第13話 遭遇

 七話目の廃工場は、現在は跡形もなく住宅地となっておりました。そこの住民の方々の事もあり、元々あった道路から確認して、袋小路になっている住宅地には入りませんでした。

 あの頃は、好きな言葉ではありませんが、こんな田舎でも階層社会がありました。

 元々の大地主さん達とその一族。親が田舎ではそれなりに有名な建設業や商店等を経営している階層。官公庁や教員、銀行や鉄道、大手の工場等に勤務しているサラリーマン家庭。これは兼業農家等も多くありました。ほぼこの中に収まるのですが、7話にも登場した様な、一時的に居住する定着しないタイプの方々もいらっしゃいました。

 都会では珍しくないのでしょうが、田舎では、定着しない方は極少数派となります。定着しない方々と言っても、俗に言う転勤族は社宅等があったり、子供もそれなりの教育を受けていて、転勤族の子供の方が教育水準が高い場合もあります。

 問題なのは、親が住所も職業も定着出来ない家の子供達でした。今では児童相談所もありますし、社会的な問題となって、ご近所の目もありますが、昭和40年代の田舎は、今ほど、そういう子供を支援出来る程社会は成熟しておりませんでした。

 その為、一時的な工事の為に、色々な地方から労働力として集められた連中が、次の現場に転勤として移動出来る訳ではなく、臨時雇用や日雇い雇用ですと工事の終了と共に雇用関係も消滅します。

 元請やジョイントベンチャーの企業の職員は、あっという間に次の現場に移動出来ますが、雇用関係が終了しても移動も出来ずに、その土地に残されてしまう家族や独り者の労働者が出てしまうのです。

 まだ移動できる金や能力があるなら、次の現場に一緒に行くのでしょうが、こちらの現場で問題を起こして、雇用契約を解除された方。何か障がいがあって解雇された方の中には移動する力もなく、工事現場に残された飯場やプレハブ小屋にそのまま住み着いて、地域住民とトラブルになる事も多々ありました。

 中には、夫婦ともにほぼ文盲であり、夫婦で酒乱で、時々昼間から酒を飲んで路上で大立ち回りとなったり、生活苦からか農家から農産物を盗んだり。と、かなり荒んだ連中が一部残されておりました。

 哀れなのは、そういう家の子供達です。まだ幼い頃は、分け隔てなく一緒に遊んでおりましたが、だんだんと成長してくると、周りの家庭とは明らかに違う事に気づいてきます。


 そういう連中を集めるのが、非行グループの集団です。

 

 私が小学生の頃、よく段差になって、他から見えにくい農業用水路の陰とか、深い森の中に、俗に言うエロ本とビニール袋に入った黄色い接着剤の袋が散乱している何処が何ヶ所かありました。

 その場所には嘔吐の跡や何やら不潔な置き土産もあって、大変不衛生で子供達は、見つけると近づかない事にしておりました。黄色い接着剤から漏れるシンナー臭と排泄物の臭いが凄まじく、折角の森の空気を台無しにしておりました。

 

 森を通りかかった時に何度も、中学生か高校生位の連中が接着剤の入った袋を口に充てて、集団で吸い込んでいた所に遭遇した事がありました。

 こちらはまだ小学生で、子供用の小さな自転車で通過するだけなので、絡まれたり、何かされたという事はありませんでしたが、皆こちらを見た時の目が皆座っている。とでも表現したら良いのでしょうか。今風に言えばゾンビとでも言うのか、当時はそんな言葉もなかったので、物凄く恐ろしい物を見てしまった。と思っておりました。


 ある日、そんな中に、まだ小学生なのに一緒に混じって接着剤入りのビニール袋を吸っている子を見かけました。

 私の家のすぐ近くにあった、ボロボロになった借家にすんでいる子でした。学年で言うと私の二つ上で私の兄と同級生でした。やはり家に問題があり、彼の上に兄が二人、姉が一人いたはずですが、兄一人と姉はシンナーで警察に連れて行かれた。とは聞いておりました。

 父親は何をしているか全く分からず、家で見た事もありません。母親は家事育児を全くやらず、毎日駅前の飲み屋街で遊びあるいていて困ったものだ。と、近所のおばさんが話していたのを聞いた事がありました。

 

 その子も既に目は座っておりましたが、私を見つけて、片手を挙げて、おいでおいで。と手を降りました。私もあそこに行ったら、あんな風になってしまう。と思ったら恐ろしくて、気づかないふりをして全力で森を抜けた事を思い出します。

 

 その後は、その家の父親が真冬の路上で凍死していた。とか、母親と残った子供達も保護施設の様な所に収容された。等の噂がありましたが、その借家は空家となり、私が中学に入る前に取り壊されてしまいました。

 

 私が中学に入った頃は、一部そういう連中も残りましたが、私とは全く接点がなく、高校、大学と歳を重ねて、だんだんと記憶の彼方に消えて行きました。

 

 社会人となって、とある研修会に出席する為に上京した時でした。池袋で研修会があり、ビジネスホテルを池袋から近い駅の前に取る事が出来て、一泊し、翌日も研修なので、徒歩で駅に向かって行きますと、何かが違います。駅のアナウンスも興奮しております。

 なんだろうと思いながら、山手線のホームに上がりますと、山手線が停車しております。

 

 駅員や客達が何か騒いでいます。何だ?と思いつつ、ヒョイとホームと電車の隙間を見ますと、人の背中と足が見えますが、首が見えません。

 え?っと思っていると、駅員が山手線の運転席のドアを開けて、運転手に肩を貸す様に外に出して来ました。

 その直後に警察官と救急隊がホームや線路にやって来ました。警察官は、キープアウトの黄色いテープを転がして、先輩らしき人に叱られながら、現場確保というのでしょうか。作業に入り、別の警察官達は拡声器で、私達ホームにいた客に、

「皆さん。ちょっとお話を聴かせてください。誰か突き飛ばしたとか、誰かが当たったとか目撃した方はいらっしゃいませんか?」と言っております。救急隊の方々は、救出する訳でもなく、警察官と現場の調査の様な事をしております。何だか大変な事に遭遇したな。と思っておりましたら、拡声器の警察官の方が、

「○○○○さんという方をご存知の方はいらっしゃいませんか?ご一緒だった方はいらっしゃいませんか?」とアナウンスし始めました。

「○○○○?え!○○!」変わった名前だったので、直ぐに思い出しました。小学校の時に森の中で手招きした彼と同姓同名だったのです。ただそれだけで、知っている人とは言えず、その日は研修を受け、栃木に戻ったのでした。


 次の日、地方紙を読んでいたら、小さい記事で、栃木県○○市在住の○○○○さん(年齢)が、昨日都内で電車の人身事故で亡くなった。という記事が出ておりました。

 やはり彼だったのか。なんで遭遇してしまったのだろう。と、思いに耽っておりますと、子供の頃の記憶が蘇ったのでした。 了

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