第15話 鰻

 鰻が、急に高級品になったのは何年前でしょうか。

 少なくとも、私が社会人となって数年間、まだ昭和の終わりから平成初期の頃ですが、街にはランチをやっている鰻屋があり、新人サラリーマンの薄給でも、昼鰻を食べる事が出来る価格でした。

 あの頃は、渋谷等に鯨専門店もあって、学生がコンパが出来る程度で鯨料理も食べられた時代でした。

 では鰻は減ったのか?というと、河川はそうでもないのか、川釣りをしている友人達に聞くと、まだまだ近所の河川には、天然の鰻は結構居るそうです。無論密漁は禁止。

 日本国内では、おそらく無許可で、漁や猟が出来る所は、ないのではないでしょうか。


 私が子供の頃は、川漁のお婆さんが、「鰻は如何ですか?」と、時々魚籠を持って売りに来ました。鰻を買いますと、その場で、安全剃刀の刃だけで、綺麗に捌いてくれます。

 子供の目には、黒い鰻の身体と捌かれた白身。その上に赤い鰻の血がのっていて、とても綺麗で怖くて印象に残る物でした。


 あれは、中学2年生の秋でした。友達5人と、家から数キロ先にある河原で遊んでおりました。

 遊んでいると言っても、何かをしている訳でもなく、水面に石を投げて水切りをやったり、石を積み上げて的にして、離れた所から石をぶつけて、一気に崩れるか競ったりと、他愛もない事をやっておりました。

 そのうちに、「魚とか捕まえようぜ。」という話になり、手持ちの道具で竹を削ってモリを作りました。

給食のパンを残して持ってきた友達から、パンを分けて貰って細かくして上流から蒔くと、鯉が上がってきます。

 それを狙って、手作りのモリで仕留めようとしますが、モリの先が軽くて、中々上手く行きません。

 秋は釣瓶落とし。気づくと夕陽が真っ赤になっておりました。


 そろそろ帰ろうか。と言い出した時に、皆から離れて何かやっていた舘山君が

「あれ?なんだ?」と、川から水を取る用水路に溜まった水を指差しています。

「なんだ?」と、皆で駆け寄ると、40センチ四方位の段ボール箱が、半分水に浸かり、半分は叢にかかっておりました。

不思議なのは、風もなく水も溜まったままなのに、段ボール箱が変な動きをするのです。「なにか生き物でも入っているのかな?」と言って、館山君は、用水路の取込み口に降りて行きました。

「おい。危ねぇぞ。」などと皆で言っておりましたが、彼は全然気にすることなく、動く段ボールに近づき、手をかけようとして、ピタッと止まりました。


「おい。どうした?」と、皆で聞きましたら、彼が、

「この段ボール、水の方に穴が空いていて、水の方から黒い蛇が、頭突っ込んでいる。」と言います。

「蛇が頭突っ込んでる?じゃあ、蛇ごと捕まえればいいじゃん。」と、誰かが言いました。

「蛇、怖いのか?」と、また誰かが言いますと、

「蛇なんか別に。よし。いま、蛇ごとそっちに投げるから、蛇逃すなよ。」と、館山君は、ぐいっと段ボール箱を持ち上げると、こちらに放り投げました。

 空中でも、箱から黒い蛇の様な尻尾が出ているのが見えました。段ボール箱は河原の石の上に落ちて、箱が壊れました。

 

 近づいた私達は、ドキリ!としました。壊れた箱の中から出てきたのは、腐敗が始まっている犬の死体と、その死体に頭を突っ込んでいる黒くて長い物。

 その長い物が、頭を突っ込んだまま、のたうちまわっています。そこに館山君が戻って来ました。

「なんだこれ。気持ち悪いな。蛇、俺が引っ張り出してやる。」と、黒い奴をつかんで引っ張り出しました。するとそれは蛇ではなく、鰻でした。

「やったー。俺、鰻ゲット!」と喜ぶ館山君に、私が、

「それ、どうするんだよ。犬の死体食ってた奴だぞ。持って帰って食うのか?」と言ったら、

「当たり前じゃん。鰻ってのは、虫とかカエルとか小魚も食うけど、他の動物の屍肉も食うから掃除屋とも言われてんだぜ。たまたま食っている所を見たから気持ち悪いけど、この犬の死骸から離れた何処を捕まえたら、分からないから持って帰って食うだろ。内臓なんて取っちゃうんだから、関係ないね。」と、館山君は得意そうに言って、学校の靴を入れる袋に鰻を入れ、

「じゃ、またな。」と、帰っていきました。


 翌日、学校に行くと館山君は休みです。その次の日も、また次の日も休みでした。


 どうしたのかと思っておりましたら、担任から、

「館山君の家族が急に引越しとなった。ご家庭の都合で、皆には挨拶が出来なかったとの事だ。また、引越しが終わったら、親しい仲間には手紙を書くそうだ。」と、話がありました。あまりに急なので、放課後、何時もの仲間で館山君の家に行ってみましたが、もう引越した後でした。

 それから3ヶ月位経って、木枯らしも吹き、年末も近づいた頃に館山君から手紙が届きました。封筒は、児童擁護施設の封筒になっておりました。

 それには、あの日鰻を持って帰ったら両親共に喜んで直ぐに裂いて白焼きにした事。酒を飲みながら鰻を食べ始めた父親が急に暴れ出し母親に噛み付いた事。酒をよく飲んでいた父親だが、何時も機嫌がよく暴れる事等なかった事。兄と二人でやっと父親を母親から離したけど、まるで狂犬の様に暴れて兄が抑えている間に警察を呼んで、父親は連れて行かれたとの事。母親は救急車で運ばれて、怪我はなんとかなったけど、精神的におかしくなって、専門の病院に入ったままになってしまった事。兄は働いていたので、そのまま会社の寮に入り、自分は義務教育が終わるまで施設に入る事になった事。

 そして、その日鰻を食べたのは父親と母親だけで、食べたら直ぐに騒ぎが起きて、兄と本人は食べるどころでは無かったとの事が書いてありました。

 

その後、中学を出るまでは、時々手紙のやり取りをしていましたが、いつのまにか音信不通となってしまいました。  了

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