入り込んできますが、兎に角広大なので、お互いに干渉する事がない為、最高のステージでした。

 

 私はその頃高校生となり、仲間と共にオフロードバイクでモトクロスごっこにハマっておりました。

 本来は、それぞれ、サッカー部や剣道部や器械体操部等に所属している連中でしたが、部活が終われば遺跡跡へ。休日は朝から遺跡跡へ。と、毎週欠かさずバイクを走らせて、土饅頭でジャンプしたり、盛り土の山をバイクで登り切れるか競ったりしておりました。


 オフロードの場所には、暴走系の連中やドリフト系の連中は来ないので、他と揉め事もなく、まるで部活動の様に励んでおりました。

 春先早い頃は早朝に霜柱がたち、昼には溶けてドロドロになります。

 暖かくなってきて、梅雨入り前までは気候もよく、最高のコンディションとなります。

 梅雨の時期は休み。梅雨が開けると炎天下。バイクに乗った事がない方ですと、

「夏はバイクは涼しいでしょう。」なんて言われますが、それはとんでもない誤解。直射日光で、日除なし。エンジンやマフラーからは大量の熱気。全身防護で走るオフロードバイクは、炎天下に着ぐるみを着て、下からファンヒーターで熱風を送られる様な物。30分もやれば、汗が雑巾の水の様に絞れる程出ます。

 夏休みでも部活動や夏期講習会等がありましたが、旧盆は休みになります。

 その時期になると、学校も休みになるので、毎日バイクでモトクロスごっこに没頭しておりました。

 

 高校2年の夏でした。盆の時期なのに、家の事など手伝わず、毎日バイクでのオフロードレースに明け暮れておりました。

 関東ローム層がむき出しになった赤茶けた地面が乾燥して白茶けた埃が舞い続け、ヘルメットからブーツまで真っ白になっておりました。

 その日は、何時ものコースではなく、もう少し奥に行ってみようと、皆でいつもより奥の、雑草が茂った地域に5台のバイクで突進しました。

 そのまま草むらに入るのは、大変危険です。

 中には、不法投機された色々な廃棄物があったり、地面の状態が分からないと、突然穴が空いていたりするからです。

 皆で、草を掻き分け掻き分け入って行きました。20メートル位入りましたでしょうか。急に雑草のジャングルが開けて、草原の真ん中辺りにぽっかりと空間が空いておりました。

 その空間の真ん中には、河原に転がっているような、角のとれた長細い自然石が、地面から50センチ位の高さで立っておりました。

 墓石とか石像とか石碑の様な感じではなく、ただの自然石で何も彫られたり、削られている物ではありません。

「何だこれ?」と、友人の一人が、石の上に足を乗せて、バイクを止めました。

「おい、足なんか乗せない方がいいんじゃね。」と、私が言いましたが、

「ただの石なんじゃないの?」と、その友人は石を蹴ったり踏んづけたりしておりました。

 結局何だか分からず、興味も無くなり、また直ぐにモトクロスごっこに興じておりました。

 やがて日が西に傾き、身体もヘロヘロに疲れて、ちょっと休むか。と、みんなでバイクを止め、ヘルメットをぬいで、上着も脱ぎ、風にあたっておりました。

 ふと、さっきの草むらの方を見ると、草むらの中に誰か立ってこちらを見ています。西陽で逆光になり、真っ黒にしか見えませんが、小学生か中学生位の女の子に見えます。

「あそこに女の子が居るな。」と、私が言いましたら、他の連中も、

「珍しいな。ここはオフロードバイクとかBMXとか、四駆車か農耕車とかじゃないと、入ってこれないだろ。近所に家もないし。」「なんか不気味じゃね?」と言った友人が、石に足を乗せた友人に、

「祟りじゃね?」とか、からかい出しました。

「なんで祟りなんだよ。ただの石だったじゃん。俺、誰だか聞いて見てくるから。」と、バイクにまたがり、上着は脱いで上半身はTシャツのまま、ヘルメットを雑に被り、自分のマシンのエンジンをかけて、勢いよくアクセルターンをして、その女の子の方に走っていきました。

「何ムキになってんだ?アイツ。」などと言いながら、様子を見ておりました。直ぐに女の子の所に着いた友人は、バイクに跨ったまま、女の子と話している様でしたが、話し方が何だか変なのです。いくら女の子が小さいとしても、やたらと前屈みになり過ぎなのです。彼の影になって女の子は見えません。

「何やってんだ?あいつ。」

「変な事してんな。」と、我々も行ってみるか。と立ち上がった時に、急に女の子と話していた奴がターンをして、物凄い勢いで戻って来ました。と、見る間に途中の陥没した穴でバイクが前のめりに倒れ、彼は前方に飛ばされました。一瞬でヘルメットも外れ、前方宙返りをして地上に叩きつけられました。慌てて我々が行きましたが、本人は意識がありません。携帯電話がない時代でしたので、友人の1人が、

「とにかく、近くの民家で電話借りて救急車呼んでくる。」と、バイクで走って行きました。私達は、彼に声をかけてみたり、ぶっ飛んだバイクのエンジンを切ったりと、バタバタしておりました。15分位でしょうか。救急車が、電話をかけに行った友達のバイクに先導されてやって来ました。その頃は、ぶっ飛んだ友達も、意識は戻ってきていましたが、「頭痛てー!腕痛てー!脚も痛てー!」と、騒ぎ始めました。救急隊に、

「静かにして。頭動かさないで。」等と言われながら、頭を固定され、全身も拘束されて救急車に乗せられ、救急隊から、

「誰か一人、付き添ってくれる?」と言われ、私が付き添いました。救急車の中で状況を説明し、彼は近くの大学病院に搬送されました。彼から自宅の電話番号を聞き、彼の自宅に連絡をしたり、診察に立ち会って状況を説明したりと、バタバタと忙しくしておりました。診察の結果は、軽い脳震盪と全身打撲で、骨折等はなかった様ですが、念の為、入院という事になりました。彼に状況を聞くと、

「あの女の子に見えたのは影だけで誰も居なかったけど、あそこに小さい猫が逃げずに居たんだ。で、猫が懐こい顔をして見上げるから、手を出していたら、突然物凄く怖い顔になって、俺に飛びついて来たんだ。あんな恐ろしい猫は見た事がない。慌てて逃げたら、やっちまった。」との事でした。彼は彼の両親から、私も私の親からコッテリと説教され、高校の担任からは、

「そもそも、我が校はバイク禁止なのに、何をやっているのか。」と、また叱られ、もうウンザリしておりました。後日、あの石は、元々あの場所に祠があったらしく、猫塚と呼ばれていたと高校の社会の教師が調べてくれました。  了

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