第11話 廃屋の石仏
実家が所有している小さな森も、高齢となった母だけでは管理が出来ず、兄と私で時々下草の伐採等をやっておりましたが、専門職でもなく道具も家庭用の物では、作業もたかがしれており、文字通りのお荷物となっておりました。
面積も数百平米。田舎では中途半端に使い勝手が悪い面積です。
地元の不動産屋に相談しても、
「おそらく売れないでしょう。」と言われるばかり。ネットによる土地売買のサイトでも、地番を入れると鑑定不能です。との回答しか来ません。
都会の方々には驚かれる方もいらっしゃるかもしれませんが、関東地方で、過疎地でもなく駅まで数キロ。大通りも近く。という土地でも地方の空き地など、ほぼ無価値の様な所は沢山あるのです。
ただ、原野商法の様な詐欺紛いの不動産売買に騙されると、「関東です。駅から数キロ。車で15分以内には大学病院やコストコ、イオン等の商業施設もあり。国道に面した土地で、約330坪の土地が、なんと1000万円」なんて広告が出たら、飛びつく被害者もいらっしゃるでしょうね。書いてある事は全て事実です。
でも、もう少し詳細に書くと「駅に行くにも病院に行くにも商業施設に行くにも自家用車がないと他に交通機関はありませんので、必ず成人の家族の方は、一人に一台づつ車が必要になります。また、地目は山林ですので、住宅を建てる場合、地目変更が必要ですが、周りが農地の為、農業委員会や法務局の許可が必要となります。区画調整区域でもあるため、原則建造物は建てられませんが、特別な許可が取れれば可能となる場合もございます。なお、上下水道や電気は来ておりません。」までやるべきでしょうね。
そうなると、10万円でも買う人等居なくなります。皆様、詐欺にはご注意を。
さて、そんなほぼ無価値な土地でしたが、やっと買いたいという会社が現れて、我が家の土地問題は無事に解決したのですが、売却に当たって、久しぶりに測量士の方と森をじっくりと調査いたしました。
その時、子供の頃の廃屋の記憶がよみがえり、測量が終わって、売却となる前に記憶を辿って、森の中を散策してみました。
まだ入梅前で、気温も過ごしやすく雑草も伸び始めで、スズメバチ等も攻撃性が高まる前でしたから、気持ちよく森から森へと歩く事が出来ました。
正午前には、多分この奥の森だったな。という所まで来ました。すると、その森の中程に、30センチから50センチぐらいの石像か石碑らしき物が並んでいる事に気づきました。
庚申塔か道祖神の様な物か。またはこの地方には、馬力神も多いので珍しいものではありません。馬力神とは北関東から南東北に多く点在する馬の神を祭ったり、愛馬の墓石として建てられた物で、栃木県だけで274体あると言われております。
ただ、通常は塞の神の様に、道の分岐点とか区域が変わる所にあるのが多いのですが、何もない森の奥にあるのには違和感がありました。
森の中にある場合、元々古墳であって、祠等が祀られている事もありますが、何もない木々の間に5体並んでいるのは、大変珍しい事でした。その辺りは、まだ真夏になっていない落葉樹の新緑の森なのに急に鬱蒼として、木漏れ日も石像より先は暗くなっておりました。
元々、野仏や石碑などの年号を見る事が好きな私は、一つ一つ写真に納めようか。と近づいてみました。
どうやら庚申塔の様です。が、近づいてドキッとしました。庚申塔には憤怒の青面金剛像や頬杖をついた観音像や阿弥陀像等が多いのですが、5体ともに、おそらく観音像らしき物でしたが、全て顔が削り取られていたのです。
そこまで行って気づいたのですが、その5体の像を中心にして、元家屋があったであろう土台の跡が残っており、「ああ、ここがあの廃屋だったのか。」と気づきました。
でも、庚申塔の裏側を見ますと、寛永となっております。え?江戸時代?だとすれば、家が無くなった後から、庚申塔をわざわざ運んできたのか?それとも、庚申塔を囲む型に家を建てたのか?等と悩んでおりました。
すると、森の中を歩いて来る方がいらっしいます。森の作業をされる方の様でしたので、声をかけてみました。
「あの、すみません。この先の森の者なんですが。」と言うと、その50代後半に見える作業着の方は、立ち止まってこちらを見ました。
「はい。何でしょう?」
「この庚申塔は、昔からありましたっけ?」「あ、これ。ありましたよ。」
「あの、結構昔なんですが、ここに家がありませんでしたか?」
「ありましたよ。もう朽ち果ててしまいましたが。」
「そうですか。子供の頃に見たような気がして。」
「残念でしたね。もう家はないから床下に潜って、盗み聞きが出来ませんね。」
「え!」と言った私の顔を、作業服の男性は、ニヤッと笑って覗きこむように見て、そのまま、降り注ぐ木漏れ日と蝉の声の中で、スゥーっと木漏れ日に溶けて消えてしまいました。 了
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